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トップギア  作者: 小林 彰人
序章
1/18

1話 夢とデリバリー

今回初投稿です。


誤字、脱字があればご指摘して頂けると幸いです。


アドバイス等も頂けると幸いです。

 


 雲が少ない青空。

 人通りがない平日の昼間。

 河川敷の斜面に生えた雑草の上にはTROKトロックと書かれたロードバイクが倒されている。

 俺はロードバイクの後ろで左足の膝を立てて、右足は膝を曲げて右に倒した姿勢で手を後ろに置いて座っている。

 透き通るような青空を眺め思う。

 あれから1年が経つのか。

 横から吹く風で、周りに生えた雑草と共に少し伸びた黒い髪が揺れる。

 風に流されるように記憶を遡っていく。


 高校時代、俺は自転車競技部に所属していた。

 卒業後IT業界の中でも大企業の”SYSTEMシステム”に就職し、社会の厳しさを学びながらも5年が過ぎた。

 今年の1月に大きなプロジェクトのリーダーに抜擢され、プロジェクトの発表日は4月1日と告げられる。

 初めてプロジェクトリーダーを任されたことだけあって、仕事が思うように進まない日々が続いていた。

 そして、3月31日発表日の前夜、窓の外は真っ暗で照明が一か所だけつけられたオフィスで2人作業をしている。

「新城さん、仕事終わりました」

 後輩が出来上がった書類をデスクの上に置く。

「ありがとな、まつ。後は俺がやっておくからもう帰っていいぞ」

「明日プロジェクト当日じゃないですか!新城さん一人残して帰れないですよ」

「今日はもう23時過ぎているし、もう少しで終わるから大丈夫だ」

「新城さんここ1ヶ月まともに休みとってないですよ。さすがに......」

「明日サポート頼むぞ」

 そう言い残して、書類を持って事務所を出た。

 事務所を出て長い廊下を歩き、右側にある一番奥の部屋に向かう。

 今思えば、4か月前にリーダーに抜擢された時は責任を果たせられるか心配だったけど末に随分助けられたな。

 後は会議室で資料の内容をパソコンに打ち込んで、明日の準備をするだけだ。

 そう思った次の瞬間、前を向いて歩いていたはずが横向きで壁を見ていた。

「あれ、俺は何をしてるんだ......」

 体に力が入らず、視界が暗くなっていった。


 次の日、目を覚ますと病院にいて、倒れた原因は精神的疲労による過労ではないかと医者に告げられた。

 その日は病院で安静にすることとなり、プロジェクトは代理で末が発表することになった。


 会社に復帰した日すぐに次長に呼び出され、責任の無さを指摘された上に倒れたことが世間に広がると会社の評価が下がると言ってきた。

 おそらく次長も俺が倒れた件で上からきつく言われたのだろう。

 次長は責任の取り方を俺に任せると言って去っていった。

 それからしばらくどう責任を取るか考えたが、プロジェクトリーダーでありながら倒れてしまったというショックと責任感、会社の評価を下げるかもしれないという不安から会社を退職することにした。


