15話 クライム対決
『岡さんお疲れ様です。今日デリバリーレースのことで話をしたいのですが来られますか?』
5日前、内田さんからメッセージが届いた。
デリバリーレースは入社して1年未満の配達員しか出られないはずだが。
仕事の合間を見てサポートセンターに足を運んだ。
「申し訳ない岡さん。頼みたいことがありまして」
「頼みですか?」
「はい。デリバリーレースの出場候補メンバーの走りを見てほしいんです」
「なるほど」
誰を見ることになるんだ?
「見てもらいたいのは水河さんと新城さんです」
彼らか。どちらも研修で教えている。正直2人には期待しているところがある。
「どちらも研修で会っていますね」
「だからこそ頼みたくて。どうかお願いしたいです」
レースは会社の評価にも関わってくる。ここは受け入れるべきだな。
「――分かりました」
「でも、くれぐれも飛ばしすぎないように注意してほしいです。出しても50%程度でお願いします」
後ろを振り返る。
2人の姿はない。
森林に入ってすぐの登り坂を150m地点まで登っていた。
この坂が一番きついだろう。
入口から頂点まで約300m。勾配8%もあるこの登りはトレーニングをしていないとかなり苦しむ。
ペースを上げすぎたか。
このことは内田さんに厳しく言われていたな。
5割か。今現在それを守って走っているんだが着いて来れていない。
これでは話にならない。
残念だがここまでか。
それか3割まで落とすべきか?
いや、もう少し様子を見てみるか。
森林の入口まで50m。
ついに水河さんの後ろにつくことが出来た。
ギアをインナーにし、ローギアに入れる。
ギアを軽くしたのもあり脚の負担が少し無くなった。
入口を通過して登りに入る。
道路を囲む樹木たちが風に煽られてゆさゆさと不気味に震える。
この坂は八夫篠の配達に行った時以来だ。
前回は半分しか登ってないが、トラウマになりそうなほど苦しかったな。
上まで登れば約300mはあるだろう。
てっぺん付近に岡さんはいた。
前回と同様、坂に踏み入れると太ももの筋肉が張る。
ここが正念場だな。
シッティングで漕ぎつつ、弱点を探る。
額、腕、ふくらはぎ。全身から汗が滴る。
かなり汗かいてきたな。水分補給しておかないとまずい。
ドリンクに手を伸ばし、喉を潤す。
ボトルケージに置いて再び彼を確認する。
微かに大振りなフォームになっているように見えた。
それでもパンチャーの彼ならこの先のアップダウンで速めるだろう。
勝負を仕掛けるならこの坂だ。
勾配が8%もあり、300mも続くこのクライム。
たかが300m、されど300m。
差をつけられるターニングポイントとなりうる。
筋肉痛でなくても脚はパンパンで、しっかりブラケットを握って力強くこいで行かないと今にも止まりそうだ。
身体全体に力を込めて前に進む。
大体100mぐらいは通過した。
残り3分の2ほど残っている。
水河さんとは目と鼻の先。
十分に抜かせる。
抜かしたら一気に加速して登り切るしかない。
ただその先は平坦な道か下り坂だ。
力尽きて抜かされる可能性がある。
そうなれば二度と追いつけないだろう。
葛藤が生じる。
一瞬のミスが命取りになる。
いや。
だからこそ、勝負を仕掛けるしかない。
チャンスは今。
ここを逃せば好機はやって来ないだろう。
直感がそう物語る。
腰を上げダンシングに切り替える。
一気に加速する際はダンシングを必要とする。
しかし、登りで使う場合ものすごいエネルギーを消耗させてしまう。
ダンシングの使い時で勝敗が決まるのだ。
攻めるタイミングを見極めろ。
自分に言い聞かせて精神を研ぎ澄ます。
フォームが崩れる一瞬。そこに隙は生まれる。
波のように流れる動作の中で一時的に止まる。
まるで渚に打ち寄せた波が引き始めるように。
ここだ――。
一気にペダルを回して横に並び前に出ようとする。
しかし、そのタイミングを見計らいあちらもケイデンスを上げる。
ここでカウンターしてきたか――。
それはそうだろう。
先に仕掛けた方が不利。それは誰でも分かる話だ。
それでも抜かしたいという気持ちが強くなる。
ハアハアと呼吸が荒くなり苦しい。
持たない――。
攻防戦が起こる中一度引き下がる。
圧倒的に不利だ。
パワー勝負なら彼が上。
同じ状況で勝とうなんて無理がある。
もはや限界か。
諦めかけた時、脳裏で再生される攻防戦のリプレー。
駆け巡る記憶の中で止まるある場面。
抜かそうとした時に彼は焦りを見せていた。
速めようとペダルをより回し、呼吸を荒くして......。
そうか。まだ手はある。
だけど、この考えは相当な賭けだ。
負ければリタイアは免れない。
それでもこの一戦にかかっている。
ブラケットから下ハンドルにスッと移し替える。
頂上まで残り150m。
ダンシングで急加速する。




