第十五話 vsウェディングケーキ①
初見の人のための用語説明‼
裏世界…現実世界と相反する世界。現実と違い人はおらず、構成する色が黒と白と灰色しかない。死後行きつく世界の一つ。
ループ・ホール…現実世界と裏世界を結ぶ歪み。
霊媒機体…人の魂が入ったロボット。パイロットと共鳴することで力を増す。魂のつながりがエネルギー源。
色付き…主人公たちにとっての敵。白と黒と灰色しかない裏世界において、彼らだけは色が付いているため“色付き”と呼ばれている。いまだ謎の多い怪物。
東雲朝顔…今作の主人公でありストーカー。最近はストーキングがあまり出来てなくて鬱憤が溜まっている。
辺り一面森だ。
富士樹海。顔を上げれば白黒の富士山が見える場所に“ループ・ホール”は開いていた。五機の霊媒機体は森から顔を出し、辺りを見渡すが“色付き”らしき影は見当たらなかった。
「よく自殺の名所だって言うよな、ここは」
〔もしかしたら、此度の“色付き”はその自殺者かもしれませんね〕
朝顔とホーク・キッドが話していると彼ら以外の四機は上空に飛び四つに分かれようとしていた。
「おいおい…バラバラに行動するのか?」
「裏世界に侵入して一番手間がかかるのは索敵なのよ。それだけで制限時間の半分を使う時だってあるわ」
「東雲はそこで操縦の練習して待っていていいぞ。索敵は俺達に任せな」
「あー、めんどくさ。大体“色付き”なんて分離型以外一機で十分じゃん。てかあの天才君に任せておけば私たちいんなくね?」
パンジーは北に向かったマヤの中にいる岸花に目配せしながら言う。
「ならお前は帰っていろ」
「じょーだんだってば。本気にしないでよ天才君」
ギスギス、と空気が軋む。
朝顔はコックピットの中で寝そべりながら、
「おい、あのケーキみたいのが“色付き”って奴じゃないか?」
「ケーキ? なに言ってんのよ、アンタ…は」
上空に浮かぶ巨大なウェンディングケーキを指さした。
ヒンメルの面々は、そのあまりの大きさに戦慄する。霊媒機体の十倍以上の大きさ、一つの城のようだ。
赤いイチゴが白いケーキを彩り、カラフルなろうそくが寂しげに“裏世界”を照らしてた。
「なんっだよ…! あのサイズは! 無理無理! 俺早退するわ!」
「ちょっとちょっと。マジ、インフレしてるじゃんか…」
「なによあれ…規格外すぎる――!」
指令室も含め狼狽える中、一つの黒い機影はいち早く動き出した。
「動物らしさがない、ああいう風貌を取る奴は高確率で」
〔――操作型だねぇ〕
「ホーク・キッド。さっきから分離型とか操作型とかってのはなんだ?」
〔説明書の123ページに載っていますよ。覚え方はイッツ・ミー…〕
朝顔はあほくさいダジャレは無視してホーク・キッドの言う123ページ目を開く。
「“色付きには四つの大きなカテゴリーがある。”」
鬼型。純粋に高い身体能力を持ち、基本的に肉弾戦を挑んでくる“色付き”。攻撃力より防御力に重きを置いており、装甲型と呼ぶ人間もいる。攻撃を吸収する肌や鎧を纏うこともある。
「ってことは、前回の奴は…」
〔鬼型にカテゴリーされる“色付き”ですね〕
寄生型。対処を怠らなければ一番楽な相手。ヒンメルの霊媒機体に寄生し操る能力を持つが操れるのは一体のみであり、それを解除する術も一部隊に一つはある。そして寄生状態でない寄生型はまるで相手にはならない。
分離型。体を分裂させ多数で敵を追い詰める。恐ろしいのは分離した総合力は分離する前の総力を大きく超える所にある。つまり8の力を持つ敵が均等に四体に分離した場合、普通ならば2・2・2・2といった力配分になると考えるが、そう簡単な話ではなく、この場合だと6・6・6・6という計算式ぶち壊し性能になる。個体によって分離できる数は限りがあり、普通は5か6といったところだ。
そして操作型。操作型は他の死人を操り性質を変化させ相手を襲う。死人の数は無数、“個体”として成立していないのがほとんどなだけで“裏世界”の空気中には酸素と同じように流れている。それらの死人の魂エネルギーを結集させ塊とし、氷や炎といった物質に変換して相手を襲わせるウィザードのような立ち回りをする。
今回の“色付き”は操作型、敵が死人を結集させ作り出したのは…
「――!? 避けてッ! アザレア‼」
「え?」
白くネットリとした物体、
――生クリームだ。
「うがああああああああ!? なんだこれ…生クリーム!?」
〔この…!? 甘いモンは嫌いなんだよ俺様は‼〕
アザレアとパオトルを襲う生クリームの群れ。生クリームは飴のように固まり、パオトルの両足を地面に接合させる。
そしてパオトルの上空には、“色付き”から放たれた二本の尖ったロウソク。先端の怪しい輝きがその切れ味を物語る。
ロウソクがパオトルに刺さればただじゃすまないだろう。しかし、ヒンメルのパイロットと霊媒機体を侮ってはいけない。アザレア、そしてパオトル。彼らの襲霊武装はあらゆる状況を打破する万能なものなのだ。
「やられてたまるか…! パオトル‼」
