病室の天使
目がさめた時、隣のベットから女性の声が聞こえた。
ああ、お見舞いの人が来ているんだなと僕は、彼女の方を見る。来客はカーテンに隠れてどんなひとだかわからなかった。でも、なんとなく察しはつく。白い布からちらちらと見える彼女の嬉しそうな横顔を見れば、わからないわけがない。
「来てくれたんだね、ありがとう。すごく、嬉しいよ。久しぶり」
病室に舞い降りた天使は、素敵な笑顔で彼に語りかける。
彼女は本当に嬉しそうだ。本当に天にまで昇っていってしまうような……。儚さを同居させた笑顔に、傍観者の僕は、それを向けられた彼を羨ましくなってしまう。
「そっか。海外に出張に行っていたんだね。前にそう言っていたんだもんね。私、大事なことを忘れてたよ」
彼女は本当に美しい。天上世界でファウスト博士を待っているグレートヒェンのような慈愛のこもった笑顔だった。
「うん、……キミが来てくれて本当に嬉しい。来年の結婚式すごく楽しみだからね。今年のクリスマスは、プロポーズしてくれたレストランにまた、連れていってほしいな。ふふ、あの時は、本当にビックリしたんだよ。でも、本当に嬉しかった。死んでしまうくらい嬉しかった」
彼女は、声を震わせてそう言った。
「それからさ、また、強く抱きしめてね。あの時、みたいに……って、なにを言っているんだろうね、私。こんな場所で。言ってて恥ずかしくなってきちゃった」
ああ、幸せいっぱいなんだな。僕も早く骨折を治して、彼女のような素敵な恋人を作りたいな。
そんな風に思っていた。
「あと、あなたに謝らなくちゃいけないとずっと思っていたの。ごめんなさい。きっとキミは、聡美のほうが好きだったよね。私があの時、泣いてすがらなければ、ふたりはきっと……」
彼女の声は悲しみに満ちる。やっぱり幸せそうなカップルにもいろいろあるんだな。
「聡美だって、許してくれたけど、ずっと謝りたかったんだ。ごめんね。でも、ううん、だからこそ、私はあのレストランで、プロポーズされて本当に嬉しかったんだよ。本当の意味で、あなたが、私を選んでくれたんだってわかって、本当に…… 本当に……」
すすり泣きが聞こえる。
「ごめんね。やっぱり病院だと心細くなっちゃうよ。退院したらさ、聡美も一緒にウェディングドレス選んでくれるんだ。そう約束してくれたんだ。だから、私のドレス姿楽しみにしていてね」
彼女の横顔は、涙でぐしゃぐしゃになっていた。でも、本当に幸せそうな顔だった。
「だから、だから……君。また、会いに来てね。お願い、私のこと、捨てないで。ふたりとも、遠くに、行か、ないで」
窓から強い風が吹きぬけた。仕切りのカーテンが、めくれてしまう。
彼女は、そこでひとりで泣いていた。
「ずっと、ずっと、一緒、だよ、ね? それとも、私達、出会うべきじゃなかった、の、かな?」