第四十四話 もう一度会いたくて
朝顔は相手に休む暇もなく攻撃を続ける。だがホーク・キッドの火力では殻を破ることができない。ドラム缶に小石を投げ続けたところで傷はつけられても致命傷まで至ることはないのだ。
だが、体力が削られていることは確か。他の霊媒機体を永遠に幻惑の世界に閉じ込めるため、“さやか”は黙って攻撃を受け続けるわけにはいかない。
[あの歪みを通すなら、裏側に回れば攻撃は不可能なはず……]
“さやか”は身を翻し、ループ・ホールの裏側に回る。
確かにこれではループ・ホール越しに狙撃するのは角度的に不可能。だが、元より朝顔は己の力のみで“さやか”を倒そうとは思っていなかった。
「筋書きはこれであってるだろ? アザレア」
ガゴォンッ!! と巨大な何かが“さやか”に激突した。
それは鉄球。イラマの襲霊武装“ブロッサム・スター”の攻撃である。
[どう――して?]
さきほどアザレアとパオトルがリターン・ア・テンポを使った相手は桜とイラマである。無論、一度夢から覚まさせたとしてまたすぐに香りを浴び、彼女たちは幻惑の世界へ戻る。しかし、その一瞬で、ヒントを与えることはできた。
――『もしかしたら私たち、寄生型に取りつかれてるんじゃ?』
これは賭けだ。
一度のリターン・ア・テンポで桜たちは現状に気づき、あの技を使ってくれるはず……
あの技とは“ひるよし”ですら回避も防御諦め元を断ちにいった“トレース・スター”。“色付き”を自動で追尾するイラマの技である。例え、幻惑の中にいようと“トレース・スター”を放てばリアルの彼女たちと連動し、本物の“裏世界”でも技は放たれる。放たれた“トレース・スター”は自動的に裏世界にいる“さやか”を追尾するのだ。
ただし、その桜の動向が“さやか”にバレれば確実に阻止してくる。ならば、気づかれないよう誰かが陽動をかけなくてはならない。
アザレアが残した二つの賭け。
一つ目は現実世界に戻った朝顔がアザレアのアイディアに気づき、狙撃によって“さやか”の足止めをしてくれるかどうか。
二つ目は一度目を覚ました桜とイラマが現状を理解し、“トレース・スター”を使ってくれるかどうか。
針の穴を通すような意思疎通が無ければ絶対に成功しない作戦。いや、賭けである。だが彼らは見事通した。一度だって言葉を交わさずに。
[ぐっ――!?]
“トレース・スター”に直撃した“さやか”。貝殻は割られ、中にある煙の中心、紫色の真珠が露になる。
間違いなく弱点。そう確信した朝顔が狙いを真珠に定めるが、ホーク・キッドが引き金を引こうとしたところで予想外なことが起きた。
「な・に・が、透明鬼ごっこだっての! うざったいッ!!」
幻惑に堕ちた状態のパンジーが叫ぶ。
「もう面倒! このクジラごとぶっ壊してやるッ! マクイルッ!!」
〔OK!〕
――共鳴率80%
マクイルとパンジーの共鳴率を見て菫は驚いた。
「アザレアに次いで彼女も自分の力のみで80%に到達したか……」
共鳴率80%と90%は区切りだ。この値を超えることで霊媒機体たちはそれ以下に比べ、大いなる力を得る(ホーク・キッドでいう所のΩシリーズ、Ζシリーズである)。
〔雷の女神よ! 我が運命に永久の灯りを!〕
マクイルの強みは圧倒的物量である。
質なんて知ったことか。どんな特性を持っていようが、大量の雷で撃ち滅ぼす――
「“十字架”――」
マクイルの周囲。“さやか”を含めた砂浜全体に小さな雷で作られた十字架が無数に浮かぶ。
マクイルは右手の平を上に向け、ぐっと握りしめる。
〔――“雷葬”ッ‼〕
瞬間、十字架は眩い光を放ち、破裂して内包していた電力を解放した。
凄まじい轟音と共に巻き起こる爆発。巨大な雷爆は砂と木々を焼き払い、“さやか”の内にある真珠をも割った。
[ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!?]