 部屋の窓から日差しが入る。

 退職してから10日が経った今日、開いた求人雑誌の真ん中を左手で持って

 黒ジャージ姿でベッドに横たわっている。

 どうにかしてでも仕事探さないとな。

 そう思いながらも職安に行くが、仕事が見つからない。

 焦りと空回りでどうしていいか分からなくなっている。

 求人雑誌を1枚1枚めくるが大体は運送業か飲食業だ。

 どちらも向いていない。

 諦めながらページをめくるとふっと目に入った情報があった。

 それは宅配の仕事だった。

 内容としては最近流行っている配達パートナーサービスだが、必要項目には”速さ重視!自転車での宅配”と書かれていた。

 自転車か...。

 ページの下の方には”配達員登録はコチラ”と書かれておりその下に”アプリストアFi-Eat(ファイート)”と書かれている。

 アプリで採用するのか。

 便利になったと思える分少し不安に感じる。

 そう思いながら、スマートフォンのアプリストアを開いて検索枠にFi-Eatと打つ。

 ページが切り替わりアプリ一覧の一番上にFi-Eatと書かれたアプリを見つける。

 その下には、他のデリバリーサービス会社の名前がずらりと表示されている。

 デリバリーをしている企業がこんなにも多いのかと思わず目を見張ってしまった。

 Fi-Eatのアプリを押すとFi-Eatのアプリの詳細ページが出てきた。

 名前の下にはインストールと書かれたボタンがあり、インストールのボタンの下にはアプリの評価と企業評価と書かれた欄があった。

 どちらも☆5つで評価するようになっていて、コメントは非表示になっている。

 コメントが出ていないのは企業の評価に影響するからだろうな。

 念のため他のデリバリー企業アプリを開いてコメントを確認するが非表示になっている。

 やはりか、それでも評価している時点で影響されるだろうし...。

 よく分からないと首をかしげながらもアプリをFi-Eatに戻した。

 アプリの評価は星2個半と表示されている。

 まあ、良くも悪くもないな。

 企業評価を見ると速さ・対応・人気度の3つがあり、それぞれ星5つで評価されている。

 速さは星4つと表示されていた。

 どうりで速さ重視と書かれているわけか、かなり本格的だな。

 対応を見ると星2つと表示されている。

 速さに偏っているな。

 人気度には星3つと付けられていた。

 対応が2なのに人気が3付いてるってことは速さの評価が注目されているってことだろうな。

 Fi-Eatのアプリページを下から上に指で動かした。

 画面を下に動かすと”デリバリーサービスランキング”と書いてあり、

 42社のデリバリーサービスの会社名がランキング付けされている。

 17位でFi-Eatを見つける。

 上位の方にいるってことは有名な方ではあるのか。

 ランキングの下には評価の説明が書かれている。

 ”速さは注文を受けてから届けるまでの速さ。

 対応は接客やトラブルの処理などの対応。

 人気は配達員希望数や知名度、好感度を示します。

 ランキングは総合的な評価で順位付けしています。”

 なるほどな。ある程度のことは分かったし、あとはアプリをインストールして配達員登録するか。

 ページを一番上までスクロールしてインストールボタンを押した。

 1分程度待っているとインストールが完了してアプリが自動で立ち上がった。

 真っ白な背景にアプリの真ん中には太字のオレンジ色でFi-Eatと表記している。

 すぐにメールアドレスやパスワード、名前、住所、電話番号といった個人情報入力欄が出てきた。

 全て入力して次に進めると招待コードを入力する枠が出てきたので、数秒後に送られてきた招待コードを入力して送信する。

 画面が切り替わり、中央にボタンが2つ表示される。

 上には注文をするというボタンとその下に配達員登録というボタンが出てきた。

 配達員登録ボタンを押すと身分証明書の写真やプロフィール画面、TSマーク付帯ふたい保険加入書(赤色のTSマーク必須)、銀行口座など個人情報を打ち込む画面が出てくる。

 TSマーク付帯保険加入書とは、自転車安全整備店で自転車の点検整備を有料で受けると、保険に加入した証としてTSマーク(自転車向け保険)というシールが自転車に貼られた時に渡される。

