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ストーカー・ロボット  作者: 空松蓮司@3シリーズ書籍化
穢れた近影“かいしゅう”

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34/59

第三十話 ストーカーと孤児院

 PM4:40


「じゃあね朝顔。ストーキングせずにまっすぐ帰るんだよ!」


「ストーキング? 何のことを言ってるかさっぱりわからないな」


「…はいはい。お好きにどうぞ。捕まらない範囲でね」


 帰り道、十字路の分かれ道で互いの自宅の方へ足を向ける朝顔とあやめ。朝顔はぐぐっと背筋を伸ばし、大人しく家へと向かう。


(ま、今日は菫さんから貰った嫁菜の写真を整理しなくちゃいけないからまっすぐ帰るけどな)


 しかし、朝顔の予定通り事は運ぶことはなかった。とある少女にエンカウントしたせいで。


「あ! 陰キャ君、ちょうどいい所に」


 後ろから聞いたことのある少女の声が聞こえる、朝顔は渋々振り返り彼女の姿を視認する。


「パンジー…ガーベラ」


背後にいたのは白髪で少し黒がかった肌の少女、チームの一員である“パンジー・ガーベラ”。彼女は両手いっぱいに買い物袋(主に野菜が入った物)を持っていた。


「ちょっと運ぶの手伝ってくれない?」

「え。なんでぼく――が!?」


 返事する間もなく、朝顔の手に彼女が持っていた買い物袋の三分の二が掛けられた。


「ありがとう。助かるわ~」


「ちょっと待て。なんでお前の友人でもない僕がお前の荷物を運ばなきゃいけない?」


「堅いこと言わない言わない、そんなんじゃモテないぞ~陰キャ君」


 朝顔は溜息をつき、「それにしても…」と買い物袋を見つめる。


(めちゃくちゃ重い…よく女が一人で持てたもんだ…)


「さ。早く行くよ! みんな待ってる」


「みんな?」


 朝顔は疑問を抱きつつ渋々パンジーについて行った。


 着いたのは小さな孤児院。二階建てで庭に遊具が置いてあるがブランコと砂場と滑り台しかない。家となる場所も朝顔の住んでいるボロアパートと同じくらいで古さはそれ以上だ。


「パンジー、お前は…」


「ヒンメルと並行してここで働いてるの。驚いた?」


「ああ。もっとチャラい奴だと思ってた」


「あー、人を見かけで判断しちゃダメだよ陰キャ君。パンジーちゃん、超真面目ちゃんだから~」


 パンジーは門を開き、園内へ入っていく。そして孤児院の正面玄関の扉に手をかけ開ける。


「みんなぁ~! たっだいまぁー!!」


『おかえりなさい! パンジーねぇちゃんッ‼』


 十二人の子供たちが玄関先で出迎えて来た。


 子供の歳は三歳~七歳といったところだ。女子が五人、男子は七人。それぞれ衣服に縫った跡があり、この施設の財政状況を見て取れる。


「みんな、荷物運ぶの手伝ってくれる?」


「ぼく! ぼくもつよ!」


「いや、おれがはこぶもんね!」


「わたしが、はこぶ…」


「コラコラ! 喧嘩すんなって!」


 子供たちがパンジーの荷物を誰が運ぶかでもめていると、奥から二人の老夫婦が顔を出した。


「おかえりなさい。パンジー」


「悪いねぇ。買い物まで頼んじゃって…」


 申し訳なさそうに眉をひそめる老夫婦。


 パンジーは首を横に振って笑顔で応える。


「いいのいいの! おっちゃんもおばちゃんも休んでて! 料理は私が作るからさ」


「そうかい? ありがとね…それはそうとして」


 老夫婦の爺さんの方が朝顔をキッと睨み、老人とは思えない威圧で迫る。


「貴様…! パンジーの彼氏か?」


(この爺さん。只者じゃないな)


「おやおや。パンジーちゃんもそういう年頃ねぇ~」


「かれしだ!」

「かれしだぁ~!」


「違うって! ただの同僚だよ! …悪いね陰キャ君。ここまでで大丈夫だから帰っていいよ。今度改めてお礼するから!」


 朝顔の買い物袋を受け取ろうとパンジーが手を差し伸べる。


 朝顔はパンジーの手に買い物袋を掛けようと、彼女の手を見る。


「……。」


 朝顔はパンジーの手を見るとなぜか袋をパンジーに渡さず、パンジーの手に掛けようとした買い物袋を自分の手元に手繰り寄せた。


「いいよ。奥まで運ぶ。ついでに料理も手伝うさ」


 朝顔が買い袋を渡さなかったのはパンジーの手が絆創膏まみれだったからである。


 思えば彼女の身なりは一目見ただけで金がかかってないことが伺える。簡素なシャツに、安っぽいホットパンツ。一番そういう所に金をかけたい年頃のはずなのに…


 朝顔はいらぬ同情だとわかっていながらも善を働く。


「え? いいよ、悪いし…」


「お前のためじゃない。僕も腹が減って…いち早く栄養補給したいと思ってたから…その、ただ飯をありつけるためにだな――!」


 朝顔は適当な言い訳を並べつつスタスタと子供たちの間を突っ切っていく。すると朝顔の後を追うようにおとなしめの少女が付いて行き、朝顔の持っている買い物袋を一つ手に持った。


