第四十一話 勘違い
ホーク・キッドはプラグマに対して防戦一方だった。
イルカの“色付き”であるプラグマは高速で泳ぎ翻弄してくる。長年のストーキングで銃弾すら目で追う事のできる朝顔ですら残像しか追えない。
高速から繰り出される突進攻撃と、突進の合間の加速時間に肩に付けたバルカンから放ってくる弾丸。すき間のない攻撃を受けて反撃の余地がなかった。
(コイツ……! 鬼型の“つとむ”より手ごたえあるぞ!)
強大な敵として聞いていた分離型。しかしプラグマはその話をさらに超える強さだった。
「ホーク・キッド! α⒒ッ!!」
〔承知ッ!〕
[させないよ]
ホーク・キッドがアサルトライフル“ケルビム”を出す前にプラグマはホーク・キッドに突進をくらわせる。“ケルビム”は無干渉状態のまま海の底へと落ちていった。
[君らに反撃のチャンスは無い]
余裕を見せるプラグマに朝顔は笑って問う。
「どうかな?」
再び正面から突進を繰り出すプラグマ。
プラグマはホーク・キッドをめがけて最高速でぶつかった。はずだったが、
[いない? 違う――]
プラグマは背中に重みを感じ、目線を背中に向ける。
そこには背ビレに捕まったホーク・キッドの姿があった。
[ふん。この速度域ではどうせ武器を取り出せまい。振り落としてくれるッ!]
“次元装”の弱点として、ある程度ホーク・キッドから離れた所にしか歪みを発生させることができない。というものがある。
プラグマに捕まった今、次元装を使ったとして、取り出した武器をキャッチするのは至難の業でありほぼ間違いなく海の藻屑と化す。だが、
「取り出すつもりはない。元からな…!」
朝顔は次元装から武器を取り出す気はなかった。
そう。武器ならある。プラグマの両肩に。
[まさか、バルカンを!]
「ちょっと借りるぞ!」
ホーク・キッドはプラグマの右側のバルカンを掴み、引きちぎった後に振り落とされる。
[奪った所で私の武器が君らに扱えるか!]
「ホーク・キッドを舐めるなよ……」
隙を作らせないためホーク・キッドに接近するプラグマ。
ホーク・キッドは奪い取ったバルカンを右手の甲に乗せる。
〔(検索…修理番号308.該当、自動措置プログラム展開。――奪取。登録、α‐101 “ガウルスカラベ”ッ!!)〕
右手に乗せたバルカンはホーク・キッドから噴き出た闇に右手と一緒に飲み込まれる。…。…次の瞬間、ホーク・キッドの右手にはバルカンが新品同様に改造され装着された。
[馬鹿な……]
ホーク・キッドは新たに作り出したバルカン“ガウルスカラベ”の銃口をプラグマに向け、連射を始める。
ガガガガガガガガンッ‼ という発砲音は海中により濁った音となって響く。
放たれた無数の弾丸を身に浴びて仕方なくプラグマは一度後退する。
[ちぃ! 一手だけくれてやる!!]
武器を一つ取り出す時間を朝顔とホーク・キッドは確保した。
朝顔から数ある武器から選んだのは――
「β‐43!」
〔承知!〕
β‐43.発光する手榴弾“ネクベト”。
[しゅ、手榴弾!?]
プラグマはホーク・キッドが持つ物を爆発物だと認識できていたが、それが光を発する物だとはわかっていなかった。
ホーク・キッドは思い切り手榴弾を前方に投げ飛ばす。
「一手で終わらせはしない」
ピカッ‼ と辺りを照らす白光。
海上まで続く光、プラグマはもろに光を瞳で受け止め、一時の暗視状態に陥る。
[くそ~~~~~~~~~~~~~~~タレがあああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!]
先ほどまでの落ち着いた物腰から一転。プラグマは激高し、怒りを露わにした。
目を慣らした瞬間にプラグマは海中を見渡す。周りにホーク・キッドの姿はない。プラグマは水の流れからホーク・キッドの足跡を追い、海上寸前まで上がっているホーク・キッドを見つけた。
[逃げる気か!! このビビり野郎が!]
いや、朝顔もホーク・キッドも戦う気満々だ。ただ戦場を移しただけだ。海から空に。
「捌いてやるよ。空でな……!」
その時、プラグマは気づいた。
自身の下に沈んでいく、三つの影に…それはホーク・キッドの“次元装”から取り出した爆発物三種――β‐32.スイッチ式リモコン爆弾“ハウメア。β‐21.誘爆オイル缶“ネフティス”。β‐11.時限爆弾“テフカバ”。
[はぁ――――――]
逃げようとするプラグマ。しかし一歩遅い。三種の爆発物は一気に誘爆する――
ボオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ‼ 水中でなお、三種の同時爆発は轟音を鳴らした。
爆発は地上よりも水中の方が圧力が伝わりやすい。凄まじい水圧がプラグマを真下から突き上げ、海からはじき出した。
「追い込み漁業――とはちょっと違うか?」
〔意味は通りますよ〕
突き上げられた先ではホーク・キッドがγ‐32.空裂サイス“シェムハザ”を構えて空中で待っていた。
刃の部分にはすでにとてつもない大気が集中していた。シェムハザは構えた時間が長いほど威力を持つ。放つ斬撃は空気を裂き、衝撃波となって突き進むのだ。
――共鳴率53%
[ま、待てッ!]
「〔断るッ‼〕」
一刀両断。
ホーク・キッドが振りかぶり、溜められた力を解き放つと斬撃はプラグマを切り裂いて尚止まらず、背面の雲をぶった切った。
プラグマは二つに分裂したまま緩やかに消滅する。
プラグマの消滅を確認した朝顔は目を瞑り、意識を魂に集中させた。
(魂感知…やはり朝顔殿も適性がありましたか)
朝顔は集中して波長を探す。まずは一番わかりやすく大きい岸花の魂の波長だ。
(マヤは上で戦っている…)
ついでパンジー…
(……! まずいなアイツ。ループ・ホールから離れすぎだ!)
次に桜の魂を感知する。
〔どうです? 御主人……〕
「――どういうことだ?」
さて。推理を始めよう。
敵は分離型だということを加味してもあまりにもそれぞれ個性が強く特別な技を持っている。
なぜヒンメルから一向に連絡がないのか…
そして一番の疑問点は……
「アザレアとパオトルの反応がない」
〔ループ・ホールから本部に逃走した可能性はありますね。彼らはサポート専門、一機のみになったのなら妥当な判断だと考えますが〕
「いや、アザレアはともかくパオトルが逃げの一手を取るか? ――待てよ」
朝顔は考えを巡らせる。
思えばおかしかったのだ。今回はヒンメルのサポートが一切ない。戦闘中、彼らは無人機を使ってサポートしたり、裏方でかなりの人数が動いている。“ループ・ホール”の指定場所を間違えたのも、通信拒絶も、支援がまったくないのもすべてがおかしい。調子が悪いでは済まされない。
ヒンメルが裏切った? その可能性はゼロだろう。裏切るならもっと直接的な妨害をしてくるだろうし理由もない。
ならば意図せず支援を送れない……
「違う……」
視点が間違っている。朝顔はある一つの可能性を頭に浮かべた。
冷や汗がにじみ出る。あまりの状況に対して――
「…ホーク・キッド…」
〔どうしました御主人。そんな青ざめて――〕
「分離型じゃない」
〔え?〕
「今回の敵は分離型じゃない――“寄生型”だッ!!」
まだ見てくれている人はいるのだろうか……




