第三七話 ただいま。そして動き出す影
熱烈な嫁菜コールから逃げ惑う“かいしゅう”。
(この男の魂には隙が無い…! だが、乗っ取りは出来ずとも居座ることはできる! コイツの魂に居座り別の魂に乗り移れば大丈夫だ!!)
“かいしゅう”は逃げながらも朝顔の魂の中に居座ろうとしたが、“かいしゅう”の前を塞ぐように【ある者】が立ちふさがった。
[だ、誰だ貴様――!]
『まったく、まだ俺が助けに入るタイミングじゃないんだがな…』
[退け! 私の邪魔をするなぁッ‼]
『悪いな。先約は俺だ』
【ある者】はギラッとした目つきで、先ほどの嫁菜弾幕の十倍近い重圧で“かいしゅう”を威圧する。
『消えろ――』
[…!?]
瞬間、“かいしゅう”は朝顔どころかホーク・キッドからも飛び出してしまった。
[しまった…私としたことが――]
宙に舞いながら現実における“色付き”としてのペナルティを身に受け、体が消滅していく。[このまま安らかに眠ろう]。そんな“かいしゅう”の願いを踏み砕くように黄色の霊媒機体が指先を“かいしゅう”に向けていた。
「安く退場させてたまるか…! マクイルッ‼ ビリッといくよッ!」
――共鳴率七十八%
〔“導雷針”!〕
マクイルの指先から一筋の雷が放たれ“かいしゅう”を貫く。
[…?]
ピリッとしたぐらいで全くダメージがなく、“かいしゅう”ははてなマークを頭に浮かべた。しかし、次の瞬間――
〔“落雷”ッ‼〕
地上よりもさらに上の空から裁きの雷が振り落とされた。雷は“かいしゅう”を裁くと同時にヒンメル地下支部の電子機器を止めた。つまり、落雷は空を跨いで地面を裂き、地下にある訓練場まで降りて来たのだ(訓練場の上には地下に張り巡らされた電線と川しかないため被害は少ない)。
マクイルは本来、裏世界でないと力を発揮できない。しかし、この技は別だ。逆に現実世界でしか使えない技、自然の雷の力を借りる枠を外れた技である。
[ぐわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ! いたい! いたいよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ‼]
この時、“かいしゅう”の生前の姿の映像が朝顔に映し出された。
『嫌だ! 私は死にたくない!! もっといっぱい殺したいんだ!! もっと、多くの人間を―—』
恐らく死刑直前、首に縄をくくる瞬間の映像だろう。“かいしゅう”の過去について朝顔は「どうでもいい…」と素知らぬ顔でそっぽ向いた。
「パンジー・ガーベラを貶めた罰、これでも生ぬるいモンだよ…」
パンジーは “かいしゅう”が消滅するのを見届けると、そのまま限界を受け入れ気絶した。
6/11 AM6:38
「う――ん」
パンジーはヒンメルの医務室のベッドにて目を覚ました。
薄く目を開け、壁に掛けてある時計を見て「…ああ、日を跨いだのか…」と理解した。体を起こそうとすると下腹部に重圧を感じてパンジーを視線を下に落とす。するとそこにはピンク髪の少女がうつ伏せで眠っていた。
「ぱん、じー…」
パンジーは桜の幼い寝顔を見て微笑み、頭をそっと撫でる。そしてベッドから脱出し、医務室の先生に許可をもらって局長室に向かった。
扉をノックして「入れ」という菫の言葉に応じ中に入る。
菫は書類を処理しながら「もう体調はいいのか?」と優しい声で聴いてくる。
「うん。もう大丈夫です。菫さん――ありがとうございました」
深々と頭を下げるパンジー。菫は驚いた顔をしている。
「むしろ私が頭を下げるべきなのだが…」
「いや~、アタシがドジッただけだし、アタシの責任でしょ~。いや、でもホントに、もう駄目かと思いました。本当に――」
「感謝するのは私にじゃないな。お前の異常に気付いた奴に礼を言え」
「わかりました。東雲朝顔ですね」
自信満々で朝顔と言い切るパンジーに菫は「いいや」首を振る。
「朝顔もそうだが、朝顔だけではない。アザレアと桜にもだ」
「え?」
「お前が“寄生型”に操られているとわかったのは朝顔とアザレアと桜の三人だ。一番初めに私に伝えにきたのは朝顔だが、次いでアザレア、桜と私に『寄生型について教えて欲しい』と聞いてきた」
「……!」
朝顔が初めに異変を感じたのは“かいしゅう”を倒した際、オーロラが現れなかったことだ。そこに飛び込んできたパンジーが不調だという情報、そして次に地下支部でパンジーに会った時、パンジーの魂に異変を感じ、結論に至った。
