1.α_聖竜の本気
……退屈だ。
来日も来日も、信者どもが妾を崇めに来る。
貴族も商人も妾を崇め・敬い・胡麻をすってくる。
聖都の中心、聖城の頂上に開けた部屋がある。
四方は壁で被われておらず、柱が数本建っている。
天井は無く、常に空は晴れている。
この部屋とは言えない場所に白亜銀で出来た椅子が一つだけあり、人化した聖竜が座っている。
手首や足首の先は竜状態の形で恐ろしく感じるが、彼女を見たものは皆、興奮する。
興奮は人によってそれぞれ違う。
ある者は、美の化身を目撃したかのような興奮。
ある者は、性欲が高まる興奮。
ある者は、信仰の対象としての興奮。
彼女を見て興奮しない者は居ない。
それ程までに、彼女の容姿は整っているのだ。
それ故に何百年もの間、結婚の申し出が止まらずにいる。
毎日、届けられる贈り物や供物。
それらを保管するために、いや保管せず野ざらしにしていたので信者や彼女を思っている人々が聖城を巨大な物にしていったのだ。
増え続ける物を保管し管理するために、聖城は聖都の内側を潰しながら大きくなっている。
もちろん、内が潰れた以上に外を広げているので、聖都も大きくなり続けている。
(はぁ、妾はなぜこのような場所に居るのか。妾はただ、使命の為だけにここに居るのに)
聖竜はある方向を見続ける。
その方向は椅子の正面。
彼女がその方向しか見ないために椅子をそれに合わせたのだ。
彼女の視線の先には封印された者とその祠。
何百年も見続けている。
(そろそろ大人しくならないか?じく…!?)
何が起きた!?
気配が消えた?
この世から完全に消えただと!?
早く皆に伝えね……。
彼女がある存在の消失を感知し、仲間に伝えるために立ったと同時に障壁が荒々しく破壊されたのを感じた。
「何か来ておるのか!?」
何だ、何が来た?
いかん、考える前に障壁展開と集中させねば。
彼女は瞬時に破られた障壁の百倍の耐久力を持つ障壁を千枚用意した。
通常、いや異常であってもこれはやり過ぎだった。
だが、障壁は何かによって殆どを壊された。
残っている障壁も触れると同時に破壊されるだろう。
(何が起こっておる!?なぜ止まらぬ!なぜここに来る!ここには多くの人が…吹けば塵になるような者達が多いの、に……)
なぜ、妾は護ろうとしておる?
ここ居る者らは、妾に惚れたやら利用しようと思う者も多い。
真剣に妾を信仰しておる者など、ほんの一握り。
確かに、信者を失うのは惜しいが勝手に集まったもの達だ。死のうが喚こうが妾には関係ない事だ。
そうだ、妾だけ逃げれば良いではないか。
ここに天井は無い。竜状態に戻って飛び立てば、多少の破片が当たるだけで済むだろう。
そうじゃ、それが一番いい。
世界の存亡とこの都市を秤に掛けるまでもない。
そうとなれば、早く飛び立たねば……。
「……そんな事、出来るわけなかろう!!!形は違えど妾を慕って募ってきた者達がここには大勢おる。全力で止めてやる!」
彼女は竜状態に戻り、全力でたった一枚の障壁を作った。
たった一枚の障壁には、彼女が何百年も貯め続けた魔力・竜気・聖力、全てを注ぎ込んでいた。
嘗ての戦で使った障壁よりも数千倍の強度を持った最強の盾になった。
だが、この盾でもこの何かを止めることが出来ず、一秒も掛からずに亀裂が走る。
彼女は絶望的なこの状態から進化する。
「負けられぬ!負けてはならぬ!竜の誇りと妾の意地を賭けておるのだ!絶対に死なせぬ」
彼女は今まで使えなかった心意をこの土壇場で習得し発動した。
心意は心から望むことを現実に起こす技で、これが出来るものは三体しかいなかった。
今日、彼女が四体目に使えるようになり、護る系統の力であれば心意の力を上乗せ出来るようになった。
心意で強化された障壁は数秒持ちこたえた。
止める事は出来なかったが、威力の殆どを殺し白亜銀で作られた外壁に埋まる形で止まった。
「はぁ…はぁ……。止めきれなかったが、止まったようだな。この力、戦の時に目覚めてくれれば良かったのに…な」
聖竜はそれだけ言い残し、倒れ伏せる。
聖竜が目覚めるまで一週間の間は都市としての機能が完全に麻痺し、壁に埋まった者は牢屋に一週間放置される事になった。