第四十三話 博打
「……パオトル」
〔なにか策を閃いたみたいだな。相棒〕
「策と言うほど高尚なものじゃない。博打――それももし成功しても、もう一つ博打を打たなきゃいけない大博打だ! 失敗すれば全滅、成功しても勝てるという保証はない。それでもやるか?」
〔相棒。俺の好きな言葉ランキング第八位、知ってるか?〕
「博打だろ?」
〔半分正解だぜ! 俺の好きな言葉ランキング第八位は同率で“馬鹿”と“大博打”だッ! つまりノッたってことだ、テメェの割りに合わねぇ博打によッ!!〕
アザレアは説明を噛み砕き、パオトルに作戦を伝える。
パオトルはアザレアの作戦を聞いて大笑いし、敵を視野の真ん中に収める。
〔さすがは俺様の相棒だぜ! 博打にもほどがある。しかも完全な他人任せとはなぁ!」
[お願い、もう邪魔しないで……! 私はもう一度あの人の所に――]
“さやか”の震えた声を合図にしてパオトルは動き出す。
「チャンスは一度だ!」
〔っへ! 二度あるチャンスなんてロックじゃねぇぜ!〕
パオトルはギターに手を添える。
それは音楽の切り替え、つまりは技の切り替えを意味する。パオトルが技を使っている間はパオトルの背後に譜面を円形にしたものが天使の輪のようにくっついており、現在は“テンポル・バート”を演奏しているため緑色の輪が浮いている。この輪が消えた時、テンポル・バートの消失を意味するのだ。(つまり演奏という言い方だとずっとパオトルがギターを弾いているように聞こえるがそういう訳じゃない)。一度に浮かべられる譜面は一つである。
その譜面の輪が、消失した。
[防御壁を消した…?]
「拘束しろ!」
〔バインド・ロック! YEAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAHッ!!〕
演奏の切り替えにより、パオトルを守っていた膜は消え、パオトルの元へ煙が侵入する。だが、その間に技を仕掛け終わるのは容易だ。
[所詮は苦し紛れの攻撃、避けるのは簡単!]
具現化する音の腕。
迫りくる二十に及ぶ腕を、“さやか”は身を回転させ容易く避けきった。
[勝った! これで私は……]
「今だ! パオトルッ!!」
苦し紛れの攻撃? 否、これは陽動。アザレアの目的は“色付き”への攻撃ではない。
「この辺だと思うんだよなぁ」
〔やはり、勘でループ・ホールをくぐるのは不可能ではありませんか?〕
“さやか”は気づく。音の腕の標的が自分ではなく、ループ・ホールの近くを浮遊していたホーク・キッドだという事に。
[まさか!?]
音の腕はホーク・キッドを掴み、強引に引っ張ってループ・ホールに投げ入れる。そして次の瞬間、アザレアとパオトルは幻惑の世界へと誘われた。だが彼らの働きはここで終わらない。
幻惑の世界で幻惑の分離型が襲ってくる刹那。もう一曲演奏する。
――共鳴率86%。
「戻れッ!!」
〔リターン・ア・テンポォッ!! REEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEッ!!!!!!!!!!〕
リターン・ア・テンポ。それを向けた相手は朝顔とホーク・キッドではない。向けたのはもう一つの希望、もう一つの賭けの対象である。
[一人、逃がしたんだね。でもたった一人逃がしたところで状況は変わらない。あのロボットの戦闘スタイルは多彩な武器による攻撃、それはもう幻惑の世界で確認済み。とても私の“寄生香”を防げるとは思わない。なら、“裏世界”に来ることすら不可能なんじゃ――]
ガンッ!! と何かが“さやか”に激突した。
[……!?]
“さやか”の体が跳ねる。それを追尾するようにさらに二度、三度。貝殻に強烈な衝撃が走る。
[一体どこから!?]
続く謎の攻撃。
“さやか”は攻撃を見極め、その軌道を読み、出どころを暴いた。
[そんな、ありえない……]
“さやか”はその出どころを見て絶句する。
――攻撃の出どころは黒い歪みだったのだ。
[ループ・ホールを挟んで私に攻撃を!?]
アザレアとパオトルの働きによって現実世界に戻り、意識を取り戻した朝顔は目を閉じ、操縦桿を握る。
「本当に頼れる男だ。アザレア・ストック」
* * *
朝顔は目を覚ました時、ヒンメル地下支部の格納庫の天井を見上げていた。
ホーク・キッドは無理やり投げ込まれたため天井を向いて倒れている。朝顔は頭を振りながら尋ねる。
「……菫さん。状況は?」
『アザレアのおかげでお前のみ、“色付き”の呪縛を逃れた。これだけで状況は把握できるな?』
「はい。大丈夫です」
しかし、ヒンメルの人間たちの空気は暗いままだった。活きている機体がパオトルからホーク・キッドに変わっただけで状況は何一つ好転していない。
〔ありがたいですが、しかし、私たちにどう奴を攻略しろと――〕
「いや、勝ちへの道筋は出来ている。――菫さん、パオトルとアザレアは最後にリターン・ア・テンポを使ってましたよね?」
『あ、ああ。確かに使っていたな』
「なら、何とかなる」
朝顔は頭をガンガンと叩き、ホーク・キッドの体を起こす。
「ホーク・キッド。α‐⒒」
〔承知! ……え? 御主人、なにをする気ですか?〕
「まぁ任せておけって」
ホーク・キッドは朝顔の指示通りα‐11 低反動アサルトライフル “ケルビム”を展開する。
そして朝顔はそのまま、その場でホーク・キッドに射撃体勢を取らせた。
〔御主人――まさか!〕
「ループ・ホール越しに“色付き”を狙撃する」
朝顔の提案にヒンメルの人間たちは驚き、『それは無理だ!』と声を上げる。
『朝顔、ループ・ホールは暗闇だぞ。ループ・ホールを挟めば視界はゼロ。狙撃は不可能だ!』
「なら視界に頼らなければいい」
朝顔は目を閉じた。
(鈴木岸花が言ってたな。『霊魂を感知すれば眼を閉じていてもすべての物の位置は把握できる』って。どれ、試してみよう)
朝顔は視覚をカットし、魂の波長を感知する。
ループ・ホールには強力な磁場が存在するため魂感知を阻害する。しかし、今回の“色付き”は“色付き”にしては珍しくループ・ホールの近くにいるため多少阻害されても感知できるのだ。
朝顔は“さやか”の魂をキャッチし、目を閉じたままホーク・キッドの腕を動かし、狙いを澄ます。
「――ここだ」
引き金を引くホーク・キッド。
“ケルビム”から放たれた弾丸はまっすぐ突き進み、ループ・ホールを超えて“さやか”に激突した。
〔衝突確認!〕
「良い感じだな」
菫は朝顔の狙撃を見て一滴の汗を滴らせる。
(なんて奴だ!?)
魂感知による“NO Field of vision shot”。容易ではない……というか、朝顔以外に出来る人間はいないだろう。
純粋な狙撃技術に加え“解明者”の力も必要。才能と努力、どちらも極限まで必要な芸当だ。
[まさか、この歪みを挟んで私に攻撃を!?]
「本当に頼れる男だ、アザレア・ストック。お前の賭けに乗らせてもらうぞ」