 TSマークにも青色と赤色があるが、青色より赤色の方がいざという時に手厚く保証してもらえる。

 TSマーク付帯保険加入書......確か1年更新だったよな。最後に更新したのが高校3年の春だからとっくに切れてるな。


 画面をコミュニケーションアプリのPINEパインに切り替える。

 トーク一覧で名前がずらりと並んでいる中で”宮悟みやさと れん”のトーク画面を開いて音声通話を押した。

 何回か呼出音が鳴って繋がる。

『おう! 久しぶりやなかい、どうした? 急に電話してきて』

「突然かけて悪い。実はロードバイクのTSマークの更新行いたいんだが、迎え頼んでもいいか?」

『しゃあないなあ、今から行くわ! そっち着くの30分後ぐらいやわ』

「分かった。準備しておく」


 50分後、PINEで蓮から”着いた”というメッセージが送られてきた。

 出掛けられる服装に着替えていつでも出られる状態にしていた。

 事前にロードバイクを拭いて、前輪を外したロードバイクと前輪タイヤを抱えて外に出る。

 綺麗な夕日が見えて、アパートの前にはミニバンが止まっていた。

 蓮はトランクを開いている。

 その様子を確認して玄関の鍵をしめて車に向かった。

 蓮の身長は180cmほどあり、細マッチョような体格、髪は茶髪でワックスでセットさせている。

 爽やかな雰囲気があり、モデルになっていてもおかしくない。

 今日は白のパーカーに薄水色のジーンズを履いている。

「すまん! 平日の夕方やから思ったより道混んどった!」

「こっちから頼んだことなんだから気にしないでくれ」

 そう言いながら、開かれたトランクから車内を見渡す。

 後部座席は倒されており、トランクにはインドアマウントタイプの車内サイクルキャリアが設置されている。

「そういえば、平日の夕方なんて普段家おらんやろ。休みか?」

 蓮は右の後部座席の扉を開いて顔を出して聞いてくる。

「まぁ......休みだな」

 ロードバイクを持ち上げて後部座席の方に持っていく。

「なんや、なんか濁した言い方しとんな」

 蓮は後部座席の方でロードバイクを支えながら言う。

 俺は何も答えずに、ロードバイクの前輪部分をサイクルキャリアのバーで固定した。

 前輪のタイヤをホイールホルダーで固定して連の方を向くと不思議そうな顔をしている。

「行くか」

 俺は蓮の表情をスルーして言った。

「おう」

 トランクを閉めて助手席に座る。

 蓮も運転席に座り、エンジンをかけて車を走らせた。


 しばらく進んでから、先ほど濁した言い方を改めて言い直した。

「仕事辞めたんだ」

 それを聞いた蓮はすかさず驚く。

「え! まじか! 親父さん許さんやろそれは」

「......そうだな」

 俺と蓮は幼馴染で昔からよく会っている仲だ。

 親友であり、ライバルのような関係だ。

 子供の頃は蓮のいい所に目を付けていて羨ましがっていた。

 いや、今も羨ましいと思う。

 モデルのような容姿や体格、昔からあった器用さもそうだ。

 唯一張り合えたのはロードバイクだけかもしれない。

 蓮は卒業後、親の跡継ぎで地元のスポーツ自転車を扱う自転車専門店を営んでいる。

「お前、親父さんに卒業後は大企業に入って役職ついて安定させろって言われとったんやろ?」

「まぁな、とりあえず次の職決めた」

「なんや、もう1回大企業入り直すんか?」

「いや、そうじゃないな。宅配の仕事をしようと思ってる」

「宅配の仕事って、大企業関係ないやんけ!」

 仕事の経緯いきさつを蓮に話した。

「そうなんや、それで辞めたんか」

「それで辞めた」

 しばらくの沈黙があってから蓮が言う。

「......いや、辞める必要なかったよな?」

「ん?」

「責任取れとは言われてるけど、辞めなくてもいいと思うけどな」

「そう言われれば......そうか」

「それに堅ぐるしい言い方するようになってんな」

「気が付いたらこうなった」

「全く、そういう真面目さは昔から変わらんな」

「......」

 蓮に対してこれ以上何も言えなかった。


 街中を抜けてテトラポットが見える海岸沿いを走る。

 綺麗な夕日に照された海が輝いて見える。

 助手席には光が入り込む。

「デリバリー言うてもたくさんあるやろ」

 俺は窓越しで夕日を眺めながら話す。

「俺はFi-Eatっていうところでやっていこうかと思う」

「Fi-Eatな! 最近街で見かけるぞ。てか俺もこの前頼んだわ」

「そうなんか」

 俺が会社勤めしている時は見かけなかったが、もしかしたら意識していなかっただけか?

