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ストーカー・ロボット  作者: 空松蓮司@3シリーズ書籍化
死の先にある情熱“彼岸花”
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第五十二話 天谷彼色

「心拍数低下! 血圧も下がってます!」


「輸血の準備をしろ。オペ室は空いているな?」


「はい、大丈夫です!」


「すぐに手術を開始する、一刻を争うぞ」


 裏世界から帰ってきてすぐパンジーが真っ先にイラマのコックピットを開けると、そこには右半身を血に染めた桜の姿があった。


 すぐさま医療班が駆けつけ、桜を担架に乗せ今に至る。


 マヤとの衝突で傷ついたパンジーとカモミールの攻撃で頭を怪我した朝顔も治療を受けていた。だが桜とは違い二人共重傷ではないので軽い処置で済んだ。


 朝顔は医務室で頭に包帯を巻いている。その瞳は深く沈んでいた。朝顔の場合、精神面へのダメージの方が酷い。魂が壊れる様をしっかりと捉えてしまったからだ。


「――はい終わり。ちょっと切っちゃってただけね。でもしばらくは安静にするように」


「わかりました。失礼します」


 女性の医務員に頭を下げ朝顔は医務室から出る。


 そしてミーティング室に足を向け歩いているとロッカールームから鈍い殴打音が聞こえ、朝顔はロッカールームへと進行方向を変えた。


「やめろ! 落ち着けってパンジー!」


「……。」


 そこにはロッカーに背中を預け、頬を怪我している岸花と、その岸花を押さえつけ拳を握っているパンジー。その二人を止めようと間に割って入っているアザレアの姿があった。


「アンタが、アンタが作戦通り動いていたら桜はッ!」


「悪かったとは思っている」


「それが悪びれる奴の顔か!?」


 アザレアは視線の先に朝顔を発見し、ホッとした表情をする。


「東雲! よ、よかった。もう動けるみたいだな!」


「――解明者」


「さっそくで悪いけどパンジー止めるの手伝ってくれ!」


 朝顔は無言でパンジーの肩を掴む。するとパンジーはまだ言い足りないという顔をするが、朝顔の神妙な表情に諭され拳を引く。


「アタシだってね、コイツが見捨てたのがアタシや他人だったらまだ理解できる。だけど、桜はアンタの妹だろ! なんで妹を捨てられる!!」


「捨てたわけじゃない。ただ、邪魔だったから退かしただけだ」


 再び岸花の襟を引っ張るパンジー。


 岸花は真っ暗な瞳でパンジーを見下ろして言う。


「白々しいぞ。お前らは俺のことを知っているくせに」


 朝顔は首を傾げる。


「どういう意味だ?」


「そうか、お前はまだ知らなかったな。いいだろう、この際だ、教えてやる」


 岸花は語る。歪な己の出生を。


「桜は“鈴木岸花”の妹であって、俺の妹じゃない」


 アザレアとパンジーの表情が曇る。


 朝顔は岸花の発言に疑問しかなかった。今、目の前にいる男の名は鈴木岸花だ。そして鈴木岸花の妹は鈴木桜だ。今の発言には矛盾しかない。


(血がつながっていないということか? いや、でもそういう言い方じゃ……)


 朝顔の疑問の答えを朝顔自身、すでに目撃している。ただ気づいていないだけだ。


「――俺は、お前と同じ特別な人間だ。ただ、お前と違って望まれた特別じゃないがな」


「なに?」


「俺は――鈴木岸花じゃない。お前は()を知っているはずだ」


 朝顔は思い出す。初めて岸花を見た時のことを。


――『めい…さい服? 自衛隊か?』


 そして彼と戦った時のことを。


――『めい…さいふく。ひ…い、ろ…? 「彼色(ひいろ)…」』


 あの時、岸花の影に見たあの人物こそ、目の前の男の正体……




「俺の本当の名は“天谷あまや彼色ひいろ”。鈴木岸花を喰らい、鈴木岸花の殻を被って転生した“転生者”――――元・死人(しびと)だ」



 

「な――」


 死人は生者を喰らうことでその生者の殻を被って表世界に回帰する。

 鈴木岸花……いや、天谷彼色は裏世界の亡者だったのだ。そしてヒンメルのパイロットだった鈴木岸花を喰らい、この世に転生した。


 彼の異常な身体能力、魂の器はこの過程より生じている。死を経験した魂はより強くなり、魂に呼応して身体も成長する。


 朝顔は白衛公園の桜の枯れ木の下にあった“鈴木岸花”と彫られた石、その真実についても解き明かした。


(そうか。あの墓は()()の鈴木岸花のものか!)


「だから桜は俺の妹じゃない。それどころか、アイツにとって俺は兄の仇だ。兄妹など、仮初めの姿にすぎない」


 パンジーは岸花の発言に怒りを通り越して哀れに感じ、襟から手を放した。


 アザレアは気まずそうに目線を逸らす。


 朝顔のみが岸花に同情せず、なんてことない表情でため息をついていた。


「なるほど。弱い人間だな、お前は」


 朝顔は言い放つ。岸花をたしなめるように、あるいは見下ろすように。


「ちょ、東雲!」


「陰キャ君……」


 ピリ、っと空気が張り詰めた。


「――言ってくれるな。俺は転生者として多くの恩恵を受けている。生身でも、パイロットとしても、俺より強い奴などいない」


「いいや、弱いよお前は。鈴木桜の方がよっぽど強い」


 岸花の暗く冷えた瞳が朝顔を睨む。

 朝顔の真っすぐで、毅然とした瞳が岸花を見下ろす。


「こういう時、笑うべきなのか?」


「笑えないだろうな。お前は笑うことすら怖くてできない」


「解明者。まさかお前は、俺より自分の方が強いとでも思っているのか?」


「当然だ。僕がお前に負ける要素がどこにある?」


 自信たっぷりに朝顔は言い切った。


 岸花は冷静に見えるが、朝顔は岸花の感情の揺れ、怒りと焦りの感情を見逃さなかった。


 岸花は朝顔に近づき、口を開く。



「そこまで自信があるのなら、――俺と勝負しろ。解明者」



『はぁ!?』


 岸花の宣戦布告に動揺するアザレアとパンジー。申し込まれた本人は何のリアクションもしていない。



「ちょっとちょっと! 今はあの化物をどうするか考える時でしょ! いやさっき喧嘩してたアタシが言うのもなんだけど!」


「落ち着けって! 仲間割れしてどうするってんだ!?」


 朝顔は小さく笑い、


「いいのか? お前負けるぞ」


 挑発するように言った。


 岸花は眉間にシワを寄せる。


「三日後。ヒンメルの上層部は一か所に集められここを留守にする。その日の深夜二時、霊媒機体を持って地下第三演習場に来い」


「お、おい待てってお前ら!」


「――上等だ。逃げるなよタラシ野郎」


 岸花は約束を取り付けるとすぐに部屋から出て行った。


 残ったアザレアとパンジーが朝顔に詰め寄る。


「おいおい東雲! 霊媒機体を使っての私闘なんて上位レベルの規約違反だぞ!?」


「そ・れ・に! 天才君とマヤ相手に一騎打ちとか絶対勝てないっての!」


「うるさい。ちゃんと戦う理由はある」


「「理由?」」


 朝顔はとびらに手をかけ二人に背中を向けて言う。



「僕はアイツが嫌いだ。一度ボコボコにしたかった」



 アザレアとパンジーはポカーンと口を開け、同時に叫ぶ。


『なんじゃそりゃああああああああああああッ!!!!!??』



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