3話 研修
アプリを開いて研修の説明と配達先を確認する。
「新城君、トラブルかね?」
「あ、いえ。注文が入ったのでもう行きます」
「そうかい。無理はしないようにね」
「ありがとうございます」
飲みかけのスポーツドリンクをペットボトル用のボトルケージにはめ込んだ。
それからデリバリーバックを担いでその場を立ち去った。
公園から離れて信号待ちで注文を確認する。
商品はワクドナルドのバジルチーズバーガーとフライドポテトL、ドリンクのセットと書いてあった。
青になり横断歩道を渡る。
しばらく進むと遠くの方に大きくWと書かれた看板が見える。
もう少しだな。
看板のすぐ側まで来るとファーストフード店がいくつか並んでいた。
ワクドナルドに着くと入口の前には同じデリバリーバックを担いだ配達員が立っていた。
見たところ蓮と同じぐらいの身長で、短髪で横にブロックが入っている。
襟が赤い黒のサイクルウェアを着ていて、黒のサイクルパンツを履いている。
ロードバイクを駐輪場に停めて、男性に話しかけた。
「遅くなりました。新城 回です」
「岡 亮介です。よろしく」
凛々しい顔立ちをしている。
この人が岡さんか。
「よろしくお願いします」
「もう注文が入っているから配達始めようか」
「はい」
店内に入るとおしゃれな店内照明が暖色で照らしていて、ほとんどの席が埋まっている。
店員にFi-Eatの注文番号を伝えて、受付番号が書かれたレシートを受け取る。
カウンター前で待っているとポテトが揚がった音が店内に響き渡る。
店員は4人ほどいるが、ドライブスルーで対応が追われている。
「岡さんは宮悟 蓮の先輩だと聞いたのですが」
「あ! 君が連の幼馴染の新城か! 蓮から話は聞いてるよ」
「そうなんですか」
程無くして店員から料理が入った紙袋とドリンクが入った袋を渡される。
商品を受け取ると料理の方の紙袋から中の熱が伝わってくる。
「そこに置いて料理入れようか」
「そうですね」
カウンター近くの空いているテーブルにデリバリーバックを置いた。
デリバリーバックを開くと、厚みが2cmほどの長い仕切りと短い仕切りが3枚ずつ入っていて、3等分にした位置に小さな窪みがある。
「このデリバリーバックには、仕切りをはめる窪みがいくつかあって幅を調整できるようになっている」
岡さんは真ん中と右側の窪みに仕切りを入れる。
「料理とドリンクは分けた方がいい。さらにドリンクが倒れにくくするために仕切りをもう一枚挟むのがベスト」
慣れた手つきに呆気とられる。
(蓮と同じぐらい無駄がない――)
余った長い仕切りをこちらに見せた。
この仕切りにもデリバリーバックと同じように窪みがある。
「この仕切りの窪みに小さい仕切りを入れることである程度飛ばしても倒れない」
ドリンクの大きさに合わせて右側のスペースに短い仕切りを入れた。
左側のスペースには料理の袋、右側の狭まった上のスペースにドリンクの袋を入れた。
デリバリーバックの中からハンバーガーやポテトの香ばしい匂いがする。
いい香りがするな。腹減ってきた。
空腹感に襲われるが、仕事だと割り切って抑える。
「ある程度固定はされているが、傾けないように意識してくれ」
「はい」
慎重にデリバリーバックを担いで店を出た。
ロードバイクの施錠を外している時に、時折商品が傾かないか心配になる。
ロードバイクに乗って周囲を見渡す。
来た時より車の出入りが多くなっている。
岡さんがロードバイクに乗って前に出た。
所々に黒色が入っている白のサイクルヘルメットを被っている。
フレームは白で、サドルの下のパイプの”トップチューブ”や前輪とハンドルを繋ぐ”Gフォーク”、後輪とペダルを繋ぐ”チェーンステー”には、オレンジ色で細い二等辺三角形のようなシャープなデザインが入っている。
フレームには黒色の太字でSPECIAROSEDと書かれている。
「配達先まで先導するし、付いてきてくれ」
「分かりました」
岡さんの先導で配達先へ向かう。