 思い返してもFi-Eatの文字は出てこない。

「デリバリーするっつーても、今から大変やぞ」

「大変? 料理を運ぶのにか?」

「え? 知らんの? デリバリー業界についてなんかニュースでやってたぞ」

 そういえばここ最近ニュースを観ていない。

「......最近ニュース見てないな」

「CO2による環境汚染防止の為に、自転車など排気ガスを出さないような乗り物を推進するとか言っとったわ。突然車とかトラックとか乗るなって言うと反発が起こるから、第一段階として車やバイクを扱わない自転車のデリバリー企業を増やしてほしいんだってさ」

「デリバリー企業も変わってきてるんだな」

「それと1ヶ月に1回ペースで、デリバリー企業ランキングってのが更新されるらしい」

「ランキングか」

 ストアアプリに書いてあったランキングの事だろう。

「そして1年後に1位を獲得していた企業に、国が莫大な給付金を出して会社を大きくするって発表してたぞ。バイトとしてデリバリーしていた人も正社員として雇うらしい」

「今、そんなことになっているんだな」

「それがあって自転車でデリバリーする企業が急増してるってわけやな。当然給付金の対象は自転車でデリバリーする企業だけやな」

 自分がプロジェクトリーダーを任されてから今日までの間にこんなことが起きているとは。

「これ言うとったのが2月頃で期間が確か4月20日からやし、来年の4月で決まるってことやな」

「なるほどな」

 今日は4月10日。あと10日後にデリバリーによる競争が始まるってことか......。

「まぁ、今やるなら面白くなるな」

「そうだな」

 今ミニバンで走っている場所から向こうの方に広い砂浜が見える。

「なぁ、久々に地元帰って来たんだし砂浜寄ってっか」

「行ってみるか」


 砂浜の前には広めの駐車場が見えるが、今日は1台も止まっていない。

 蓮は砂浜側の一番左の方に止めた。

「回はこの砂浜に来るのは5年ぶりか?」

 そう言って蓮は運転席から降りて扉を閉めた。

 俺は助手席から降りて話す。

「そうだな、今住んどるアパートに引っ越す前に来た時以来か」

 周りを見渡すが5年前とほとんど変わっていない。

「昔から何も変わってないな」

 俺がそう言うと蓮は笑う。

「ほんとやな、なんも変わらんよな」

 砂浜に足を踏み入れるとジャリっと音が鳴る。

「回、言い忘れとったけどFi-Eatに知り合いの先輩がおるわ」

「そうなんだ」

「その先輩いわくFi-Eatは初めて宅配する人にはいいとこらしいわ」

「まさに俺か」

「ちなみに先輩は岡さんって人やわ」

「分かった、覚えておくよ」

 気が付けば上の方にあった夕日は水平線と重なり始めていた。

「なあ回覚えてるか、高校入る前にここで話してた夢」

「あぁ、まだ覚えてるよ」

 俺はその時の記憶を遡って言った。

「蓮が組んだロードバイクで俺が日本一のロードレーサーになる、だったよな」

「そう、あの頃はほんと無邪気だったよな」

 しばらく水平線に沈みかけた夕日を見つめながら懐かしさに浸る。

「回、そろそろ店行くか」

「行くか」

 2人はオレンジ色に染まった砂浜を後にした。


 店に着く頃には辺りが薄暗くなっていた。

 正面にはコンビニほどの大きさの店が建っている。

 二階立てで壁にはバニラ色のトタンが貼られていて、2階には横長の看板と両端に2つの小さな外灯が付けられている。

 看板には水色で”サイクルショップ MIYASATO”と書かれており、小さな外灯が暖色で照らしていた。

 店の中は真っ暗になっており、店の店舗ドアの前には”CLOSE”と書かれた看板が置かれている。

 店の前でミニバンを止めた。

「回、ロードバイク下ろすぞ」

「おう」

 助手席から降り、扉を閉めてからトランクの扉を開けた。

 サイクルキャリアのバーで固定されているロードバイクと、ホイールホルダーで固定されている前輪タイヤを取り外す。

 ロードバイクと前輪のタイヤを抱えながら店の入口に向かうと、両開きの店舗ドアが両方とも開かれていた。

