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ストーカー・ロボット  作者: 空松蓮司@3シリーズ書籍化
一 ツ目の怪物“つとむ”
2/59

第一話 ストーカーの少年

 彼は夢を見ていた。全く自身に関係ない、知らない人間の夢だ。

 小さな男の子“つとむ”とその母親の夢。“つとむ”という子供は右目を白い眼帯で隠していた、なにかしらの事情があるのだろう。


「つとむ君、そろそろ帰ろうか」

「うんー!」


 なんてことない日常の風景だ。公園の砂場で元気に遊ぶ子供とその様子を温かく見守る母親、当たり前な光景なのにどこか物寂しい。


 この後で起きる出来事を見ることなく、彼の耳元で穏やかな景色を打ち壊す音が鳴り響いた。


 

 5/2 AM7:00


 

 少年はなんとも言えない夢から目覚め敷布団から上半身を起こした。

 寝床は一軒家ではなくボロアパートの一室。隣人へ配慮して小さな音で設定した旧式の目覚まし時計が唸りを上げていた。少年は苛立ちと共に目覚まし時計の頭を叩き顔を抑える。


「誰だよ…つとむって」


 少年の名前は“東雲(しののめ)朝顔(あさがお)”。中肉中背、薄紫色の髪をした前髪の長い少年だ。

 彼は時折こういった夢を見た。まったく知りもしない人間の話、オチもなく展開もないつまらないものだ。


 夢想に戻ろうとする頭を振りながら少年は一人、高校へ行く準備をする。歯磨きを終え、制服に着替え、手さげの学生バックに荷を詰める。


「日本史の教科書と昨日買った消しゴム…あと盗聴器と双眼鏡と消音カメラ。おっと拳銃を忘れちゃいけないな」


 誰に聞こえるわけもなく無意味に「行ってきます」と呟いて外へ出てアパートの二階から一階へ繋がる階段を下り、通学路に出る。なんてことない一軒家に囲まれた路地だ。


「…夢を見るといつもこうだ…知りもしない他人の日常を見せられる」


 朝顔の表情は未だに曇っていた。


 例の夢、楽しくもなんともない他人の夢を見た日の朝顔はすこぶる調子が悪い。朝顔は数分ごとに眩暈を感じ足を止める。眩暈というのも語弊があるかもしれない、意識を失いかけたりするわけではなく、一瞬景色から色が抜ける。


 目の前を歩くサラリーマンの姿や同じ制服を着た生徒の姿が消え、建物だけの空間となり、尚且つそこに白と黒以外の色が無くなるのだ。


 今は慣れたので日常生活に支障はないが、彼が小学生程度の時には対応できず通行人とぶつかることが多々あった。病院にも三回ほど行ったが原因はわからずじまい。なんとなくその結果は朝顔にとって腑に落ちるものだった。病気という感覚とはかけ離れていたためだ。


「大丈夫? 朝顔?」


 朝顔が気分悪く歩を進めていると地味目な女の子が話をかけてきた。

 前髪で右目を隠した女の子だ。髪は少しボサつき、クリッとした瞳と隠れた巨乳を台無しにする着こなし。クラスに一人はいるちゃんとすれば可愛くなりそうな女子である。


「なんか顔色悪いけど…」


「大丈夫だ。おはよ、あやめ」


「うん。おはよう朝顔」


 彼女は“武藤あやめ”。朝顔のクラスメイトだ。


 あやめは朝顔の右側を歩き共に登校する。こうして見ると恋人のように見えるが彼らはあくまで友人である。

 あやめは朝顔と他愛のない会話をしているとふと目線を上げ、電柱に張り付けられているあるポスターを指さした。


「あれ、朝顔のことじゃない?」


「ん?」


 そのポスターには英語の教科書に載ってそうな絵をつけて“ストーカー注意”と大きな文字で書かれていた。


 朝顔は口を不快そうにとんがらせる。


「僕はストーカーじゃない」


「土日はいっつも嫁菜ちゃんの背後をつけてるじゃない」


「あれは警護だ! 断じてストーカーじゃない」


「警護? カメラと双眼鏡を持ってぇ?」


「時には必要なんだよ。それに土日だけじゃなく毎日…いや、何でもない」


「朝顔。警察に捕まっても僕の名前は一切出さないでよ」


 あやめが苦言を呈していると前方に光り輝く少女が曲がり角からやってきた。彼女は朝顔たちに気づくことなく彼らの前方を歩く。朝顔はその少女を瞳に入れた瞬間に電柱の陰に入った。


