第十六話 vsスーツの怪人①
初見の人のための用語説明‼
裏世界…現実世界と相反する世界。現実と違い人はおらず、構成する色が黒と白と灰色しかない。死後行きつく世界の一つ。
ループ・ホール…現実世界と裏世界を結ぶ歪み。
霊媒機体…人の魂が入ったロボット。パイロットと共鳴することで力を増す。魂のつながりがエネルギー源。ホーク・キッドやマヤがこれに該当する。
色付き…主人公たちにとっての敵。白と黒と灰色しかない裏世界において、彼らだけは色が付いているため“色付き”と呼ばれている。いまだ謎の多い怪物。
東雲朝顔…今作の主人公でありストーカー。最近はストーキングがあまり出来てなくて鬱憤が溜まっている。
「…ホーク・キッド。おかしいと思わないか?」
〔何がです?〕
朝顔は遠目で岸花が乗る霊媒機体を見て指摘する。
「だって、“色付き”ってのが現れたから“ループ・ホール”は開いたわけだろ? だけど僕たちが現れた時、あのケーキは上空に浮かんでいなかった。…あの大きさで森に隠れることは不可能、あり得るとしたら遥か上空から飛来したってことだが、一瞬で上下できるほどのスピードを持っているならタラシが追い詰めている間、微動だにしないのはおかしい」
ホーク・キッドは顔を下げて〔なるほど〕と呟く。そしてハッとなにかに思い当たりホーク・キッドは声を上げる。
〔まさか…ケーキは我々が現れた後で新たに生成されたもの…!?〕
「そう、つまり…あのケーキは“色付き”の本体じゃない」
朝顔とホーク・キッドの会話を聞いていた菫がパンジーに連絡を繋ぐ。
『パンジー! 今すぐ岸花とマヤの救出に迎え‼』
「はぁ? 何言ってんの? あの天才君ならあんなケーキ一つ…」
『ケーキは“色付き”の本体ではない! あれは“色付き”が生み出したトラップツールだ‼』
…戦局は最悪だった。
ついさっき、ケーキを目前に据えた岸花とマヤだったがケーキは彼らが近づくと変形し、大きな口となって二者を飲み込んだ。岸花とマヤは先ほどまでとは比べ物ならない密度の生クリームにがんじがらめにされており、生クリームとロウソクで作った檻に体を押さえつけられ、その外側からさらにケーキは形状を変えボール型になって中心にマヤを閉じ込めた。
「罠だと…」
〔う、動けない…‼〕
だがこれに関して岸花を責めることはできない。
もし、相手が人間ならば岸花だって当然罠の可能性を考慮したはずだ。しかし、相手は“色付き”。
本来、“色付き”が何かを考えることなどありえない。己の欲に従い行動するだけの獣、それが“色付き”に対する人間側の見解だ。ましてや罠を仕掛けるなど想定外もいい所だ。
ヒンメルの面々は“色付き”の力が強くなっていることには気づいていたが、“色付き”にまさか相手を嵌めるだけの知能がついていることは読めなかったのだ。
「お兄ちゃん‼ …どうして、“色付き”にマヤの動きを止めるほどの力なんてあるはずが…」
「岸花が封じ込められた!? …やばいって! じゃあ誰が“色付き”を倒すってんだよ‼」
パンジーとマクイルは菫の言う通り真っすぐと岸花とマヤの救出に向かった。
菫は新たに指示を出すべくパイロット達に通信を繋ぐ。
『隊を二つに分ける。パンジーと桜で岸花の救出を、そして…朝顔とアザレアで“色付き”の本体を見つけ出し、捕縛せよ』
「はああああああああああ!? 無理に決まってるでしょう菫さん!」
〔俺様が言うのも情けないが、素人を乗せたホーク・キッドと俺様&相棒の二ペアじゃ無理があるぜ菫のねーちゃん。――わかってんだろ? この“色付き”は今までとは違う。昼吉の代と同じだ、明らかに強くなってるぜ〕
『百も承知だ。だがループ・ホールが開いている時間は無限じゃない、制限時間は原則二時間だ。その内三十分はループ・ホールの固定に費やしてしまっている、今は突入してニ十分、残り一時間と十分。マヤの救出をして、その後相手を探していたら手遅れになる可能性もある。ならば同時進行でやるしかあるまい。あのケーキの檻を崩せるのはマクイルの電撃とイラマのハンマーだけだ。…残ったお前らに頼るしかないだろう』
菫は説明して、ある異変に気付いた。
『おい…ホーク・キッドはどこへ行った?』
アザレアは肩を竦めている。
菫は司令室にいるおばさん隊員に目で問いかける。
「ホーク・キッドの反応は富士山の中腹だよ」
「朝顔…お前まさか――」
富士山の中腹にある休憩所、とある小屋が建てられている場所で黒いスーツを着た霊媒機体ほどの大きさの“色付き”は倒れていた。
結婚式に着ていくような黒いスーツ。顔はのっぺらぼうであり紫色だ。倒れているスーツ姿の“色付き”の前にはα‐3強破壊力ショットガン“アンシェル”を持ち、上空で構えているホーク・キッドの姿があった。
[なぜ…この場所がわかった…?]
