第三十一話 影に潜む殺人鬼
6/2 AM4:30
パンジー宅で食事をした次の日、朝顔はまだ早朝にも関わらず携帯電話のバイブ音に起こされた。
「…もしもし」
朝顔はマヒしている脳を無理やり立ち上げる。
『朝顔か? 朝早くすまないが、ワンダースターを確認した。至急、地下支部に来てほしい』
「嫌です」
『嫁菜の―—』
「例え嫁菜の写真を渡されても行きませんよ」
朝顔は“もうこの人の言いなりにはならない”という鉄の意思を固めていた。
菫は『そうか…』ととぼけた声でガチッとなにかにスイッチを入れた。すると電話の先から幼女の声が朝顔の耳に届く。
『あ。すみれおねーちゃん、なにとってるの?』
「……!!?」
瞬間、朝顔に衝撃が走る。
その声、その女の子の声を朝顔は知っている。
(間違いない…嫁菜(推定三歳と六か月)の声だ!!)
青ざめる朝顔。
菫は意気揚々と口を開く。
『そうか…もう来ないのか。残念だなぁ。せっかく押し入れにしまってあった“嫁菜の成長記録vol.1”を朝顔のために用意したのに…』
(vol.1!? だったらvol.2もあるのか…?)
『まぁ仕方ない。命の危険が伴う仕事だ。無理強いはできない…だが、もし戦ってくれたらこのビデオテープを、いや、もう何も言うまい』
朝顔の鉄の意思は菫のダイヤモンドの剣によって真っ二つにされた。
「なに言ってるんですか菫さん。世界のピンチでしょう? この僕が、見過ごすとお思いですか?」
『そうか! 来てくれるのか!! いや助かるな。君のような正義感を持つ部下をもって私は本当に幸せ者だ』
白々しく語る菫に朝顔は心の内で舌打ちした。
『お前のアパートの前に迎えを寄越している。準備が出来たら地下支部まで送ってもらえ』
「了解です」
朝顔はすぐさま支度を整える。任務の後を考えて制服を身にまとい、カチューシャを内ポケットに掛ける。
「行くか」
朝顔は外に出て、正面に止まってる黒塗りの高級車を視界に捉える。まさかアレじゃないだろうな…と不安がるが、運転席から出てきたのがヒンメルの一員アゲハだったため、残念ながらアレがヒンメルの車のようだ。
「おはよう朝顔君。早く乗って。みんなもう乗ってるわよ」
「みんな?」
ズシ。と思い空気が車内を覆う。
運転席で車を運転してるアゲハも冷や汗をかいていた。車の助手席には鈴木桜。そして後部座席には朝顔と岸花という犬猿コンビが隣り合わせで座っていたからだ。
「おいタラシ野郎。お前、今日は敵の罠に突っ込むなよ。前みたいにケーキのスポンジになられても困るからな」
「東雲朝顔。あまり前に出るなよ、庇いきれんからな」
「あぁ、そうさせてもらう。まったく、タンク役がいると助かるなぁ」
「世辞の言葉、ありがたく受け取っておこう」
「皮肉ってのも知らないのか、このタラシは」
「ちょっと。お兄ちゃんも東雲も喧嘩しないでってば…これから戦闘しに行くんだよ?」
AM5:20
イギリスの首都ロンドン、そこにあるウェストミンスター宮殿に付属するビッグ・ベンの目の前で戦闘は行われていた。
「よし。今回の“色付き”めちゃくちゃ弱いぞ!」
アザレア&パオトルがバインド・ロックによって昆虫の形をした巨大な“色付き”の足を止める。
音の腕に縛られたハエのような昆虫の“色付き”に対してマクイルが雷と化して近づき、宙に縛られた“色付き”に雷の拳を叩きつける。
――共鳴率68%
「ビリッといくよッ!」
〔スタン・ナイフッ‼〕
拳は昆虫の外皮を絡めとる。否、絡め取らされた。
「こいつ…!? 脱皮しやがった! 気持ち悪い! ――ひっ!?」
