第四十話 愛は強し
PM7:00
『ステージはハワイのワイキキビーチだ。敵は海で戦うことを得意とするタイプかもしれん。くれぐれも得意分野で争うなよ?』
菫の通信をパイロット全員コックピットで聞いていた。まだ“裏世界”には突入しておらず、格納庫で待機している状態だ。
「波が砂を削る音がここまで聞こえる……ハワイか~久々に行きたいなぁ」
〔相棒、そん時はお土産にナッツ頼むぜ! ナッツ!〕
マクイルのコックピットではパンジーが機嫌悪そうに足を貧乏ゆすりしていた。
「ったく! パンジーちゃん夕飯の準備中だったんですけど!」
〔落ち着いて姫! そうだ、歌でも歌いましょうか!〕
「本気で黙ってマクイル」
イラマのコックピットではパンジーと同様、桜が機嫌悪そうにしていた。
「百歩譲って見られたのはいいよ。でも、あの反応はないじゃない……」
ぶつぶつと呟く桜に対し、イラマは気まずそうにしていた。
朝顔はホーク・キッドのコックピット内で一番新人にも関わらず誰よりも落ち着いていた。
「ホーク・キッド。僕が来てから“色付き”の強さは上がってるんだよな?」
〔ええ。でもそれは偶然かと思われます。一定期間ごとにそういう時が来るのです、数年に一度ぐらいの頻度ですね〕
「これ以上強くなることはあるのか?」
ホーク・キッドは一瞬言葉に詰まる。
〔基本的にはありません。しかし、私は以前にとてつもなく強い“色付き”と交戦したことがあります〕
「とてつもなく……」
〔はい。昼吉はその“色付き”を“管理者”と呼んでいました。しかし、アレは特例中の特例です。二度と会うことはないでしょう――おっと。そろそろ時間のようですよ〕
霊媒機体たちが所定の位置に立つ。
格納庫のすぐ隣には“ループ・ホール”を出現させる広間がある。その広間を目前に据えると、管制室が裏世界突入の手順を踏み出す。
眼鏡の男性のオペレーターがメーターを見ながら、
『ループ・ホール安定! 命綱投入完了!』
歳をいったおばちゃんが笑顔で、
「出力OK、いつでも行けるわ菫ちゃん」
管制室の中央の机で菫が突入までのカウントを取る。
『突入まで、3―――』
2、1。
――裏世界、突入‼
REVERSE 00:01
“裏世界”に発現したループ・ホールの真下は白と黒が入り混じった海だった。小さな島が遠くの方にポツンポツンと見える。
「おかしいな。ビーチの上じゃなかったのか?」
〔たまにはこんなミスもあるでしょう〕
霊媒機体たちは海に沈むわけにはいかないので空中で海を見下ろしながら動けずにいた。
一番初めに声を上げたのはアザレアだ。
「どうする? 敵は恐らく海の中だぞ」
〔俺様はまどろっこしいのは嫌いだ! マクイル、テメェの雷で海を丸ごと痺れさせちまえ〕
〔それは無理だよミス・パオトル。さすがの僕もこの海全てに雷を渡らすことはできないさ。エネルギー切れになるだけだよ〕
〔どうする? ダーリン〕
「敵の出方を見たい。なにかで陽動をかけるしかないだろう」
「珍しくお前の意見に賛成だ」
朝顔はそう言うとホーク・キッドの浮遊装置のスイッチを切った。
ホーク・キッドは一時の間の後〔ご、御主人ンンンッ!!?〕と驚きの声を上げる。
「せっかくの海だ! 海水浴と行こう! ホーク・キッド!」
桜とアザレアとパンジーは口を揃えて言う。
『あのバカ~~~~~ッ!!』
ホーク・キッドが白黒の海に触れた瞬間、ホーク・キッドは足を何者かに噛まれ、
「こいつは……」
そのまま海の中に引きずりこまれた。
水中、ようやく視界が広がり朝顔とホーク・キッドはその姿を見る。
[私の名は“実利的な愛”。二番目に厄介そうな君たちを都合よく隔離出来て良かったよ……]
緑色のイルカ。普通のイルカと違い、両肩にバルカン砲を装備しており、どこか知的だ。
「…まずいな…」
朝顔は呟いた。
朝顔はホーク・キッドが目の前の色付き“プラグマ”に噛まれた際に、イルカを通じて“色付き”の魂の波長を他に四体確認したのだ。
朝顔の感覚は正しかった。
今まさに上空では黄色の巨大なクジラが海から空高く舞い上がり、マクイルを飲み込んだのだ。
「――ちょ!?」
いち早く奇襲に気づいた岸花がクジラに襲い掛かるが、マヤが立てた刃はあっけなくクジラの鱗に弾かれてしまった。
