第六話 ストーカー救出ミッション
地上から百メートル下にある場所。そこにある組織の施設はあった。
内装は窓のない病院と言った所だろうが、住み込みの人間が多く、モグラ道の中に建設された多くの部屋には人が詰まっていた。
彼らの白衣のような色と形の軍服の胸には“HINMELL”という文字が描かれたエンブレムが張り付けられている。
誰もが緑色の作業服か白色の軍服かを着ている中、私服や学校の制服で集まっている少年少女がいた。周りは機械に囲まれた場所、格納庫だ。四人の高校生ほどの少年少女と長い紫髪を携えた胸の大きく厳格な女性はそこで対峙している。
「諸君。緊急の招集に応じてくれて感謝する」
二十歳ほどの女性は歳に似合わない言葉遣いで少年少女たちに語りかける。
「それにしても、裏世界が民間人を飲み込んだってのは本当なんですかー?」
褐色の肌、白く短い髪の明らかに日本人ではない少女“パンジー”が紫髪の女性に聞く。
「私も直接見たわけではないが、このことを報告してきた人物が嘘をつくような奴ではないのでな。間違いないだろう。原因は不明だ」
紫髪の女性は膨れた胸ポケットから一切れのメモ用紙を取り出す。
「そしてその“裏世界”に飲み込まれた少年の情報は彼が残していったカバンの中にある学生証で判明した。名前は東雲朝顔、高校生で偶然か必然か父親は元々ヒンメルのパイロットだった男だ。彼が一般のルートじゃ手に入らない武器を持っていたのはそのためだろう」
女性がメモを頼りに情報を読み上げると、金髪で小柄な体躯、顔にそばかすをつけたパンジーと同じで明らかに日本人ではない少年が口を挟む。
「まさか…! 生身で“裏世界”に放り込まれたんですか!?」
「肯定だな。一刻も早く朝顔を救出したいところだが、ゲートが開かなければ手が出せない、手詰まりだ」
金髪の少年は上司の女性が遭難者の名前を呼び捨てにした所に違和感を抱いた。
「菫さんはその東雲って奴と知り合いなんですか?」
「幼馴染だ。私の妹である高嶺嫁菜のことが大好きな、可愛らしい少年だよ」
この紫髪の女性、本名を高嶺菫と言う。朝顔が妄信的に愛している高嶺嫁菜の姉である。
「もう死んでるんじゃないの? どうせ私たちが行ったところで死体すら残ってませんよ」
ピンク髪の女子、ヒンメルの唯一の中学生である鈴木桜は生意気な口ぶりでそう言い放った。しかし、悪態はついていても彼女は誰よりも早く武器を整え、“裏世界”突入への準備を終えていた。そのことを知っている他のパイロット、先ほどの白髪の女子パンジーと金髪の少年アザレアは『やれやれ素直じゃないんだから』と肩をすくませている。
菫は視線を桜から外し、その背後で壁に背を預けている男子高校生、真っ暗な瞳をした鈴木岸花に向けた。
「アイツは、生きている」
自信ありげに少年は言い放った。
「ほう、根拠は?」
「東雲朝顔、奴の魂はすでに聖人の域に達しています。それに身のこなしや危機察知能力、索敵能力もさることながら気配を消すのも巧みでした。恐らく五から十年、なにか一つ、肉体的にも精神的にも負荷がかかることをやり続けたに違いない。それもかなりの情熱をもって…」
「く――っは‼」
菫は岸花の話を聞いて思わず噴き出した。アザレアは突然笑い出した菫に対して不思議そうな表情を浮かべる。
「ん? なに笑ってんだ菫さん?」
「いや、すまん、なんでもない」
菫はこみ上げる笑いをなんとか堪え、ゴホンと咳払いする。
(いかんいかん。岸花の予想が的中していてつい笑ってしまった。確かにアイツは十年前からあるひとつのことをやり続けているからなー。決して褒められたものじゃないが)
ずばりストーキングである。
東雲朝顔、岸花が驚いた技術のほとんどは長年のストーキングで得たものだ。ただ一つ、狙撃技術に関しては父の指南によるものである。
広い視野も嫁菜を見失わないため。
気配を隠すのは嫁菜に見つからないため。
ストーキングしている時の朝顔の動きは不審者そのものだ、ゆえに監視カメラに映るのは危険、機器の扱いが巧みなのは他人にストーキングを邪魔させないため。対象以外の人間の視線にも敏感なのも同じ理由だ。
加えて、例え嫁菜が母親と車でおでかけしても朝顔は後をつけるため脚を鍛え、尚且つ他の技術が手伝い対象を見失うことはなく、途中で置いて行かれることもほとんどない。十年間の途方もない努力、というのは半分正解だ。実際には十年に及ぶ異常な趣味の成果である。
「とにかく、ゲートが開き次第、即“霊媒機体”を解凍し、救出に向かってもらう。一番は朝顔の救出、二番に“色付き”の撃破だ。総員、いつでも行ける準備をしておけ!」
『了解!』
菫の一喝で四人の少年少女の顔つきが引き締まった。