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ストーカー・ロボット  作者: 空松蓮司@3シリーズ書籍化
穢れた近影“かいしゅう”
38/59

第三十四話 “解き明かす者”

「嫌な夢を見たな…」


 パンジーは眠たがる体を起こして水道水を飲みに行く。


 …視界がくらむ。足元がふらつく。


 どこかが局所きょくしょ的に痛いのではなく、全身が力を失っていく感覚。脱水症状に似たような脱力感にパンジーはむしばまれていた。パンジーは現在進行形で自分と“かいしゅう”で二人分の魂を消化しているのだ。当然、つり合いは取れず、食事の量は二倍、睡眠時間も二倍…三倍と増えていき、睡眠時間が24時間を超えた時、彼女の魂は終焉を迎えるだろう。


「…もう少し寝よう」


 パンジーはたたみの一室で布団にくるまっている。周囲には風邪と言い訳をして。しかし…


[パンジーちゃん。それはダメだ。部屋にこもっていては私の目的を達成できない]


 “かいしゅう”はそれを許さない。


(目的?)


[そう。生者をべた死人のほとんどは元の人間に成り切れず、周囲に不審がられ“ヒンメル”に嗅ぎつけられ処分されてきた。わかるかい? 私は君の立ち振る舞いを、日常を観察したいのだよ。完全に“パンジー・ガーベラ”に成り切るために]


(…そんなこと言われても、アンタに魂食われて力が――)


 パンジーの弱った心の声を聴いて、“かいしゅう”は憤怒を露にする。


[ふざけるなよ小娘…!]


「…!?」


[私が“やれ”と言っているのだ、大人しく言う通りにしろ。不自然な行動を取ればすぐにわかるからな…そうなれば、貴様は己の命だけでなく恩人の命も犠牲にすることになる。わかったら動け!]


 “かいしゅう”は殺人鬼である。当然、まともな人格の持ち主ではない。パンジーが弱っていようが知ったことではない、パンジーが限界であると同時に、彼も自分の殺人衝動を抑えるのが限界になってきているのだ。“かいしゅう”がどういう人間か、パンジーはもうわかっていた。


 パンジーは弱った体に力を込め立ち上がる。皮肉にも、彼女は弱い肉体で行動することには慣れていた。


 戸を引いて、孤児院のみんながいる食堂に足を運ぶ。


『パンジーお姉ちゃんッ!』


 笑顔でこっちを見つめる子供たちにパンジーも笑顔で応える。


「さぁって、今日の昼ごはんはオムライスにしようかなぁ~!」


 昼食のメニューがオムライスと聞いて子供たちは歓声を上げる。


 そうして台所へ行き、いつも通り人数分の料理を作る。怠い体を必死に起こしながら、何度も何度も何度も何度も何度も何度も…彼女に一人の時間はない、トイレにいる時も風呂に入っている時も常に見知らぬ男の目線がある。これは年頃の女子にとってはかなりのストレスだった。心の中も常に覗かれ、私生活を監視され、いつものお気楽な“パンジー・ガーベラ”を作り出す。何度も何日も…









――そうしているうちに、一週間の時が流れた。



 6/9 PM11:00



 パンジーの精神はすでに限界だ。


 本来ならば十九時間の睡眠を必要とする体に対してパンジーは七時間の睡眠のみで活動していた。彼女でなければとっくに発狂しているレベルである。


 誰もいない洗面所で、彼女は鏡を通して自分の顔を見ていた。外に出る時は化粧で誤魔化していたが、化粧を流すとそこにはひどくやつれた自分の姿があった。


「…私は、負けない」


 自分に言い聞かせるパンジー。“かいしゅう”はやつれきったパンジーなどお構いなしに意気揚々と彼女の覚悟に水を差す。


[素晴らしいね。それだけ魂を消耗しながら、子供たちの世話もしてヒンメルの仕事もこなす…立派だなぁ。だけど、強がりは辞めたまえ。ちゃんと聞こえていたよ、君の心の叫びを――]