 店の中は蛍光灯が付いており、蓮は店の真ん中にメンテナンススタンドを置いている。

 それはロードバイクの後輪タイヤの中心部分にある、クイックリリース部分に挟んで固定するタイプのものだ。

「回、こっちに持ってきてくれるか」

 俺は店に入って、ロードバイクと前輪タイヤを蓮に渡した。

 店内を見渡すとロードバイクが壁にかけてあったり、床に立てて並べられている。

 ロードバイクに取り付けるパーツは棚に綺麗に収められており、とても探しやすくなっていた。

 また空気入れも入口付近にきちんと並べられていて、持ち運びしやすくなっている。

 それと外壁はトタンだったが、店内は木製の柱や板で出来ている。

「昔より店の中綺麗になったな」

 そう言って蓮の方を向く。

 蓮は既に前輪をロードバイクに取り付けており、その上メンテナンススタンドで固定してメンテナンスを始めていた。

 ライトやブレーキ、タイヤの空気圧、チェーンの張り、ペダルなどの状態を隈無く調べている。

 1つ1つ確認する蓮の動きに無駄がない。

 昔から蓮にメンテナンスを頼んでいるが、毎度その速さに驚かされる。

 蓮は背を向けてメンテナンスしながら言う。

「回さ、」

「ん?」

「全日本メーカー選手権ロードレースって知ってるか?」

「聞いた事ないな」

「日本自転車競技連盟が来年の5月に開催する大会で、全国のあらゆる企業のロードレーサーが出場するらしい」

「へぇ」

「普段大きい大会に出られない企業のチームも参加するらしい」

「珍しい大会なんだな」

「日本自転車競技連盟がそれぞれの職種からスカウトするって話らしいな」

「スカウト......」

「そしてデリバリーも対象になっている」

「そうなのか?」

「あぁ、そして優勝したチームは”ジャパンカップサイクルロードレース”の出場権を獲得できる」

 思わず目を見開いてしまう。

「それを狙ってデリバリーに多くのロードレーサーが集まっている」

「......」

「このデリバリー競争で勝ち抜けばプロになるのも夢じゃない」

「そうだな」

 蓮は手を止めてこちらを向いて言う。

「回、もう一度目指さないか? 日本一のロードレーサー」


 翌日、朝の日差しで目が覚める。

 ベッドの左隣にある小さいテーブルの上に置かれた目覚まし時計に手を伸ばした。

 目覚まし時計を見ると時計の針は9時半を指していた。

 いつもなら8時にアラームがなるようにしてあるが、昨日はセットし忘れていたらしい。

 しまったと思い、片手で頭を抱える。

 その時、ふと昨日のことを思い出した。

 昨日はメンテナンスを終えてからSTマークを貼ってもらってたんだな。

 それにしても昨日の蓮の話は本当なのか?

 ジャパンカップロードレース。

 ツール・ド・フランスやジロ・デ・イタリアに出場した世界の一流選手も出場する国内最大級のレースだ。

 そう簡単に出られるレースじゃない。

 そもそも蓮の言っている事が本当なのかもわからない。

 とりあえず今日中にFi-Eatのアプリで配達員登録しないとな。

 スマホを手に取りリビングに向かう。


 リビングの壁沿いには、アッシュ製のダイニングテーブルと椅子が2つ置かれている。

 対面にはテレビが置いてある。

 ダイニングテーブルの前に立ち、スマホのFi-Eatのアプリを起動させた。

 配達員登録画面を開いて、免許証やTSマーク付帯保険加入書を写真で撮る。

 それをアップロード画面に貼って銀行口座の登録を行った。

 あとは自分の写真撮るだけやし、着替えるか。

 寝室に向かい、紺色のサイクルウェアと黒のサイクルパンツに着替える。

 これで撮るか。

 写真映りがいい場所を探して写真を撮り、アップロード画面に貼る。

 よし、これで送れば登録完了か。

 配達登録画面の一番下にある登録完了と書かれたボタンを押す。

 画面が切り替わり、

 ”配達登録していただきありがとうございます。

 承認審査は1~5日かかります。

 承認審査後、メールにてご連絡いたします。”