アザレアはパンジーの心音のリズムがおかしいことに気づき、初めは体調を気遣った。その後で、体調が悪いのにも関わらず笑顔を振りまくパンジーに確固たる異変を感じ、マクイルに相談した結果、朝顔と同じ結論になった。
桜はパンジーが化粧に手を抜いているとこに気づいた。それ以外にも同じ女子として気になる点が積み重なり、心配の声を掛けると暗に距離を置かれたので不振に思った。さらに朝顔とアザレアとマクイルが同じことで悩んでいることを知るとヒンメルの図書館に引きこもり、“寄生型”にたどり着いたのだ。
パンジーは胸からこみ上げてくる感情がなんなのかわからないが、顔が思わずニヤけてしまった。
「いい仲間をもったな」
「――はい。あの…菫さん!」
「なんだ?」
「あたし、ヒンメルを続けます!」
「ああ。これからもよろしく頼む」
嬉々として局長室から出ていくパンジー、菫は一人局長室でため息をついて、ある少年の資料を手に持つ。
「パイロットチームでただ一人、気づかなかったか…」
鈴木岸花。メンバーの中で一番魂に精通している男がパンジーの異変に気付かなかった。
彼がこの先、世界にどんな影響を与えるのか、プラスかマイナスか、菫は測れずにいた。
AM7:40
「ふあぁ、あ…」
「眠そうだね、朝顔」
無事“かいしゅう”を倒した朝顔は次の日、いつも通り通学路を歩いていた。
朝顔とあやめが学校に向かって足を進めていると、白髪の少女が前から朝顔に向かって歩いてきていた。
「よ! 陰キャ君」
「パンジー。もう大丈夫なのか?」
パンジーを知らないあやめは「?」と頭を捻っている。
「ありがとね。助けてくれてさ! アタシのために色々と作戦立ててくれたみたいだし…」
「別にお前のためじゃない」
「え?」
「言っただろ、またカレーを食べに行くって。お前のカレーが食べたいから、お前を助けたんだ。つまり全てはカレーのため。礼には及ばない」
パンジーと事情を知らないはずのあやめは思わず笑いだした。
朝顔は二人の反応に対して「な、なんだよ?」と狼狽している。
「おっかしー♪ ほんと面白いね、陰キャ君は」
「なにがだよ…」
少し不機嫌になる朝顔。パンジーはニコッと笑って、
「え…?」
柔らかな唇を朝顔の頬に付けた。
顔を真っ赤にするあやめと、なにが起きたか理解に戸惑う朝顔を尻目にパンジーは二人の間を通り抜けていく。
「ほんの挨拶だよ。童貞君♪」
そう言ってパンジーは自宅へ足を向ける。彼女は朝顔の方を向いている時は平然とした面持ちだったが、朝顔から視線を切った後は顔を赤く染めていた。
取り残された朝顔に対して、あやめはムスッと下から朝顔を睨んでいた。
「どういうこと朝顔!?」
「え? いや、アイツの国では挨拶みたいなもので…」
「ここは日本だよ!」
「いやいや、そうじゃなくて!」
十分後。孤児院に帰宅してパンジーは玄関に迎えにきた子供たち、そして老夫婦に対して満面の笑みで言う。
「ただいま♪」
REVERSE 11:11
薄暗い城に四つの影が存在していた。
一つは“玉座の影”。
一つはメラメラと“揺れる影”。
一つは“ひょうたんの形をした影”。
一つは“人の形をした影”だ。
[近頃、魂の回収ができていないようだな?]
玉座の影が重い声で言い放つ。
[…四つあるループ・ホールの内、君が管理している場所が一番有望株ではなかったか? カモミール]
ひょうたんの影が言うと、人の影は腰に手を当てて答える。
[僕チンだって結構凝った奴作ってるんだけどねぇ~、どうも“解明者”が邪魔するのよねぇ~]
揺れる影が[それなら…]と言葉を紡ぐ。
[この俺が“解明者”の野郎をぶっ殺してやろうか?]
[やめておけクローバー。“解明者”は餌だ、彼女を釣るためのな…“色付き”に殺される分には仕方ないが、我々が自ら手を下すことは無い。それにカモミール以外はヒンメルに捕捉されてはならない…高嶺の二の舞になるぞ]
[っけ! ならよシオン、どうやって魂を回収する? 俺らはまだ動いちゃダメなんだろう?]
玉座の影が次の一手を悩んでいると、人の影が手を挙げた。
[はい、はーい! 質問です、シオン殿!]
[なんだ?]
[解明者は殺しちゃダメってことは、それ以外は殺してもいいんだよね?]
[そうだな]
人の影は下衆な声色で提案する。
[…なら、僕チンに任せてよ]
第四章完! 次回は外伝“KY日記”です! 本編以外興味ない方は読み飛ばしてください!