〔了解だ相棒!〕
――共鳴率八十二%
「拘束しろ!」
〔バインド・ロック‼ YEAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAHッ‼〕
パオトルが取り出したのは大きなギターだ。
パオトルがギターを鳴らし、音を奏でるとその音は腕の形を成し、上空のロウソクの動きを止めた。
「すごいな…音を腕にしやがった」
〔あれがパオトルの襲霊武装、“ソウル・ギター”です。音を自在に変化させ場に適用した形を取る。火力は低いもののその汎用性が魅力的な性能です〕
パオトル。襲霊武装“ソウル・ギター”。ホークの説明通り音を自在に変化させる武器。
そのパターンは演奏する音の連弾によって変わり、組み合わせは無限大。しかし、元々が音であるゆえか、一撃一撃は軽く、特殊な条件下以外では支援に回ることしかできない。共鳴率に比例して火力と技の規模・幅が上がる広がる。一機での強さは断トツでビリだが反面共鳴率はトップでありサポート役としては他に類を見ない。
「お兄ちゃん!」
生クリームの遠隔攻撃に怯む四機を尻目に岸花とマヤは空中で軽やかに攻撃を躱しつつ“色付き”に接近する。
だが“色付き”に近づけば近づくほど生クリームの壁は強くなり、ついにはマヤの正面突破を弾き返した。
「…駄目そうか、マヤ」
〔言うまでもなく今までの操作型とは違うねぇ、操作型の強さは変換させた物質の密度・性質で決まる。この子が出す生クリームは性質こそ砂糖の塊だけど密度は鉄のようだねぇ、アタイの力で突破するのは少し骨が折れるかもしれないよダーリン〕
「――なら、骨を折ってもらうぞ、マヤ」
〔さすがダーリン、ドSだねぇ〕
――共鳴率七十二%。
「速度が上がった?」
〔速度だけではありません。マヤ殿があの双刀を握っている間は共鳴率による霊媒機体の強化が他と比較にならないほど上昇するのです。攻撃力、装甲、速さ全てが高水準。パオトルとは真逆、単純ながらも強大な力で相手を圧倒する、紛れもなくこのチームで最強のコンビです〕
マヤが持つ黒と白の双刀。名を“白花朝黒”という。“白花朝黒”を握っている時マヤの身体能力は共鳴率による身体能力上昇にプラスしてさらに上昇する。つまり共鳴率による身体強化を大幅に強めているのだ、共鳴率が上がれば上がるほどマヤの身体能力は見違えるほど上昇する。
「待ってお兄ちゃん! こんな時こそ連携を!」
〔桜! よそ見してる暇はありませんよ!〕
桜とイラマの武器は突起を付けた鉄球と鉄製の棒を鎖で繋いだ“ブロッサム・スター”。とてつもない破壊力を秘めた武器だが現在は条件が悪く。迫りくる生クリームを払うだけで精いっぱいだ。桜たちだけじゃない、アザレアとパオトルも同様に足止めされていた。
そんな中、余裕を見せていたのは二ペア。朝顔&ホーク・キッドとパンジー&マクイルである。
――共鳴率四十三%。
〔―――次元装起動。朝顔殿、望みの品は?〕
「α‐30」
ホーク・キッドが亜空間より取り出したのはα‐30。火炎放射器“エンリル”である。
タンクを肩に背負い、ホースを伸ばしてホーク・キッドはスイッチを押す。すると火炎放射器の先から紅蓮の炎が勢いよく噴き出し生クリームを溶かしていく。
こういう物量で攻めるタイプには炎や水といった物質を操る方が効果的だ。下手に触ると絡めとられかねない。
例えば炎、例えば水、例えば…
――雷撃。
――共鳴率七十%!
「マクイル! 準備はいい?」
〔いつでもOKだよ! 姫!〕
マクイルはグローブを付けた手の平を前に出し、発光させる。
発光したマクイルの手袋はビリビリと空気を振動させ、虫がざわめいているような音と共に黄金の鳥を作り出した。
「物量なら負けない! ビリッと行くよ‼」
〔ライトニング・エンジェルズ‼〕
マクイルのグローブから放たれるは雷で創造された十匹の鳥。鳥たちは独特の軌道を描いて生クリームを撃退していく。
マクイル、襲霊武装“ジェントル・グローブ”。
“操作型”の性質と同じで大気中の死人の欠片を雷に変えて相手を襲う武器。火力も高水準、汎用性も広く、数も撃てる。しかし、死人の欠片の密度は場所によって大きく異なるため場所によっては出力が出たり出なかったりと環境に左右されやすいのが弱点。基本的に操作型が現れる場所は密度が濃いため、相手が操作型なら結果としてマクイルの出力も上がる。共鳴率に比例して火力と物量が大幅に上がる。
「よし、岸花の野郎は上手くやれそうだな!」
「当然よ! あんなケーキなんてお兄ちゃんの相手じゃないわ!」
戦局はヒンメル側の優勢だ。操作型による遠隔攻撃が霊媒機体を追い詰めることはなく、岸花とマヤはその性能を発揮し、ケーキの形をした“色付き”に迫る。もう時間の問題だ。マヤの刃はあの哀しいケーキに届くだろう…
――そう考えたのは“裏世界”という場所に慣れたヒンメルの人間たちだけだった。“裏世界”初心者の朝顔はこの状況にとてつもない違和感を抱いていた。