 と、書かれた画面が表示される。

 登録も済ませたし、久しぶりにロードバイクに乗るか。

 いつも朝していることを済ませて、黒色のサイクルヘルメットを被る。

 5年振りにヘルメット被るな。たしかこうだったか。

 動作に何度か迷いがあったがなんとかヘルメットを装着し、ロードバイクを抱えて玄関に向かう。


 玄関には見慣れないサイクルシューズの箱が置かれている。

 ロードバイクを床に置いて箱を開けると、CT5のノーマルタイプ ブラックのサイクルシューズが入っていた。

 これ昨日買ったやつだな。

 昨日の蓮との会話を思い出す。


「これTSマーク付帯保険加入書やわ」

「ありがとな。これ助手席に置いてからロードバイク載せるよ」

「待て、回」

 ミニバンに向かおうとする俺を引き留める。

「デリバリーする上でレーシングシューズじゃやってけんやろ」

 蓮は店の奥からサイクルシューズの箱を持ってきた。

 箱から出てきたのはCT5のノーマルタイプ ブラックのサイクルシューズだ。

「レーシングシューズはロードバイクに乗っとる時には最適やけど、いざ降りると歩きづらいやん。CT5のようなスニーカータイプは街中でも使えるから便利やぞ」

「確かにシューズの事までは考えてなかったな」

「15,000円や」

「ん?」

「あー、税込みで16,500円や」

「わかった、16,500円か」

「まぁ、俺とお前との仲やしな」

「おう」

 蓮は鼻から大きく息を吐いて頷く。

「7,500円な」

 そこはタダじゃないんだな。

 7,500円で買い取った。


 玄関前でCT5の黒か青色のレーシングタイプを履いていくか悩む。

 近いうちにデリバリーするかもしれんしCT5履いていくか。

 CT5のかかと辺りについているソールの一部を、折り畳み可能なアーレンキーで外した。

 窪んだソールにはクリートと呼ばれるペダルと装着する、2つの窪みが靴の内側に収まっている。

 ロードバイクを抱えて外に出る。

 昨日に引き続き晴天で青空が広がっていた。

 玄関の鍵をしめてアパート前に向かう。

 今日もいい天気やしある程度遠くまで行けそうだな。

 ハンドルのブラケットを上から握ってレバーに中指、人指し指をかける。

 ロードバイクにまたがりサドルに座った時に、サドルと臀部でんぶとの間に膨らみを感じる。

 サイクルパンツには、サドルと臀部にフィットするような形でパッドが付けられている。

 ロードバイクのサドルで摩擦して、臀部を痛めないようにするためだ。

 下がっている右ペダルに右足を置くと違和感を感じる。

 これまではレーシングタイプのシューズだったが、初めてスニーカータイプのシューズを履いたからだろう。

 レーシングタイプは硬めで隙間なく足に合ってる感じがあるが、CT5はただのスニーカーを履いてるみたいでどこか慣れない。

 それでも蓮がSPDと呼ばれるシューズのクリートに装着できる面と、フラットになっている面があるペダルを付けてくれたから凄く助かっている。

 下になった右のペダルに右足のつま先を付けると、カチッと装着した音が聞こえた。

 上に上がっている左のペダルを少し踏み、ブラケットを上から握ってレバーを中指と人指し指をかけている状態で少し前に漕ぐ。

 ロードバイクが少し進んだ勢いに乗って、左足も左のペダルにつま先を付け装着した。

 このペダルから離れん感じ懐かしいな。

 装着した勢いでロードバイクを進ませ、手の小指球しょうしきゅうに体重をかけてゆっくり走る。


 アパート周辺の住宅街は信号があり、道が入り組んでいる。

 微かに向かい風が吹いていて、サイクルウェアの襟がなびいている。

 住宅街を抜けると、田んぼが並んでいて見渡しがよく、車の通りがない広い一本道に出た。

 2km先にはT字路があって左には、ショッピングモールや飲食店、パチンコ店が多く建ってるのが見える。