 どれだけ抑制しようとしても、心に嘘は付けない。 


 パンジーは願っていた。心の内で、誰かが自分の異常に気付くことを。


『よう、パンジー。今度俺のバンド見に来いよ~』

 …気づいて、アザレア――


『パンジー、子供たちが心配してたぞ。たまには僕が食事を作りに行こうか?』

 …気づいて、朝顔――


『動きが悪いぞパンジー。お前の力はこんなものじゃないはずだ』

 …気づいて、岸花――


『聞いてパンジー! 前に駅前のショップでパンジーに似合いそうな服見つけたの! 今度一緒に見に行こうよ!』

 …気づいて、桜――


[だ~れも気づかなかったねぇ! 君の演技がうますぎる所為せいさ。私も時折忘れてしまっていたよ、君がもう衰弱しきってることに…ここまで弱ったのは七歳の時以来かな?]


 “かいしゅう”は見た、パンジーの過去を。パンジーがなによりも遠ざけたかったものに“かいしゅう”は食い掛る。


[“アラン・シャネル”。素晴らしい善人じゃないか! それは自分の命を犠牲にしても守りたくなるよねぇッ!? 安心しろパンジーちゃぁん…君の大切な人には決して手を出さないからね…]


 “かいしゅう”の言葉は本心だ。


 しかし、“かいしゅう”がパンジーの体を奪えば、間違いなく生前のように若い女性を殺すだろう。そうなった場合、もしパンジーの体に入った“かいしゅう”が警察に捕まったらこの保護施設の面々はどう思うだろうか?


 “かいしゅう”がパンジーの体を奪った先に待っているのは闇のみだ。だが、すでにパンジーにその先のことを考える体力は残されていなかった。もう、大切な人たちの命を守る事しか頭にない。


[さてパンジー、シメに入ろうか。明日、ヒンメルを辞めろ]


「どう…して?」


[決まっているだろう。ヒンメルは魂に敏感な奴が多い、私がお前の体を奪った後であんなとこに入り浸っていたら正体に気づかれてしまう]


「……。」


 苦い顔をするパンジー。


 もしヒンメルを抜ければ保護施設の運営が困難になる。支援の少ない今の状況じゃまたおじさんおばさんに働いてもらうしかなくなる。二人はもう働ける体じゃない、遅かれ早かれ限界が来る。


[拒否権はないぞ。わかっているな?]


 パンジーは洗面台に手を掛け、魂を振り絞る。


「調子に乗りやがって…!」


 そして洗面台に掛けてあった子供の散髪用のハサミを持って、刃先を自分の喉に向けた。

 “色付き”に魂を喰われる前に、自ら魂を昇天させれば乗っ取りは成功しない。残るのは自殺したパンジーの死体のみだ。“かいしゅう”にとってそれは最悪の未来…のはずなのに、彼はパンジーの中でジッとしていた。


[自殺、か…やればいいさ。できるのならばな…]


「…!」


 ぶるぶると震える肩。


 パンジーは唇を噛みしめ、そのままハサミを下げた。


[できんよなぁ。誰かに殺されるならまだしも自害だけはできんよなぁ! 君は、その選択が正しいとわかっていても、あの日の思い出が邪魔をする! 所詮、君はその程度の器だ!]


「くそ…」


[お前にできるのは私に体を明け渡し、大切な場所を守ることだけだ。パンジー、君の値打ちはもう終わっている]


 パンジーは膝から崩れ落ち、大粒の涙を流す。


 成す術がない。誰かに頼ろうとすれば阻止される。パンジーが選べる選択肢は全て“死”に直結している。


 深い絶望の淵でパンジーは何の当てもなく希望を口にする。


「誰か…」


 弱い、少女の声で彼女は呟く。


「誰か――助けて…」
































 PM11:30



 ヒンメルの地下施設。菫のいる局長室にコンコンとノックの音が鳴り響いた。


「入れ」


 菫の許しをもらい、一人の少年が部屋に足を踏み入れる。


「どうした朝顔。こんな時間に」


 紫髪の少年“東雲朝顔”は真剣な顔つきで菫に問う。


「菫さん。“寄生型”について聞きたいことがあります」



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