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ストーカー・ロボット  作者: 空松蓮司@3シリーズ書籍化
永久に輝く真珠“さやか”

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第四十二話 幻惑の世界

 REVERSE 00:00


 白黒の世界。真っ白の砂浜の上にマクイルは倒れこんでいた、体から煙を上げまるで爆撃を受けたような傷跡が付いている。海の真上、はるか上空ではマヤが前に誰もいないのに刀を振り回している。住宅街ではイラマがハンマーを振り回し、砂浜の上空ではホーク・キッドが呆然と立ち尽くしていた。


 ギターを持った霊媒機体シャーマンパオトルと真珠貝の形をした “色付き”、“さやか”は砂浜の上で対峙している。


 “さやか”の殻の隙間からは紫色の煙がプスプスと噴き出ていた。


「幻惑を見せる“寄生型”――ッ!!」


[まさか、私の香りから逃げられるとは……]


 パオトルの周囲一メートルには視認しにくいが膜のような防壁が張られている。これはパオトルの技の一つ“テンポル・バート”。音の障壁によって香りや音、煙などの軽い物質を除外する技である。


 千葉支部のリーダーである菫は現状に対し、手をこまねいていた。


(まさかループ・ホールから入った先に寄生の媒体であるフレグランスを撒いているとは。しかも相当な量だ。ループ・ホールが出現してからずっとここで香りを出し、罠を作っていたのか……)


 “さやか”の真実。


 実は朝顔たちは“裏世界”に突入した際に幻術の世界に落ちたのである。


 つまり、海の中で戦った“プラグマ”も、他の連中も全て存在しない。“さやか”の能力は自分の香りを嗅いだ魂を幻惑に幽閉するというものだ。あまりに簡単すぎる条件ゆえにいくつかの制限も存在する。


 第一、


「ホーク・キッド。多分この幻惑の世界で動けば現実の僕らの動きにも連動している。恐らくアザレアはそれを利用して感覚の軸がブレる前にループ・ホールから一度現実に戻ったんだ」


 第二、


「それに敵はこの世界を自由に改ざんすることはできない。隕石を落としたり、理不尽なことで僕らを殺したりな。基本は本当にある“裏世界”のコピーで、唯一手を加えることができるのがさっきの強すぎる分離型なんだ」


 朝顔の予想は的中していた。彼自身の地頭の良さである程度は分析し、不確定要素を解明者の“解き明かす力”で排除してたどり着いた結論だ。


 アザレアはループ・ホールに入る前にこう言っていた。


――『波が砂を削る音がここまで聞こえる』


 だが実際、ループ・ホールをくぐって見たら砂浜ではなく海の上。


 絶対音感を持つアザレアにとってこの相違点はかなり気になった。加えて裏世界に来た瞬間ループ・ホールの先からヒンメルの係り員たちの足音が一斉に途絶えたのだ。


 アザレアはこの時点で相手が“寄生型”だと気付いてはいない。だが、ループ・ホールから一度本部へ戻ってサポート体制を整えよう、そう思わせるには十分な材料だった。


 結果パオトルはアザレアの指示通り一度現実世界に戻った。そこでようやく意識が戻り、菫の説明で現状を理解する。そして“テンポル・バート”を演奏し、本当の“裏世界”に戻ってきたのだ。


〔御主人。そういうことでしたら今、あちらに見えるループ・ホールをくぐれば我々も……〕


「それは――多分無駄なんだよな」


〔無駄?〕


「感覚がズレているんだ。幻惑の世界での僕らの動きと“裏世界”での僕らの動きが連動している可能性が大きいって言ったろ?」


〔――そうか。幻惑の世界で私はプラグマによって海に引きずりこまれましたが、実際にはただ地面に沈んでいるだけだった。そして、海の中から脱出しようと飛び、ここまで来ましたが、実際の世界では――〕


「海から海上への距離も加えてかなりオーバーに跳躍している可能性が高いだろう。それだけじゃない。さっきの戦闘自体が空想なのだから、あの戦いで動いた分、僕らの感覚はズレている。アザレアは異物である“幻惑の分離型”の攻撃を一切受けない間、つまりは感覚がズレる前にループ・ホールをくぐったから無事に元の世界に戻れたわけだ。――まぁ、でも物は試しだな。一回くぐってみるか」