 パンジーは子供に向けるような視線を朝顔に向け、嬉しそうにため息をつく。そして台所へと向かっていった。



 PM7:00



『ごちそうさまでしたぁ‼』

 

 子供たちと夕飯であるカレーを食べた後、朝顔はパンジーと並んで食器を洗っていた。パンジーが洗剤と水で皿を洗い、朝顔がタオルで水滴を拭いて行く。


「すごいな…料理の量もそうだが、この食器の数…」


「ほんと悪いね、ここまで手伝ってもらって。ヒンメル関係ないのに」


 朝顔は水浸しの皿を手に取りながら、目を細めてパンジーに問う。


「お前は、なんでヒンメルに入って、命を賭けてるんだ?」


 彼女には立派に仕事があって、守るべき人達もいる。何も守るもののない自分ならともかく、パンジーが簡単に命を賭けることを朝顔は不思議でしょうがなかった。


 パンジーは皿を洗う手を止め、朝顔の問いに答える。


「お金のためだよ」


「金?」


「陰キャ君はまだ受け取ってないかもだけど、ヒンメルのパイロットには月一で約三百万の給料が入ってくるの。まぁ一度も戦闘が無かった月はゼロだけどね」


「へぇ…三百万。三百万!?」


 朝顔は驚きのあまり手から滑り落ちた皿を何とか左手で受け取る。


「命がけの対価ってやつだね。パンジーちゃんは別に正義の味方じゃないから、世界のためにアイツらと戦ったことはなくて、全部金のためよ。がめつい奴っしょ?」


 朝顔はもう一度パンジーの服に視線を落とし、皿拭きを続行する。


「その金。この施設に入れてるのか?」


「――まぁ。ね」


 パンジーは少し照れくさそうにしている。


 朝顔はパンジーを心の底から尊敬し、笑みを浮かべた。


「なんだ、正義の味方じゃないか。少なくともあの子供たちやおじいさん、おばあさんにとってはな」


「ちょっとちょっとぉ! やめてくれる? パンジーちゃん、そういうお堅いキャラじゃ無いっての。これも対価を払ってるのにすぎないから」


「対価?」


「昔ロシアで死にかけた時、さっきのおじさんに出会って拾われて、ここまで面倒を見て貰ったからさぁ~恩返しってやつ?」


 あの老夫婦は明らかに日本人ではなかった。元はロシアに住んでいたとしても不思議じゃない。そしてパンジー自身も…朝顔は彼女の過去を知らない。だがここまで恩返しのために働くのだから、深い事情があるに違いない。


 パンジーは洗った皿を朝顔に手渡す。


 朝顔が皿を受け取ると、パンジーは「う~ん」と首を傾げて腰に手を当てた。


「やっぱ恩返しだけじゃないわ。(アタシ)が命を賭ける理由」


 パンジーは屈託のない笑顔を浮かべ、普段は見せない表情で言葉を紡ぐ。


「…帰って来た時、誰かが待ってるってのがものすごく嬉しくてさ…失いたくないの。この幸せをね。万分の一だとしても、もし“色付き”を取り逃してバグが発生して、あの子たちやおじさん、おばさんが巻き込まれたらって考えちゃうとね…」


「両親は?」


「ずっと前に死んだ。親戚はいるかもしれないけど知らない。アタシの家族はあの子たちとおじさんおばさんだけだよ」


 朝顔はパンジーの笑顔を見て、どこか寂しそうな瞳をする。


 朝顔の両親もすでに他界しており、朝顔の保護者となった親戚も彼を近くのアパートに隔離して距離を取っている。


 朝顔の帰りを待つ人間はいない。だからこそ、待ってくれる人のために働くパンジーの気持ちが痛いほどわかるのだ。


「…パンジー。僕で良ければここでバイトさせてくれ」


 パンジーは「はぁ!?」と動揺し、「いやいやいや!」と手を横に振る。


「いいよ! 本当に悪いからさ! バイト代も少ししか出せないし…」


「いらないよ。代わりに夕食をごちそうになるから」


「いやいや! 働いてもらうならお金を―—」


「僕に払う金があるなら代わりに可愛い服でも買ったらどうだ? キャラに合ってないぞ、その着こなしは」


 朝顔は皿を拭きながらさりげなくそう言い放った。


 パンジーはこれ以上なに言っても無駄だな、と察してため息をつき、礼を伝える。


「じゃ、お願いしてもいい? ――朝顔」


 皿を洗う音が夜の孤児院に響き渡る。



 四章プロローグ長くてすみません…次で話が動きます

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