第四十九話 カモミール
――暗い、牢屋のような場所だ。
いつもと同じ“色付き”の記憶。いつもと少し違うのは記憶が混ざっている所だ。
ある三人の記憶が交互に流れている。だが人が違うだけで状況、場所共に違いはない。全員が木の椅子に縛り付けられ体を酷く損傷している。
一人は若い女性。
『やめて。助けて!!』
一人はまだ十歳ほどの少年。
『いだいよぉ!』
一人はサラリーマンの男性。
『待て! 一体誰だ!? 私が何をしたと言うんだ!?』
三人の影が重なるように映像が流れる。
三人の正面には同一の人物が立っている。首から上は見えないが恐らく男性、それも白衣の着た男性だ。白衣には大量の血が付いていた。
「足りないねぇ。もっと、もっと未練がいる。生きたいと願え、生に執着しろ。そうすれば助けてあげる」
男は手に持ったメスで三人の耳を突き刺した。
混じった叫び声が朝顔の頭に響く。
「ああ。そういえば質問されてたなぁ。誰だ、って言ってたよねぇ。教えてあげる。――カモミール。そう名乗ってるよ」
☆ ☆ ☆
朝顔は一匹のビーストを倒したことで相手の記憶を覗き見て、目を細める。
「カモミール……」
そんな朝顔を尻目にアザレアとパンジーは唖然としていた。
「す、すっげぇなぁ……」
「いやホントに。――って、感心してる場合じゃないっしょ!? アタシらも援護しないと!」
朝顔の卓越した動きに圧倒されたパイロットチーム。
中でも朝顔の働きに一番ショックを受けていたのはこのチームのエース、鈴木岸花だった。
〔すごいねぇ、昼吉を思い出す〕
「駄目だ」
〔ダーリン?〕
「一番は、俺でなくては。俺の価値は、存在意義は……! 奴に顔向けができないッ!!」
〔待ちなダーリンッ!〕
マヤの制止を振り切り岸花は機体を強引に突撃させる。その途中で、
「え、ちょ邪魔だって!」
「しまっ――」
先行していたマクイルと激突した。
どちらも高速で動いていたため衝突の衝撃は大きい、互いにバランスを崩し地面に滑り込む。マヤは特性上ダメージはないがマクイルの方は右腕が酷く損傷した。
パンジーは怒りを露わにする。
「ちょっと天才君ッ! アタシが先行するって今言ったばっかじゃんか!」
「すまない。聞こえなかった」
その時だった。
[ガウッ!!]
隻眼のビーストが倒れているマクイルに襲い掛かる。
「やばっ!?」
「……!!」
思考がまとまらず硬直する岸花とパンジー。
白き牙が今にもマクイルを襲おうとした時、大槌が隻眼のビーストを弾き飛ばした。
解明者は岸花を見下ろして言う。
「邪魔だ」
「解明者……!」
その光景が、岸花の中にある焦りを加速させていたことに朝顔は気づいていない。
朝顔の頭にあるのは一刻も早く、獣たちの魂を解放させること。余計な情報に気を配る余裕はない。
「共鳴率、回復したか?」
〔いえ。Ωシリーズの連続使用はまだ無茶でしたね〕
「今日この先、もう他の武器は使えなくていい。Ω‐2が欲しいんだ」
〔――わかりました。強制アクセス権を使用します、一分ほど時間をいただきます〕
長いな。と朝顔は二匹のビーストに目を向ける。すると、隻眼のビーストに音の腕が、毒牙のビーストに鉄球が襲い掛かった。
「時間稼ぎは任せな東雲!」
「アンタにばっかいいとこ取らせないわよ!」
「アザレア、鈴木桜。頼んだぞ」
朝顔はいつになく冷静だった。
視界から色が無くなっていく感覚。まるで裏世界に落ちていくような感覚だ。余分な色が消え去り、白と黒だけが己を照らす。
(解る、モニターを見ずともホーク・キッドの状態が。解る、どうすれば相手に勝てるのか)
日輪の光と月の光が疑問を照らし、解答を朝顔に見せる。
――“解明者”の力が開花しようとしていた。
「ホーク・キッド、そろそろだな」
〔え〕
ホーク・キッドは予定と異なり46秒で準備を完了した。にもかかわらず、準備完了のタイミングを言い当てた朝顔に驚いた。
〔ええ! 大丈夫です! ――次元装起動。強制アクセス権発動ッ!!〕