……ついでに海に沈んでいたパオトルも巻き添えをくらった。
〔どぅわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!?〕
一蹴。
ヒンメルの面々、および朝顔はその雷撃の強大さに息を呑んだ。
「な、なんだありゃ……マクイルの性能はここまで――」
〔いいえ御主人、あれでもまだマクイルは底を見せていませんよ〕
パンジーは以前の対寄生型戦において魂にかなりの負担を強いられた。その反動とでも言うべきか、彼女の魂は以前より逞しく成長したのだ。
香りの元が破壊されたことにより、“裏世界”にいた面々は幻惑より解き放たれる。
パンジーは突然焼け焦げた砂浜に投げ出されたことで動揺している。
「――あれ? なんでアタシ砂浜にいるの?」
〔お、おかしいね。さっきまでクジラの体内にいたはずなのに……〕
雷撃をくらい。海でプカプカと浮いていたパオトルはザバンッ! と身を起こし、周囲を確認する。
「どうやら上手くいったようだな!」
〔博打は俺様たちの勝ちってわけだ! ――それはともかくよ、なんで全身やけどしてるんだ俺様は!〕
上空にいた岸花とマヤは状況が理解できず、
〔ダーリン、これは〕
「……。」
住宅街にいる桜とイラマはホッと胸をなでおろした。
「私たちの考え、当たってたみたいね!」
〔ええ。パオトルさんたちのおかげです〕
全員の無事を確認し、朝顔とホーク・キッドはループ・ホールを通って“裏世界”へ入る。
貝殻の“色付き”、渡辺さやかから光が発せられ、朝顔は映像の渦へと入っていく。
☆ ☆ ☆
ハワイ諸島。
そのワイキキビーチを遠目に見る女子高生の三人組がいた。
「なんかさ、風からして違うよね!」
大きなリボンを頭に付けたさやかの友人が言う。
「わかる~! こう、原初に立ち返る…って感じだよね!」
「静乃~、難しいこと言おうとして訳わかんないぞぉ~」
「はぁ!? 香奈は頭がわるいから理解できないの。さやかならわかるよね? さやか?」
さやかの友人である静乃と香奈はボーっとビーチを眺める友人を見て、ニヤァ…と笑みを浮かべる。
「正人君とビーチでエッチなこと想像してる?」
「もう嫌だわ~さやかちゃんのビッチ!」
さやかは友人の声で我に返り、顔を真っ赤に染めて否定する。
「ち、違うよ! ただ、正人と海で遊びたいなぁ……って。で、でも正人はそういうの好きじゃないからな。それにタイミングがないし」
静乃と香奈は『任せておきなさい』と胸を張る。
「明日の班行動、アンタと正人君が二人で行動できるよう、あっちの班とも話合わせてあるから」
「存分にいちゃいちゃするといいよ!」
さやかは二人の友人の笑顔を見て、本当にいい友人を持ったな…と心で呟き、満面の笑みで感謝を伝えようとする。
「ありがとう。二人と――」
その時だった。
さやかの後ろに一般の運送会社を装ったトラックがギギィッ! と止まったのは。
声を上げる間もなく三人はトラックのトランクに詰められた。両手両足を縛られ、無造作に寝ころばされている。捕縛されているのは三人だけでなく、様々な人種の女性が十人ほどいた。
三人の元に見知らぬ人種の男が訪れる。
「―――――――――。」
知らない国の言葉。
香奈は大泣きしながら腫れた顔を横に振る。
静乃は大人しく横たわっていた。彼女は連れ去られる際に暴れたため、制服は乱れ体も傷だらけだ。
さやかは泣きそうになりながらも何とか逃げ出せないかと頭を捻っていた。
「――――」
誘拐犯の男はなにかを呟きながら香奈→静乃という順番で布を口に巻き付ける。そしてさやかにも同じように布を巻きつけようとした時、運転席にいる仲間に声を掛けられよそ見をしながらさやかの顔に布を巻き付けた。
「……!?」
そして予期せぬ出来事は起きた。
(うそ……呼吸、できない――!)
さやかに巻きつけられた布は口だけでなく鼻までキツく結ばれたのだ。
呼吸できずのたうち回るさやか。しかし誘拐犯は気づかずに運転席の男と話をしている。
「んーー!」
「んッ!! んんッ!」
友人の危機に気づいた香奈と静乃は声を出して気づかせようとするが、誘拐犯たちは気づかない。
薄まる意識、遠くなる耳。
酸素を失った脳で彼女が最後に夢見たのは愛する男だった。
(助けて、正人――)
それから誘拐犯たちが捕まるまで一時間の時を要した。誘拐犯を通報したのは他でもない、彼女たちが捕まる光景を遠目で見た新島正人だった。
結果として彼の働きによって百を越える女性を救出することに成功したが、その中に“渡辺さやか”の名前はなかった……新島正人は涙を流さず、ずっと彼女の亡骸を見つめていたと言う。