三話完結短編“KY日記”中編
その二“KY卒業”
(多数決…多数決…)
中学校の昼休み。私は心の中で呟きます。昨日、例のストーカーから習ったことを。
『いいか? 空気を読むってのは、多数派を取るってことだ』
『多数派を取る?』
『問題! 五時間目が自習になりました。みんなは勉強が嫌いなので喋ったり遊んだりしてます。だけどお前は明日のテストの勉強が足りていない。さぁどうする?』
『勉強します』
『はい残念』
『どうしてですか?』
『周りが遊んでるならお前も遊べ。周りが勉強してるならお前も勉強をしろ。行動一つ一つに多数決が発生してると考えるんだ。お前が勉強を始めたとして、周囲にいる十人はお前に良い印象を抱くか、悪い印象を抱くか。そいつらの視点に立って考え、多数が肯定してくれる行動をすればいい。それが“空気を読む”ってことだ』
多数決。それこそ全て。
私は常に気を配ります、クラスの“空気”に。
「あ、やっべ。数学の宿題やるの忘れちったぁ~」
「え~。私もやってないわ。今から写させてもらおうと思ってたのに~!」
「……。」
後ろの席に座っている後藤さんと猿山さんの会話…
Q.今、私が取るべき行動は?
①情けは人の為ならず、自力で解決させるべき。
②懇切丁寧に公式を教えてあげて、問題を解く手助けをする。
いや――
『相手の視点に立って――』
そうだ。彼女は私じゃない。
私なら自力で解こうとする。それが自分のためになるから、だけど――
「…いいよ。私の写して」
「え? まぢで? いいの武藤さん…」
私はコクリと頷きます。すると後藤さんは嬉しそうに「さんきゅー!」と言います。
そうか。これでいいのか。相手のニーズに答えればいいのだ。
「うっわ…体育怠いわ~」
私は体育大好きです。ですが、
「…体育。めんどくさいよね」
「お! 武藤さん、話わかるね~」
これでいい。
それからも私は空気を読み続けます。
「う~、デザートもう一個食べたい…」
今日の給食のデザートは私の大好きなスイカゼリーです。ですが…
「いいよ。私、お腹いっぱいだからあげる」
「お! マジかよ武藤! ありがとな!」
嬉しそうに鈴山君ゼリーを食べます。初めて話したのに、彼の私に対する評価が上がったのがわかります。
なんだ。簡単なことじゃないですか。空気を読むなんて。
「消しゴム忘れたぁ~」
「私の使う?」
「あの先公超うざくない?」
「私もそう思ってた」
「勉強なんか将来役立たないよね~」
「うん。勉強に意味なんてないよ」
「休み時間に本読む奴ってすっごく陰気くさい」
「…確かに」
気づけば移動教室で一人で行動することは無くなりました。
朝、教室に行けば挨拶してくれます。
KYなんて言われることは無くなりました。
――なのに。
「アンタ。それで楽しいの?」
「え?」
誰かが教室の扉の前ですれ違いざまに言ってきました。私はすぐに後ろを振り返りますが、すでに人影はなくなっていました。
友達、できました。空気、読めるようになりました。なのに。
「…虚しい…」
私は小さな公園のブランコを揺らしています。無心で、ひたすら。
「どうだい? 調子は」
すると隣のブランコに例のストーカーが座ってきました。
「そういえば名前聞いてなかったな。僕の名前は“東雲朝顔”、お前は?」
「――武藤薊です」
「武藤薊…お前、ひょっとして姉にあやめって名前のやついる?」
「あ、はい。います」
「偶然だな。僕は武藤あやめの友達だよ」
うわぁ…姉の交友関係が心配だ。
でも、この人は紛れもなくストーカーの変質者だけど。悪い人ではない気がする。
「それで、調子は?」
「――空気読めるようになりました。友達も出来ました。だけど…」
「だけど?」
「…想像してたより、つまらないです」
そう。つまらない、これにつきます。
友達と一緒にいても全く面白くありません。せっかく出来たのに拍子抜けです。これなら一人で行動してた方がよっぽど楽でした。
「だろうな」
「え?」
目の前のストーカー…朝顔さんは知っていた風に言ってきました。
「無理して虚像作って出来た友達なんてそんなもんだよ」
「――なら、あなたのアドバイスは逆効果だったことじゃないですか…通報します」
「空気は読めるようになっただろう? お前の要望には答えたはずだ。友達を作るなんて簡単だ、だけど自分に正直でいられる友達を作るのは難しい。悪いが、後者の方は僕だって作り方はわからない」
朝顔さんはベンチから立ち上がって、公園の出口に足を向けます。
「…あやめ妹。お前は空気を読めない人間から空気を読める人間になった。なら、空気を読まない選択を取れるようになったんじゃないか?」
「どういうことですか?」
「僕は器用に周りに合わせる人間より、例え空気が読めなくても自分を通す奴が好きだ。――そんな物好きが、僕以外にもいるかもしれないぞ、ってことだ」
「……?」
朝顔さんはそんなわけのわからないことを言って、私の前からいなくなりました。