 右には駅やビルなどが立ち並んでいる。

 気がつけば、微かに吹いていた向かい風は落ち着いていた。

 ハンドルの左側にある大きいレバーと、小さいレバーをタイヤの方に押す。

 カチッという音がレバーから聞こえた直後、ペダルの方で微かにカチャと切り替わる音がした。

 すぐにハンドルの右側にある小さいレバーをタイヤの方に2回押すと、再びカチッという音が聞えて後輪で微かにカチャと切り替わる音がした。


 最初に切り替えたのはペダルを回すギアで”フロントギア”と呼ばれている。

 自分のロードバイクのフロントギアには、軽いギアのインナーと重いギアのアウターの2枚が付いている。

 大きいギアがアウターギアで小さいギアがインナーギアだ。

 ロードバイクによってはインナー・ミドル・アウターの3枚のギアがついているものもある。


 次に切り替えたのはギアチェンジに使うギアで”リアギア”と呼ばれている。

 自分のロードバイクのリアギアは大きいギアから小さいギアまで11枚付いていて、一番大きいギアを”ローギア”、一番小さいギアを”トップギア”と呼ぶ。

 ローギアはタイヤ寄りにありトップギアは一番外側に付いている。

 ローギア側に移動させていくと軽くなっていき、トップギア側に移動させると重くなっていく。


 ギアを切り替えるのに押したレバーは”STIレバー(デュアルコントロールレバー)”と呼ばれている。

 STIレバーはブレーキレバーとシフトレバーが一体化したレバーで、大きいレバーがブレーキレバー、小さいレバーがシフトレバーとなっている。

 フロントギアはブレーキレバーとシフトレバーをタイヤの方に押すと重くなり、シフトレバーを押すと軽くなる。

 リアギアはフロントとは逆でブレーキレバーとシフトレバーを押すと軽くなり、シフトレバーを押すと重くなる。


 あらかじめ軽いギアにしておけば、止まってもすぐに漕ぎ出すことが出来るため、住宅街を抜けるまではインナーギアでローギアから2枚目のギアで漕いでいた。

 さっきのギアチェンジでフロントギアはアウターギアに切り替えたため、リアギアはローギアから4枚目に移動している。


 見渡しのいい道路をペースを上げて漕いでいく。

 T字路まで200mの辺りでT字路の左の方を向く。

 500m先に、黒色のデリバリーバックを担いでロードバイクを漕ぐ人が目に付く。

 遠目で顔はよく見えないが、黒のヘルメットを被って黒のサイクルウェア、黒のサイクルパンツを着ている。

 前傾姿勢寄りでシッティング(座り漕ぎ)しているのが分かる。

 T字路まで50mのところでハンドルの左側にあるシフトレバーを押して、右側にあるブレーキレバーとシフトレバーを2回押す。

 T字路直前でブレーキングをして減速していく。

 T字路に差し掛かった時に配達員が正面を通り過ぎる。

 その時分かったのは、ヤクザのような顔立ちに色黒で背が高く、肩幅が広い上に筋肉質ということだ。

 デリバリーバックのサイドには黄色の太字で”RIDEライド”と書かれている。

 RIDE、どこかで見たような。

 記憶を遡ってはっと思い出した。

 デリバリーサービスランキングで現在1位になっているデリバリー企業だ。


 試しについて行ってみるか。


 ロードバイクを右に傾けながら、左側に重心を置いて右にコーナリングする。

 ロードバイクを立てた時に、ハンドルの左側にあるブレーキレバーとシフトレバーをタイヤの方に押した。

 さらにハンドルの右側にあるシフトレバーをタイヤの方に2回押して、フロントギアとリアギアがカチャと切り替わる。

 ケイデンス(回転数)を上げて追いかける。

 しかし、ペースを上げるが距離が縮まらない。

 ハンドルの右側にあるシフトレバーをタイヤの方に2回押して、さらにケイデンスを上げて追いかける。

 ――?!