 朝顔とホーク・キッドは斜め下にあるループ・ホールをくぐる。


 真っ黒な空間を通るいつもの感覚。しかし、闇の先で彼らが見たのはヒンメルの地下施設ではなく、さっきまでいた海だった。


〔戻ってきましたね〕


「やっぱりな、そうなるとさっきの爆撃や“シェムハザ”での攻撃は悪手だったな。下手したら味方に当たっているかもしれない……」


 実際、さきほどの三種の爆薬を使った爆発にマクイルは巻き込まれている。


 無闇に攻撃を放てばどうなるかわからない。幻惑の分離型に攻撃された時、反撃は一番の悪手なのだ。


 朝顔は唇を噛みしめ、肩の力を抜いた。


「任せるしかないな。アザレアに――」


 一方アザレアは、


「む、無理だろ……! 俺一人なんて!!」


〔一人じゃねぇ。俺様がいるだろうが〕


 五機中四機が実質戦闘不能の中、パオトルとアザレアがたった一機で“色付き”と向き合っていた。


(どうするか、俺とパオトルのコンビはサポート専門。単騎ではもっとも弱い)


 そう、もし千葉支部の霊媒機体たちで一騎打ちのトーナメントを開けばパオトルは間違いなく最下位だ。この状況に最も不適格な霊媒機体だろう。


「いや無理だろ」


〔無理じゃねぇ!!」


「いやパオトル一機じゃ――」」


 ならば“リターン・ア・テンポ”や他の技で仲間を助ければ。と他の敵なら考えられただろう。しかし、相手は常に幻惑の香りを出しておりパオトルは常に“テンポル・バート”を演奏し防がなければならない。


(一度に使える演奏(わざ)は一つ。寄生型の技を防ぐために“テンポル・バート”を使ってるから他の技は一切使えない……!)


〔あんま考えすぎんなよ相棒〕


「なにかいい案があるのか? パオトル」


 パオトルは陽気な調子で肩を竦める。


〔相手は寄生型だぞ。忘れたか? 寄生型は総じて本体は弱い。技なんて使わなくても全然――〕


 パオトルが余裕かまして正面を向き直した時だった。


 シュバッ!! と“さやか”が地面から飛び上がり、回転しながら接近してきた。


[そぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおれえええええええええええッ!!]


〔ぶべほっ!?〕


 フリスビーのような軌道で“さやか”はパオトルの顔面に体当たりする。そのまま地面に落ちると、再び飛翔し、パオトルを顎下から突き上げる。


[そうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううれえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッ‼]


〔どぅは!?〕


 そこからさらに空中でターンし、攻撃。


[それ!]


〔ぶは!!〕


[くぅら!]


〔ゴホッ!?〕


このような変則的攻撃を浴び続け、パオトルは地面に伏しながらわなわなと声を出す。


〔……ぜ、前言撤回だ相棒。さ、策がいる――あの野郎、俺様より強い〕


「だ、だよな!」


 得意げにこちらを見下ろす(貝殻なので眼なんてないのだが)“さやか”を見てアザレアは考えを巡らせる。


(実際どうするよ。こっちは技を使えば煙を浴びて幻惑の世界に連れて行かれるんだぞ? すでにタネを理解している俺だ。次引きずりこまれれば真っ先に分離型を差し向けられて感覚を狂わせに来るだろう)


 攻撃――不可。技は使えない上に技を使ったとしても効かない可能性がある。


 自分は幻惑に堕ちるがリターン・ア・テンポで仲間を助ける――無意味、一時解除したとしてすぐに敵の術にかかるだけ。ただの自爆だ。


 説得――無意味だろう。“色付き”は生への執着心に溺れ、まともな思考回路が崩壊している(迎撃行動以外)。


 撤退――仲間を見捨てて己のみ助かってもアザレア一人では次の“色付き”に対応するのは不可能。それにアザレアとパオトルの性格上ありえない選択肢だ。


〔来るぜ!〕


「――避けてくれ! パオトル!」


 アザレアの思考がまとまるのを敵は許さない。 “さやか”は先ほどのように回転攻撃を仕掛けてきた。


〔――ぐっ……!?〕


 パオトルは必死に回避行動するが、それでも避けきれず否応なく被弾する。


 アザレアはパオトルに完全に回避を委ね、自分は思考に没頭していた。アザレアとパオトル、互いに信頼し合っていなければできない行動である。


(考えろ――)


〔ぐっ、がぁ‼〕


(考えろ……!)


〔ちぃ……!〕


(――――)


 アザレアは一つの作戦を思いつく。


……いや、作戦というにはあまりに博打がすぎるものだ。


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