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ストーカー・ロボット  作者: 空松蓮司@3シリーズ書籍化
一 ツ目の怪物“つとむ”
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第二話 ストーカーと裏世界

PM0: 50


 高校の昼休み。朝顔は朝よりいっそう顔を青くしてコンビニの袋を開いていた。

 朝のホームルームから現在に至るまで幻覚と幻聴は止まなかった。いつもなら尻下がりに症状は治まっていくのだが今日は特にひどい。一分ごとに景色から色は抜け、不定期に例の紳士風の声がなにかを呟く。


「早退したら?」


 心配そうな顔をしてあやめは朝顔の前の席、窓際後方から三つの席に座った。小さい紫色の弁当袋の紐を解き、朝顔と向かい合うように椅子の向きを変える。


「なんか、早退とか欠席とかって学校に負けた気がして嫌じゃないか?」

「そう? 僕は別に気にしないけど。そんなことどうでもいいから本当に調子悪いなら帰った方がいいって!」


 朝顔はあやめの言葉に対し一時考えるが、答えは変わらなかった。


「…あと二時間ぐらい頑張るよ」


 早退して、看病してくれる誰かがいれば迷いなく帰宅するだろう。しかし、彼の家に待つ者はいない。病院は家とも学校とも絶妙に離れてるしタクシーを使うほどの経済力もない。早退するよりも学校の保健室で休憩する方が何倍も楽だろう、だが残念ながら朝顔の通う夕敬高校保健室はいつでも満席だ。理由は保健の先生が類稀なる美女だからといったほかないだろう。


 結論として、授業を二つ欠席するのに見合った代償を得られないため残るのが正解だろう。万が一、帰り道で倒れても隣にはきっとあやめがいるので大丈夫だ。


 朝顔は結論を固めると、ふと目の前の少女に質問を投げかけた。


「あやめ、お前オカルトに詳しいんだよな?」

「うん! ――あ! もしかして、やっと朝顔もオカルトに目覚めたの!?」


 あやめは目を輝かせる。

 朝顔はあやめに調子を合わせつつ「一つだけ聞きたいことがある」と話を切りだす。


「お前のオカルト知識の中にさ、白黒の世界ってあるか?」

「白黒の世界?」

「そう。この世界と全く同じなんだけど、この世界とは別に人がいなくて色が白黒しかない世界がある、みたいな」


 ダメ元なのは承知だ。


 あやめ以外なら馬鹿にされて終わりだろうが、あやめなら真面目に聞いてくれるだろう。朝顔にとってリスクは全くない質問で、尚且つ大真面目に聞いたわけじゃなかった。


「あるよ。聞いたこと」


 だが功を奏した。

 朝顔は血をなんとか頭のてっぺんまで回し、あやめの説明に耳を傾ける。


「詳しく教えてくれないか?」


「いいねいいね。興味津々だね朝顔! えっとね…ネットで匿名の人が言ってたんだけど、その人は幽霊関係のオカルトを専門にしててね、幽霊が普通の人には見えないのは幽霊と人が暮らす世界が別って言ってて、それが妙に確信じみた言い方だったからよく覚えてるなぁ」


「へぇ、オカルトを理論でまとめようとするもんなんだな」


「勘違いされがちだけどオカルトを好きな人は結構根拠を持ってオカルトを追ってるんだよ。その人が言うには霊感が強い人っていうのは厳密にはそのもう一つの世界を覗ける能力を持った人、解明者? とか言ってたかな。幽霊がいる方の世界をさっき朝顔が言ってた白黒で人がいない世界、名前を“裏世界”って言うらしいよ」


「裏世界?」


「俗にいう地縛霊のみが存在する世界。その地縛霊の数はすごく多くて、この世界の人口と同じぐらいいるんだってさ」


 朝顔は頭を掻いて、


「簡単にまとめると?」

「つまり、天国や地獄と同じで人間が死後に行きつく場所の一つってこと」


 朝顔は景色から色が抜けるのと同時に食事の手を止める。


 あやめが言っているのはあくまで噂だ。根っこから信じるのは愚かだろう、仮に朝顔が度々見る景色の抜けた世界がその裏世界だとして、彼の症状を治す手掛かりにはなりえなかった。

 朝顔は苦笑しながら僕は霊能力者だったのかと心の中でボヤいた。


 朝顔とあやめが同時に手を合わせると、教室の後ろのほうがやけに騒がしくなっていた。

 朝顔は視線を教室の後ろの扉の方へ向ける。するとそこには女子の目線を釘付けにする俗にいうイケメンな男が立っていた。なにやらこのクラスの学級委員に用があるようだ。その学級委員も顔を赤く染めていた。


「ほら、あれが僕が朝話してた鈴木岸花君だよ。隣のクラスの」

「なんかいけ好かないな」


 黒髪で整った容姿。気さくに笑顔で振るまっているが、朝顔は彼の表情に違和感を感じ、何となく気に食わなかった。朝顔が岸花から視線を切ろうとした、


――その時、


「うっ!?」

 

 ぐわん。と視界が一変した。


 視界から人間が消滅し、背景が白黒に変わる。耳にキーンと金属音が鳴り響き、一秒の密度が十倍ほどに膨れ上がる。同時に、視界の端である人物を見た。誰もいないはずの白黒の世界で、彼は白黒以外の色を持っていた。


「めい…さい服? 自衛隊か?」


 長い銃を持った同い年ぐらいの青年。その青年が立っている場所はあやめが語っていた鈴木岸花が立っている場所と重なっている。


「…顔。朝顔!」


「はっ!」

 

 あやめの声で正気に戻る。冷や汗が溢れ出し、肩が震える。あやめが心底心配そうに見つめるので朝顔は何とか表情を和ませ「大丈夫だよ」と声を絞り出す。



 景色が戻って数秒経つと昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。

 朝顔は心配そうに席を去るあやめを尻目に窓の外へ視線を投げた。


(裏世界。どこかで聞いたことがあるような…)


 気のせいか。と視線を前に戻す。

 五限は科学だ。白衣を着崩し髭を生やした男性教師がダルそうに教室に入ってきた。


「よーし、授業はじめるぞー。号令とかめんどくさいのは無しで早速入っていこう」


 科学の教師が授業をすぐに切り出した。


「いいか? 原子というのは人生と似ている。原子と言えばあれは先生が高校生だった頃…」

「せんせー、いきなり自分語り始めないでくださいー」


 午後の授業も変わらず、朝顔は幻覚と幻聴に悩ませられながら過ごしていった。


 朝顔はまだ気づいていない。世界を蝕むバグが次第に自身を侵食していっていることに。



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