 息が少し上がるが距離が縮まらない。

 それどころか相手のフォームが崩れておらず、未だシッティングしている。

 ケイデンスを上げたのもあり、太ももが張り始めている。

 ハンドルの右側にあるシフトレバーをタイヤの方に1回押す。

 ブラケットを握った状態で腰を上げてダンシング(立ち漕ぎ)する。

 ふとももが張ってより重く感じる。

 ハンドルを少しずつ左右に揺さぶりながらケイデンスを上げる。

 かなり息が上がりながらも少しずつ距離を縮めていく。

 500m先には急な坂道があり、その向こうに駅やビルがある。

 配達員は100m先で走っている。

 これで追いつく!

 全てを出し切る勢いで張っている腕を動かす。

 加速して30m程縮めた時、配達員はシッティングのまま加速していく。

 やっと縮めた差が再び開く。

 っっ!!

 ケイデンスをあげようとするが腕も足も限界に達していた。

 ハンドルの左側にある小さいレバーをタイヤの方に押し、右側にあるブレーキレバーとシフトレバーを2回押した。

 ハンドルをブラケットからバーハンドルのフラットに移し替えて、ペダルを回さず息を切らしながらうつむいた。

 減速していくタイヤの音がよく聞こえる。

 ハンドルを見て右側にあるブレーキレバーとシフトレバーを2回押し、数十mまで走らせてブレーキをかけた。

 ロードバイクが傾く前に、下になった右ペダルから右足のかかとを外側にひねる。

 右にロードバイクを傾けて右足をペダルから離し地面につけた。

 呼吸を整えてから前を向くと、配達員は坂を超えようとしていた。

 5年間のブランクがあっての筋力不足、体力不足ではあるがそれ以前の問題だ。

 デリバリーバックに料理を入れてあのペースなら尋常じゃない。

 坂を下って見えなくなる背中を眺めることしか出来なかった。


 次の日、8時のアラームで目が覚める。

 身体を起こすと、腕と足から鈍い痛みを感じる。

 完全に筋肉痛だ。

 充電されているスマホを見るとメールが1件来ている。

 メールを開くと、

 ”必要書類をアップロードしていただきありがとうございます。

 承認が完了いたしました。

 アプリストアでFi-Eat 配達用アプリをインストールしてください。”

 と、書かれていた。

 よし!

 思わず片手でガッツポーズする。

 だが振った手が痛む。

 スマホを手に取り、所々痛みながらもリビングに行って椅子に座った。

 アプリストアで配達用アプリをインストールしてアプリを開くと、

 オレンジの背景にアプリの真ん中には白色で”Fi-Eat”と表記されている。

 招待コードの入力枠に送られた招待コードを入力するとメッセージが出てきた。

 ”配達用アプリをインストールしていただきありがとうございます。

 残りの手続きや配達用アプリの機能の説明、デリバリーバックの配布などをサポートセンターで行います。”

 と、書かれている。

 サポートセンターってどこにあるんだ。

 スマホでGOGGLEゴーグルマップを開く。

 サポートセンターの住所を検索すると、駅周辺に黄色のピンが立っている。

 ここら辺か、行きづらいな。

 営業時間は10時~18時になっている。

 準備して行くか。

 気合いを入れて立つが足が痛む。

 苦悶の表情を浮かべながら用意をして外に出る。

 ロードバイクをアパート前に置いて空を見上げた。

 今日は曇っている。早めに行った方がいいかもな。

 重く感じる足でペダルを漕ぎ出した。

最後まで読んで下さってありがとうございます。


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