――共鳴率82%
「拘束しろ!」
〔バインド・ロック!! YEAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAHッ!!〕
音の腕がクジラの口を開けようとするが、寸前で間に合わず。パンジーとマクイルはクジラに飲まれたまま海へと消えて行った。
桜は敵の正体を語る。
「分離型!?」
分離型。それは“色付き”の中で一番厄介とされているタイプである。
分離型の特徴はその名前の通り分離することにある。しかし、この時に重要となるのが力の分布だ。分離した“色付き”の総合力は分離する前の総力を大きく超える。つまり8の力を持つ“色付き”が四つに分離した場合、普通ならば2・2・2・2といった塩梅になると考えるが、そう簡単な話ではなく、この場合だと6・6・6・6という計算式ぶち壊し性能になる。個体によって分離できる数には限りがあるため、この“色付き”の場合は五が限度だろう。分離型は最大分離数か単体にしかなることができない。
巨大なクジラの腹の中はやはり巨大だった。足元が胃液に沈む場所、そこにパンジーとマクイルはいた。正面にはグラサンを掛けたザリガニがいる。
[ようこそ我が遊び場へ。私の名は“遊戯的な愛”。さて、ゲームを始めようか]
「はぁ? パンジーちゃん、お遊びに付き合う気はないのよねぇ。――マクイル!」
〔OK!〕
マクイルは雷を纏い、ザリガニ“ルーダス”に接近し、両手を構える。
――共鳴率73%
「バリッと行くよ!」
〔“雷炎双掌”ッ!!〕
右手には雷。
そして左手には雷熱を大量に取り込んだ青白い雷炎を纏う。
そして左右の掌底をルーダスにぶつける。しかし、マクイルの攻撃は見えない壁によって散らされた。
「そんな…!」
〔どういうことだい!?〕
[ルール違反だ。罰を与えよう…]
ルーダスが右手の鋏の先をマクイルに向ける、すると、マクイルの体に電流が流れた。
「ぬっ!?」
〔がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!?〕
パンジーの頭の中は多くの疑問で溢れていた。
疑問①分離型の片割れの癖に明らかに特殊な能力を持っていること。
疑問②雷耐性のあるマクイルに雷が効くはずがない。
疑問③ループ・ホールを挟んだヒンメル本部に連絡がいかないならまだしも、“裏世界”にいる他の霊媒機体からの交信がなぜないのか。
(どういうこと!? これも全部“色付き”インフレの結果か!?)
[この空間は私の遊び場だ。いかなる干渉も自由自在よ。君たちが抜け出すためには私にゲームで勝たなければならない。さぁ、始めよう。透明鬼ごっこを……]
ルーダスの姿が虚空に消える。
[ルールは簡単だ。透明になった私をその霊媒機体で触ればいい……]
パンジーは「上等……!」と口元を歪ませる。
――一方、桜&イラマ、岸花&マヤもパンジーたち同様に隔離されていた。
桜とイラマは離れの孤島でタコの“色付き”と向き合っている。
[僕の名前は“友好的な愛”と申します。…お手柔らかに…]
「なんだか……」
〔やりにくいですね〕
岸花とマヤは遥か上空で巨大な鷹と空中戦を繰り広げていた。
鷹の“色付き”は頬を染めている。目にはマスカラ、クチバシには口紅が付いている。
[はぁ~い! イケメン君、こ・ん・に・ち・わ~!! あ、た、し、は、“情熱的な愛”~! 不束者だけど、どうかよろ――]
エロスが言い終わる前にマヤは襲い掛かる。しかし、エロスは簡単にマヤの繰り出す刃を避けた。
[ちょっとアンタ! アンタに用はないっての!]
〔ダーリンに手出しはさせないさ〕
「……? お前ら何の話をしている?」
朝顔&ホーク・キッド 水中にてプラグマ(実利的な愛)と交戦。ループ・ホールより三百メートル地点。
岸花&マヤ 遥か上空にてエロス(情熱的な愛)と交戦。ループ・ホールより五百四十メートル地点。
桜&イラマ 離れた孤島にてストロゲー(友好的な愛)と交戦。ループ・ホールより二キロメートル地点。
パンジー&マクイル くじらに飲まれ、胃の中でルーダス(遊戯的な愛)と交戦。ループ・ホールより五キロ三百メートル地点(尚移動中)。
そして、アザレアとパオトルは…
“裏世界”から忽然と姿を消していた。