第三十五話 ストーカーvs殺人鬼①
6/10 AM9:00
パンジーは局長室にて菫と向かい合っていた。
「…本気か?」
「――はい。アタシはヒンメルを辞めます」
菫は眉一つ動かさず情報を処理する。
「理由を聞いてもいいか? お前には“裏世界”で戦い続ける理由があっただろう?」
パンジーは魂が擦り切れそうな状態にあるのにも関わらず、いつも通りの軽い物腰を見せる。
「だってぇ、最近“色付き”めっちゃ強いんっすもん。さすがに死んだらどうにもこうにもならないからさぁ~」
「そうか。…わかった。承諾しよう」
ヒヒ。と、ほくそ笑む“かいしゅう”。
だが菫の話はそこで終わりじゃなかった。
「しかし一つだけ頼みがある」
「頼み…ですか?」
「そうだ。今日の午後にチーム内で演習を行うのだが、マクイルの性能がこの演習で必須になるんだ。だから今日まで残ってほしい。すぐに代理を立てるのは不可能だからな。死亡する危険性はないから大丈夫だろう? この演習はバイトと捉えて報酬も払おう」
菫の提案。
パンジーがどうするべきか心の中で“かいしゅう”に問うと、“かいしゅう”は笑いながら[断るといらぬ疑いをかけられる。仕方ない]と答える。
「わかりました。演習は何時からですか?」
「PM6:30だ」
「わかりましたぁ。そんじゃ、失礼しま~す」
そそくさと局長室から退出したパンジーはすぐに女子トイレへと駆け込んだ。そのまま個室に入り、汗を大量に流しながら便器に手を付いた。
「はぁ…はぁ…はぁ…!」
[お疲れパンジーちゃん。あともう少しだ、あと少しで君は解放される…]
あともう少しで解放される。言い換えるならば、あと少しでパンジーは死ぬということだ。
パンジーはすでに己の命を諦めている。
時間は無慈悲に過ぎていき、あっという間に演習の時間はやってきた…
PM6:30
「あーあ。演習なんて面倒だな」
〔そう言わずにお付き合いください。“色付き”を安全に討伐するためには日々の訓練がですね…〕
「わかったよ。ところでホーク・キッド、前に貸したゲームはやってるか?」
〔はい! 現代にはあれほど現実に近い銃撃戦ができるゲームがあるのですね! 技術の進化をしみじみ感じました…〕
「いや、お前自身が技術進化の結晶だと思うが…」
まるで草原のような部屋に五機の霊媒機体と五人のパイロットは揃っていた。
辺り一面草むら。空は青く、太陽も照り付けてるがこの場所は地下である。太陽の熱さも風の冷たさも全て最新鋭の機器によって作り出しているもの。草や土は実際に入れている。
暴れても問題ない広さのこの場所で二対二の模擬戦が行われようとしていた。外から観察している菫の声が部屋に鳴り響く。
『それではホーク・キッド&パオトルペア対イラマ&マヤペアの模擬戦を行う。マクイルは審判だ』
〔了解だよ! 菫♪〕
横並びになるホーク・キッドとパオトル。そして向かい合うようにイラマとマヤのペアが立つ。両者の間にはマクイルが立つ。
『マクイルが閃光弾を放ったら模擬戦スタートだ。尚、殺傷能力の高い武器の使用は禁止する』
チリチリ、と殺気立つ空気。
いつもよりも高い臨場感に居ながらパンジーは全く演習に集中できていなかった。
(やばい…! 意識飛びそう――)
[あぁ? しっかりしろパンジーちゃん。おじさんのためだろ?]
十秒前。
パンジーは気力を振り絞り、技名を唱える。
「行くよ…マクイル」
マクイルは天井に向けグローブを付けた右手を上げる。
〔OKだよ姫!〕
――共鳴率58%。
「影を滅するッ!」
〔“雷光弾・電轟”ッ‼〕
マクイルの右手より雷の走った閃光弾が発射される。発射されてから一コンマと待たず周囲は電光に包まれた。
数秒の沈黙。
パンジーが異常に気付いたのは光が走ってから一秒後のこと。
(あれ…? 私の操縦権がなくなっている?)
電子パネルからマクイルに対する自分の操縦権がなくなっていることに気づいたパンジー。彼女の気づきが、彼女の内に眠る“かいしゅう”にも異常を知らせてしまった。
[まさか奴ら…ッ‼]
しかし一歩遅い。
光が晴れた時、マクイルの体は後ろからマヤに脇下からホールドされており、周囲にはイラマの持つモーニングスターの長い鎖がマクイルを包むように円になって展開され、すぐさま円の中心にいるマクイルをマヤごと縛り付けた。
「今だよアザレア!」
〔パオトルッ!〕
桜とイラマの声に呼応してアザレアとパオトルが動き出す。
[くそっ…! こうなったら――]
すでに自分の存在がバレていたことがわかった“かいしゅう”はパンジーの魂を食べようとするが…
「2秒遅いな…」
紫髪の少年による冷静な分析通り、間に合わなかった。
――共鳴率83%。
「戻れッ‼」
〔リターン・ア・テンポォッ‼ REEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEッ!!!!!!!!〕
鍵の形した赤・青・黄・緑・紫の五色の音が音速でマクイルごとパンジーを突き刺す。同時に、パンジーの体の内で凄まじい轟音が響きだした。
「うっ…‼」
[がぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!?]
リターン・ア・テンポは対寄生型用に用意された技である。音の鍵で刺された人間の魂は浄化され、異端なる者は排他される。
「み…んな…」
消え入りそうなパンジーの声が通信を通して全員の耳に届く。
「お待たせパンジー…ごめん。ずっと気づけなくて――」
「パンジー! あともう少しの辛抱だ! 踏ん張れよッ!」
〔姫…申し訳ない。すぐ側に居たというのに、私は紳士失格です…!〕
パンジーは嬉しそうにほほ笑むが、反面、パオトルは手ごたえを感じていなかった。
〔どうなってやがるッ…〕
パオトルの感覚を共鳴した魂を通してアザレアにも伝わる。
「これは…」
アザレアは目を閉じ、パンジーの魂の音に耳を傾ける。しかし、パンジーの魂の音は耳に届かない。プロテクトされているのだ。彼女のトラウマ、幼少期の記憶が“かいしゅう”によって掘り起こされ魂にプロテクトを掛けている。
「駄目だ…! 届かないッ‼」
朝顔は眉をひそめる。
「どういうことだアザレア?」
「パンジーの魂がリターン・ア・テンポの音を拒絶している…! 簡単に言うなら、パンジーが俺らが差し出した手を拾わないんだッ‼」
「なんだと?」
[はーーーーーははははッ! 遅いのは君たちだよ! コイツの魂はすでに私の手中に落ちている…取り返しのつかないレベルでねぇッ!]
朝顔はパンジーの魂を覗き見て、舌打ちする。
「バカが…!」
〔どうする気ですか!?〕
「こうする気だ!」
朝顔はホーク・キッドを動かし、マクイルの目の前に行き、ホーク・キッドの右手をマクイルのコックピットに付ける。
そこで朝顔の考えをホーク・キッドは理解した。
〔まさか同調させる気ですか!? “解明者”の力を使って、御主人とパンジー殿の魂を!〕
「やるしかないだろ!」
〔もし失敗すれば御主人の魂も――〕
「安い魂さ。いくらでもくれてやるッ‼」
光り輝く朝顔の体。その光はホーク・キッドを通してマクイルを貫通し、パンジーの魂に侵入した。
「目ぇ覚ませ! 馬鹿野郎が!!!」