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ストーカー・ロボット  作者: 空松蓮司@3シリーズ書籍化
外伝“いじめっ子日記”
32/59

三話完結短編“いじめっ子日記”後編

その三 ストーカー・フレンド



 彼は一撃でいじめっ子たちを黙らせました。男の暴力が、女子にとってどれだけ恐怖か僕は知っています。明菜ちゃんは女の子にも関わらず下品にも胃液を逆流させています。周りの女子たちは膝をガクガク震わせ、言葉に詰まってしまいました。


「来い」


「へ?」


 紙袋を被った男子生徒は僕の手を引っ張ると走り出します。僕と彼の砂を蹴る音のみが耳に木霊する。


 彼はそのまま校門を抜けて、近くの公園まで僕を引っ張っていく…


「はあ…はあ…はあ…」


「よし。誰も追ってきてないな」


 彼は紙袋を脱ぎます。僕は彼の顔を見て驚きます。


 僕を助けてくれたのは他でもない、二週間前に僕を殴り飛ばした男、東雲朝顔君だったのです。


「なん…で? 私を?」


「僕だってお前を助けたくはなかったさ。当然の報いだと思ってたからな…」


 じゃあどうして? 僕が聞くと、彼は頭を掻きながら納得のいかない顔で答えます。


「嫁菜に言われたんだ」


 嫁菜。高嶺嫁菜。僕がいじめていた女の子の一人です。


「『女の子を殴っちゃだめでしょ! ちゃんと謝ってッ‼ そして仲直りすること!』ってな」


 高嶺嫁菜ちゃんは善に全てのステータスを振ったような女の子です。


 実は彼女は僕がいじめに遭ってる時、何度も助けようとしてきました。その度ぼくは変な意地プライドから遊びの一環だと言って突っぱねたのですが…本当に、彼女には敵いません。朝顔が惚れるのもわかります。わかってしまいます。



 自分をいじめていた相手を責めるのではなく助けようとする。僕は正直、嫁菜ちゃんに殴ってほしかったのかもしれない。いじめてほしかったのかもしれない。そうすれば少しは罪悪感は紛れたでしょうから。でも彼女は僕を助けようとしてくる、それがたまらなく嫌だった。


 この時の僕にとって…いや、今もですけど。彼女は眩しすぎました。眩しすぎて、まだ中学生だった僕は彼女が大嫌いでした。


「高嶺嫁菜…ほんっとお人よし、気持ち悪い――がはっ!?」


 額に軽い衝撃が入ります。朝顔が僕にデコピンしてきたのです。


「嫁菜の悪口を言うな! ぶっ殺すぞ!」


「……。」


 この時すでに僕は彼が異常だと理解していました。大人しく引き下がります。


 僕は踵を返し、東雲朝顔君に背を向けます。暗に“関わるな”という意思表示です。


「…一回助けられたぐらいでいじめは終わらない。お前のやったことは無駄だ。もう近づかないで…」


 僕は感謝の言葉も述べず、そんな暴言を言い放ちます。自分を守るために。だけど…


「いや、いい案があるぞ」


 彼は僕の思い通りに動いてくれません。ただの一度だって。


「僕の側にいればいい」


「え?」


「僕の今の評価は『女を平気で殴るやべー奴』だ」


(自覚あったのか…)


「そんな奴に女子が近づくと思うか?」


 僕はハッとします。


 家以外に安全圏はないと思っていました。しかし、確かに彼の側は意外にも僕にとって安全な場所だったのです。元いじめっ子と女を容赦なく殴る男子生徒、これほど近づき難いものも珍しいです。特に女子にとっては。


 しかし当然、疑問があります。


「どうして私にそこまでする?」


 純粋な疑問です。


 だってそうでしょう? 彼にとって僕は大切な人を傷つけた許せないひとのはず。なのに、なぜ僕を助けようとするのか。謎で仕方ありません。しかし、僕の疑問は彼にとってどうしようもなくどうでもいいことだったのです。


「だってお前が、泣きそうな顔してたから」 


 東雲朝顔はなんてことない顔でそう言ってきたのです。


 そうです。彼はこういう人なのです。単純なんですよ。自分では認めませんが彼も嫁菜ちゃんに負けないぐらいお人よしなのです。自分の大好きな人をイジメていた相手に対して、こんなことを平気で言えてしまうのです。


 僕は自分では助けを求めてないと思ってたのでしょうね。でもきっと、彼の目にはしっかり映っていたのですよ…



 泣きそうな顔で、助けを求める僕の顔が。



「助けてほしくなんか…私を、助けるなんて、もういいんだ。私は、どうせいじめが終わっても生きる目的がないから…私の世界は、ずっと白黒だ…息苦しくて、嫌になる」


 お恥ずかしい。中学生が陥り易い自分すら見えなくなるやつですね。


 そんな僕の戯言を彼は鼻で笑います。


「ふん。それはお前に好きなものが無いからだ。僕も昔はこの世界を息苦しく感じていた。だけど一人大好きな子を見つけただけで僕の世界は宇宙より広くなった。――いいか? たった一つ、たった一つでいい。たった一つ好きなものを見つければ世界は色とりどりになるよ。僕が保証する」


「そんなこと…!」


「嘘みたいだろ? でもあるんだよ」


 まっすぐな瞳。


 あの目で見られた時、僕の世界は広がっていった。景色に色が付いた。気づいたら涙が溢れていた。


 親や姉妹といった特別な関係性じゃない、赤の他人に優しくされたのが何故かとても嬉しかったのです。ただこの嬉しさはそれだけじゃない。僕は出会ったのです、文字通りの“運命の人”というやつに。いいや、“運命を変えてくれる人”と言った方が正確ですね。それを肌で、魂で感じたのでしょう。


「僕の側にいてみろ。そんでなにか見つけろ、好きなものを。騙されたと思ってな…。 あ! 世界がつまらないならUFOとかどうだ? 未知な存在はいつだって幻想的で魅力的だぞ」


 無垢な様子でそう語る彼を見ていたら、なぜか肩の力が抜けてしまいました。


 物心ついて初めて、心の底から笑います。


「面白い奴…いるじゃん」


 僕は彼の言う通りにした。


 それから僕の世界は一変した。僕自身も一変した。彼の言う通りSFを調べるとどっぷり嵌り込み、オカルトを好きになった。


 純粋な憧れだったと思う。僕の一人称はいつの間にか私から僕に変わっていました。

 僕はずっと朝顔について行った。まぁクラスで浮いていたけど(いじめっ子グループの元リーダーと女子を殴るやべー奴が一緒じゃねぇ…)、でも高校に上がる頃には確執は消えていました。いじめっ子グループが別の案件で停学になったからでしょう。



 そして月日は経過し、今に至ります。






 エピローグ





「あぁ…嫁菜のためなら余裕で死ねるな」


「ふふっ」 


 僕はオカルトの本を読みながら彼に言います。


「朝顔。僕ね、朝顔の言う通り好きなものできたよ」


「知ってるよ。オカルトだろ?」


「ふふ…五十点♪」


 朝顔は「五十点?」と首を傾げています。そう、オカルトも正解。だけど答えは二つあるので半分しか点は上げられないのです。


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