「…どう見てもストーカーだよね…」


 その女の子は非常に可愛かった。

 長いサラサラの髪。少し幼めの顔。胸は大なく小もなく主張せず無闇に色気を振舞わない清廉とした容姿。性欲ではなく、純粋な恋心を誘発するオーラを彼女は纏っていた。


 “高嶺(たかみね)(よめ)()”。朝顔の幼馴染であり、学校中で人気の女子。朝顔の初恋の相手で現在進行中で歪んだ愛情を抱いている。


「す、素晴らしい…完璧な造形だ…彼女を一目見るだけで今日一日がんばれるぅ…」


「はは…嫁菜ちゃんは色んな人に好意を寄せられているけど、朝顔のそれは中でも異常だよね…」


 興奮する朝顔と呆れるあやめ。あやめは少し残念そうに苦笑いする。

 電柱の背後で二人が立ち止まっていると、後ろから小さな足音が近づいてきた。


「きもっ…」


 一人の少女が二人の傍を通った。

 小さいが確実に二人に聞こえるようにつぶやくと彼女はスタスタと二人の前を歩いていく。朝顔とあやめは互いに目を合わせ、両者ともに知らない人間だと認識する。


「誰だアイツ?」

「あの制服は中等部の子だね」


 ピンク色の短髪にヘアピンをした女の子だ。きちっとした身だしなみで少しきつい目だがその見た目は美少女と形容するにふさわしいだろう。


 あやめはその容姿を見て一人の少女の噂を思い出した。


「あぁ、でも聞いたことあるなぁ…中等部にすっごい可愛い女の子がいるって、ほら、あの鈴木(すずき)(きし)()君の妹だよ」


「嫁菜に比べたら下の下だな。興味な―――」


 その時、朝顔の視界から色が抜けた。


(ちっ、また…)


 前方を歩く嫁菜とピンク髪の少女、そしてあやめが消失し、電柱はさらに質素になった。

…そして、その一瞬に、朝顔の耳に知りもしない声が飛び込んできた。


――――御主人。


「うわっ!?」

「うわ‼ え? どうしたの朝顔? 急に…」


 朝顔は周囲を見渡す。


 今聞こえた声は男性のものだ。それも少し切ない調子で、紳士風な声色。だが周りにはあやめしかいなかった。朝顔はダメ元であやめに聞く。


「お前…いま、御主人って言わなかったか?」

「へ?」


 朝顔の質問に対しあやめは暫し戸惑い、なにかを考えると顔を赤くして聞き返す。


「朝顔…僕に御主人って呼ばれたいの?」


 朝顔はかみ合わない会話からあやめが発信元ではないことを確信して「いや、別に」と返し、再び歩を刻む。


 あやめは呆気に取られ、顔を赤くしながら「ちょっと待ってよ~!」と朝顔について行く。

 朝顔は本格的に自分の体を案じ始めた。


(幻覚だけじゃなく幻聴か…本気でまずいんじゃないか僕の体?)


 脳に関係するものだったらどうしよう、と朝顔は近いうちに四度目の検診に行くことを決めた。



…reverse



 薄暗い場所で、鉄の塊は膝をついて灰色の床を見つめていた。


〔――――御主人〕


 周辺に人影は全くないのに関わらず、彼は誰かに話しかけていた。寂しそうに、なにかに縋るように、誰もいない空間でただひたすらに彼は呟く。己の存在すら、忘れないように。



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