ワクドナルドから10分ほどで、カラフルな外壁で高級感溢れるデザインの一戸建てが並ぶ住宅街”明ヶ丘 ニュータウン”に着いた。
何件もの家を通りすぎて岡さんは止まる。
「新城、ここが配達先だ」
着いた家は、外壁と屋根が肌色とオレンジ色を合わせたような色で、窓の下やベランダの手すりは白色になっている。
玄関前の庭には花や植物が植えられている。
「ロードバイクを停める為に近くの公園まで移動する」
「はい」
ロードバイクには基本キックスタンドが付いていないので、自立させることが出来ない。
そのため、セキュリティーの面も踏まえて安全に止められる駐輪スタンドを探す必要がある。
配達先から50mほど離れた住宅街の中に公園があった。
大きさは家2軒分で地面はコンクリートになっている。
ベンチがあり、隅の方には駐輪スタンドが並んでいた。
「住宅街の公園にも駐輪スタンドがあるんですね」
「そうだな。それだけデリバリーが主流になってきている証拠だろうな」
駐輪スタンドに停めて、配達先に向かう。
先ほどの家に着いて玄関前に立つと岡さんは説明を始めた。
「まず、インターフォンを押して、”Fi-Eatです”と伝える」
そう言うとインターフォンを押す。
ピンポーン。
『はい』
「ファイートです」
『あ、今行きます』
女性の声だ。
少し高めの声だった。
「新城、今のうちに商品を渡せるようにしてくれ」
「はい」
慎重にデリバリーバッグを肩から降ろして商品を取り出す。
ガチャ。
出てきた女性は顔の肌や服装からして30歳になっているかなっていないか、そう思えるほど若く見える。
身長は160cmほどだ。
「お待たせいたしました」
ワクドナルドの紙袋を渡すと、女性は笑顔で礼を言って商品を受け取る。
「ありがとうございます!」
お互いに会釈して女性は玄関ドアを閉めた。
(えっ、支払いは?)
「岡さん、支払いの方は――」
「今回はパインペイ払いやったから、これで配達終了だな」
「なるほど」
デリバリーバックを担いで道路に出る。
「最近はクレジットカードによる支払いやキャッシュレス決済が増えとるから渡すだけで済むことが多いな」
「そうなんですね」
「ただ、現金払いの場合もあるから支払い方法を確認しておくこと。現金払いだったらお釣りがあるかを確認して、無かったらすぐに配達先に連絡すること」
「分かりました」
「それと停める時には邪魔にならない所に停めること。配達先が住宅街だったら公園を探すことをおすすめする」
「はい」
公園に戻り、ロードバイクに乗ると岡さんが話す。
「新城、毎度携帯を取り出して確認するのは手間になる。ハンドルにスマホホルダーを付けた方がいい」
岡さんのロードバイクには、黒色で4本の太い爪が付いているプラスチックのスマホホルダーが取り付けられている。
これは必須だな。
「付けておきます」
「これで研修を終える。新城、最初は慎重なくらいがいい」
固定されたスマホが2度バイブする。
「注文が入ったし、俺はもう行く。分からないことがあればいつでもチャットで聞いてくれ」
「ありがとうございます」
そう言うと岡さんは走り去っていった。
研修が終わって、明ヶ丘ニュータウンから駅の方に向かう途中にある河川敷の側を漕いでいた。
(身体に力が入らんな)
空腹の限界が来ていた。
一度止まって携帯を取り出した。
ロック画面には”12:25”と表示していた。
12時過ぎてるな。もう腹減り過ぎて動けんわ。
昼食を取るため、先ほどの公園を出る時にオフラインにしていた。
岡さんはまだ配達するって言ってたけど、昼ご飯どこで取ってるんだろうな。
ロードバイクから降りて辺りを見渡す。
河川敷の斜面には小さな雑草が生えており、下には誰もいないグラウンドがある。
その向こうで川が流れている。
今立っている道路は車や人の通りがない。
空を見上げると変わらず曇っているが、先程まで出ていた薄明光線のところから少しずつ青空が広がっている。
始まったんだな――。
横から吹く春の風が頬を撫でた。