第四十五話 生きている責任
朝顔はさやかの死に際を見て目を細める。
朝顔は消え入る“さやか”を見下ろしながら、
「新島正人からの伝言だ」
放課後に彼から聞いた、彼女に伝えたい言葉を告げる。
「――『俺はいつまでも、お前を愛し続ける』。だそうだ。ほんと、熱いカップルだなアンタらは」
正人からの伝言を聞いて、さやかは綺麗な声で話し出す。
「ねぇ、お願い、してもいい?」
朝顔は頷く。
「正人の背中を、押してあげて……」
「無理を言うな。赤の他人である僕に、あの男を動かすことはできない」
「できるよ。君は、とってもいい人……わかるの。君は、ちょっとあの人に似てるから、不器用だけど、誰よりも、愛情の大切さを知っている。彼は人を見る目があるから君の言うことを真摯に受け止めるよ」
確かに前朝顔と会った時、新島正人は初対面である朝顔の話を大人しく聞いていた。
「なんで自分で伝えないんだ!? なんで僕に押し付ける! まだ、お前は……生きているのに――」
生と死の狭間はどこか。朝顔は自問する。きっと朝顔以外の人間は目の前の女性を生きているとは認めない。世界でさえも……
朝顔は目を伏せ、「わかった」と呟く。
「大丈夫。きっと、これを渡せば……彼は――」
言いかけて“さやか”の魂は浄化した。
体は光の粒となり、ホーク・キッドのコックピット、朝顔の手元に流れ、結集する。集まった光の粒は赤く光り、ピンク色のマフラーとなった。
PM7:00
格納庫。
そこでアザレアとパオトルは自慢げに胸を張っていた。
「今日のMVPは確実に俺とパオトルっしょ!」
「はぁ? とどめ刺したのはパンジーちゃんとマクイルだし!」
「じゃあ、どっちもMVPってことでいいじゃん」
「それを言うなら東雲も……ってあれ? アイツ、もう帰ったのか?」
アザレアは周囲を見渡すが、桜とパンジーと整備員の人達しかいない。
「天才君もいないみたいね~」
桜は岸花がいないことを確認すると心配そうな表情をする。
「お兄ちゃん……」
一方、とうの岸花は更衣室でロッカーを思い切り殴っていた。
「くそっ!」
「不満そうだな。岸花」
開きっぱなしの更衣室の扉に背を預けて菫が立っていた。
「今回、いや前回も、お前の活躍は無いに等しかった。経験・才能、どちらも合わせたらお前がチーム内で一番優秀なはずなのに」
「俺が、足を引っ張っていると?」
「ああ。悪いが、このままチームの和を乱すのなら、上が黙っていないぞ」
岸花は無言で私服に袖を通す。
「破棄しますか、俺を」
「いや、なにもそこまでの話はしていない。――なぁ岸花、朝顔にあってお前にないものはなんだと思う?」
「解明者の力。あれさえあれば俺だって……」
「変わらないさ。お前はなにも理解していない、お前に必要なのは――」
岸花は菫の言葉を待たず「失礼します」と部屋から出ていく。
菫は肩を落として、ため息をつく。
「昼吉さん。貴方なら、アイツになんて言葉をかけましたか?」
今は亡き恩人に問い、菫は自室へ足を向けた。
6/15 PM5:00
“さやか”を倒した次の日の放課後。東雲朝顔は三年二組に足を運んでいた。
そこにいる一人の男子生徒に近づき、紙袋を渡す。
「なんだこれは?」
「アンタのことが好きな、シャイな女子生徒からのプレゼントだ。頼まれたから渡しにきた。ちなみに匿名希望らしいんで、名前は言えない。それじゃ」
不思議そうに紙袋を見つめる新島正人。
朝顔は教室の出口で立ち止まり、振り返らずに言う。
「死人に歩幅合わせても前には進めないぞ。――生きているのなら、生きている責任ってのがあるんじゃないか?」
そう言い残して朝顔は教室を後にした。
新島正人は紙袋に入っている物を取り出し、口元を緩ませた。
「生きている、責任……」
紙袋に入っていたのはピンク色のマフラーだった。
その色を、この縫い方を、彼は知っている。忘れるはずもない。永遠と待ち望んだプレゼント、自分に似合いもしない、女々しいピンク色のマフラー。
彼はそのマフラーの中に彼女を感じ、隣の彼女が座っていた席を見つめる。
『あ! この消しゴム、私とお揃いだ! ほら、見て見て! 私のはピンク色~』
……始まりは高校一年生の時に消しゴムを拾ってもらったことだった。そこからどう発展して、付き合うに至ったか彼も彼女も覚えていない。だけど、あの始まりの日だけは一生忘れないだろう。
彼はいつしかの記憶を掘り起こし、空を見て呟く。
「前に進め、ということか。――なぁさやか。俺は進んでもいいのか? お前を置いて、俺一人で……」
肩を震わせて涙を流す彼の背中を、一人の少女がさすっていた。その少女の姿は朝顔にしか見えない。朝顔は教室の外でその光景を見て満足気に階段へ足を向けた。
:エピローグ:
朝、なんとなく早めに登校していた朝顔は窓から登校してくる生徒の群れを眺めていた。
その中に、ある一人の男を見つける。
「無駄なんかじゃないよな」
似合わないピンク色のマフラーを付けた男を。その瞳には活気があり、自堕落な見た目は一新されていた。きっと彼はもう立ち止まらない、二人分の人生を背負っているのだから。