パンジーはざわッと背すじを舐められたような感覚に襲われ、マクイルの拳を“色付き”から引き抜く。
脱皮。昆虫型の“色付き”は外皮を剥がすことでバインド・ロックから逃れ、羽を羽ばたかせて二機から逃避する。
だが、その進行を三発の弾丸が妨げた。
――共鳴率48%
「SET…」
〔α11.“ケルビム”ッ‼〕
弾丸は貫通こそしなかったが、当たった際の衝撃によって“色付き”の動きを止めることに成功した。動きが止まった一瞬に、無慈悲な流れ星が衝突する。
――共鳴率56%
「砕けなさい!」
〔ジェット・スターッ‼〕
ゴォンッ‼ と一身に鉄球の打撃を受け止めた“色付き”は、その左半身を破壊された。もし当たっていたのが速度重視のジェット・スターでなければ塵も残っていなかっただろう。
そして、残った半身も黒き機影によって追い詰められていた。
――共鳴率72%
「成仏ろ…」
左(白色の斬撃)右(白色の斬撃)から八撃ずつの斬撃を浴びせ、最後に頭上からの一撃(赤色の斬撃)を合わせての十七連撃。斬撃の軌跡は最後に混ざり合い、黒淡の雫となって姿を消した。
“色付き”撃破。総員が肩の力を抜く。
「いやぁ~今回は余裕だったなぁ!」
「手ごたえのない相手だ」
喜ぶアザレアとガッカリする岸花。二人に反して朝顔はあまりの手ごたえの無さに疑問を抱いていた。
「さすがに…弱すぎたな」
〔逆に御主人が今まで戦っていた“色付き”が強すぎたのです。普段はこれぐらいの強さですよ〕
桜は背もたれに背をつけて自分の肩を揉む。
「最近、強敵と連戦だったから気を張りすぎちゃったわね…」
〔どんな相手でも全力を出す。それが桜の魅力だと思いますよ〕
パンジーは「ふぅ…」と息をつき、胸元のボタンを開ける。
「余裕! 余裕! 今ぐらいの相手だったらパンジーちゃん一人でじゅうぶんだったね~」
〔いけないよ姫。慢心は敗北の元!〕
「へいへい…そういやマクイル。さっきの“色付き”の抜け殻、どこやったの?」
〔そういえば。多分、本体が消滅したときに一緒に消えたんじゃないかな?」
「それもそうだね」
あまりにも手ごたえのない相手。実際、朝顔が関わる前まではこれぐらいのレベルだったため、ある意味これが普通なのだ。
パイロットの面々はすぐさま“裏世界”から帰還すると、それぞれの日常へ帰っていった。
朝顔は嫁菜の家の前の電柱へ、岸花は少し時間が早いものの高校へ、アザレアはバンド仲間が待つ会場へ足を向ける。
「ん~! 今日は久々にガキ共と遊ぶかな~」
パンジーは背筋を伸ばし、シャワールームで汗を流していた。
「お疲れパンジー。先上がるね!」
「うん。お疲れ桜、また今度!」
先にシャワーを浴び終え、桜はそそくさと出ていく、彼女は今日クラスの日直当番の仕事があるためだろう。
「ふんふふんふ~ん♪」
桜がいなくなった後、一人で鼻歌を歌いながらパンジーはシャワーを楽しんでいた。
「あ~、さっぱり」
パンジーは全身を満遍なく荒い、シャワーを止めた。
――その時、
[楽しそうだな。パンジーちゃん]
「え?」
不気味な男の声。
出所のわからない謎の声にパンジーは背筋をぞくりと凍らせる。
「だ、誰もいないよね…?」
パンジーは背後から話しかけられたと思い、周囲を見渡すが誰もいない。しかし、
[そりゃ後ろにはいないさ。なんせ私は、君の中にいるのだから…]
「…!?」
パンジーの体が冷える。
そう、声の主は外に在らず。彼がいたのはパンジーの中だった…
[ご機嫌麗しゅう。私は寄生型の“色付き”。“かいしゅう”だ]
ここからが本番だと、パンジーのみが気づいたのだった。