“色付き”は渋い声で目の前の敵に問う。
「見渡しのいい場所で僕らを見張っていたのはわかっていた。…不運だったな、特別僕は人の視線には敏感なんだ」
長年に渡るストーカー行為の賜物である。朝顔からすれば相手を監視する時、どこで監視すればバレにくいかは手に取るようにわかるのだ。
“色付き”は悔しさを滲ませた声色で朝顔に言う。
[…本当にすまないな…私がやっていることは…悪だと、わかっている…]
朝顔はその声を知っている。
その、優しい父親の声を知っている。
[――それでも、向かわなければいかない。例え他者を喰らっても…約束だから…私は、結婚式に…]
スーツ姿の“色付き”は右手を宙に浮かぶホーク・キッドに向けた。
[行かなければ、――ならないのだから!!!]
「ホーク・キッド! γ‐2‼」
瞬間、襲い掛かる生クリームで作られた破壊光線。
ホーク・キッドは危機一髪の所で亜空間より自身の体躯を隠せるほどの大盾“キシャル”を取り出して身を守り、そのまま大盾をスケボー代わりにして生クリームの上を滑りだした。
ホーク・キッドはそのまま両手を開き、
「β‐2、α‐30‼」
右手にβ‐2複爆型バズーカランチャー“シャマシュ”を、左手に火炎放射器“エンリル”を持つ。
右手のバズーカからロケット弾を放ち、迫りくる生クリームの砲弾を撃墜。加えて火炎放射器で追随してくる生クリームの濁流を押し返した。
鼻を貫く異臭と共に戦場が黒煙に包まれる。ホーク・キッドが煙を右手で払うと、すぐそこまでスーツ姿の“色付き”が腕に巨大なロウを纏って迫って来ていた。通常、接近戦を挑まない操作型、どうやら相手は朝顔とホーク・キッドは接近戦は苦手だと決めつけたのだろう、それを踏まえて苦手同士なら自分に一利ありと考えた。
だが、朝顔は狙撃が得意というだけで近接戦闘が苦手というわけではなく、ホーク・キッドの次元装もちゃんと接近戦専用のストックがある。
「…舐めるなよ棒人間! γ‐3!」
〔承知‼〕
手に持つ武器を相手に投げつけ、ホーク・キッドが手にしたのは二振りのククリ刀、γ‐3“ムンム”。婉曲したククリ刀の刀身とロウで作られた拳が激突する。
「――っち!」
〔朝顔殿っ‼ 打ち負けます…!〕
しかし共鳴率が安定しない朝顔たちが作り出したククリ刀はロウの拳にググっと押される。遠距離武器では隠せていた弱点が接近戦だと漏れてしまう。結論として接近戦を挑んだ“色付き”の判断は正しかった。
[…このまま、眠ってもらう]
白き拳が目の前に迫る。直撃すれば今のホーク・キッドの防御力では耐えきれないだろう。
朝顔がこの状況で出す武器の選択に迷っていると、横からギターの音が飛び込んできた。
――共鳴率八十七%。
「分解しろ!」
〔ディス・コード‼ HUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUU!!〕
ギターの音は光となってスーツ姿の“色付き”の腕に付いているロウの中に入っていく。すると、ロウにヒビが入って白き槌は分裂・破壊された。