強制アクセス権は共鳴率が80%に達していない状態でもΩシリーズを使う事のできる能力だ。(ただし潜在的に共鳴率80%に到達できない者では使用できない)。
リスクとして一分間身動きが取れないこと。
補給を受けなければこれ以上他の“次元装”の武装は使えなくなること。
どちらも重いリスクだ。戦闘中に一分間動けないのは仲間がいなければ致命的であり、武器の幅で武装の貧弱さを誤魔化すホーク・キッドにとって他の武装が使えなくなるのは長所をまるごと潰すことになる。
霊媒機体にはそれぞれこういったリスク交換の術があり、ホーク・キッドにとってはこの“強制アクセス権”が、パオトルにとっては“デュエット・オーバー”が正しくそれだ。彼らはこれを“切り札”と呼んでいる。
〔Ω‐2.“ペレトューナ”ッ‼〕
Ω‐2.機械剣“ペレトューナ”。
白銀の大剣であり、電力を通す管が絡みついてゴツゴツとした見た目だ。剣には電気回路が走っており緑色の光の筋が見える。
ホーク・キッドはペレトューナを持ってバインド・ロックで足止めされている隻眼のビーストに接近し、
「〔うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!〕」
脳天から股下まで真っ二つに斬り裂いた。電光を帯びた剣閃が辺りを照らす。
流れるオーロラに構っている暇はない。朝顔は間を開けず残り一匹に目を向ける。
「これで二匹!」
あとは毒牙のビースト一体、
[ガガウっ!]
「しまった!?」
〔ホークさん! そちらに行きました!〕
毒牙のビーストはイラマの隙を見て逃走を図る、だが、その行く先を雷の鳥たちが塞いだ。
「足引っ張って終わりはないっしょ?」
〔ホーク・キッド、早く決めたまえ!〕
残り一匹を前にして、マヤ以外の四機は連携を華麗に取る。
岸花は一人、無気力にその光景を眺めていた。
「拘束しろ!」
〔バインド・ロックッ!!〕
――俺は
「逃がさないわよ!」
〔トレース・スター!!〕
――俺は、
「もう一発いくよ!」
〔ライトニング・エンジェルズッ!〕
――俺は……
岸花の中で黒く醜い感情が芽生え始める。
ホーク・キッドは他の三機によって追い詰められた“色付き”にとどめを刺すため、ペレトューナを振りかぶる。
「これで、」
〔終わりです!〕
誰もが勝ちを確信した。
振りかぶったペレトューナが、毒牙のビーストを切り裂く映像を皆思い浮かべたであろう。だが、勝利を確信した時ほど、隙があるものだ。
[あー、だめだめ。今回はね、僕チン失敗できないのよ]
「なっ!?」
Ω‐2.ペレトューナ。その切れ味は隻眼のビーストを易々と斬り裂いたことでわかっていただけたであろう。
しかし、Ω‐シリーズ……いや次元装の中でもトップレベルの切れ味を誇るペレトューナは、
――人差し指一本に止められた。
「なんだ!? お前ッ‼」
[カモミール。そう名乗ってるよ]
人の形をした金色の“色つき”。色は金だが輝きは薄暗く怪しい、ゴツゴツとしたメッキはペレトューナの攻撃を受けてもヒビ一つ入っていない。
(堅い!? 鬼型か! いや、それ以前に)
朝顔はカモミールの魂を覗き見て心臓から全身を凍らせる。
(この魂は、死人の魂じゃないッ!! これは生きている人間の――)
[そんじゃあ、君は退場ね]
カモミールと名乗った“色付き”が左手で握りこぶしを作り、軽いジャブ程度にホーク・キッドの体に当てると、ホーク・キッドは他の霊媒機体の間を音速で通り抜けた。
『東雲ッ!!!』
〔〔〔〔ホーク・キッドッ!!!!〕〕〕〕
[久しぶりに生の人間をいじれるヨぉ~。そうだなぁ、男は“色付き”にしてペットにして、女は生きたままゆっくり痛めつけよう。そんで最後は男の色付きに女を喰わせるんだ。よし決めた! ――実行しよう]
……黄金の悪魔が、現れた。
レビュー感謝&感想感謝の日曜投稿です!
さらにはブクマまで!( ´艸`)
めちゃくちゃ動力源になります! こーんな暗い話ばっかりですけど今後ともよろしくお願いいたします!