第十四話 ストーカーと仲間たち
初見の人のための用語説明‼
裏世界…現実世界と相反する世界。現実と違い人はおらず、構成する色が黒と白と灰色しかない。死後行きつく世界の一つ。
霊媒機体…人の魂が入ったロボット。パイロットと共鳴することで力を増す。魂のつながりがエネルギー源。
色付き…主人公たちにとっての敵。白と黒と灰色しかない裏世界において、彼らだけは色が付いているため“色付き”と呼ばれている。いまだ謎の多い怪物。
東雲朝顔…今作の主人公でありストーカー。最近はストーキングがあまり出来てなくて鬱憤が溜まっている。
PM7:00
ヒンメル地下施設の連絡路に放り出された朝顔はすぐさま近くの水道に行き、昼食で食べたたこ焼きだった物を吐き出していた。
「着いたか朝顔」
朝顔が口をゆすいでいると、後ろから紫髪の司令官様が声を掛けてきた。
「我が社秘伝、地下ジェットコースターの感想はどうだ?」
「改良案が十三点ほどありますよ」
「さて、時間が余ったから紹介したい物がある。ついてきてくれ」
(ちゃっかり無視しやがってこの人は…!)
それにしても、と朝顔はヒンメルの施設を見渡す。
前回はアイマスクでほとんど見えなかったが、まるで病院のような印象を朝顔は受けた。白く、簡素で、穢れが無い。悪く言えば窮屈で居心地は悪い。
「全部見て回るほどの時間はないからな。格納庫へ行くぞ」
菫が歩けば歩くほど人口密度は増えて行った。
彼らの足並みの流れはある場所から来ており、その正体は朝顔たちが向かっていた目的地と同じであった。大きな扉、ロボットが通れるほど大きい扉が前方にそびえ立つ。
「ここが格納庫だ」
菫はパスワードを入力して扉を開く。
格納庫。そこは先ほどまでの窮屈さとは裏腹に広かった。人員のほとんどがここにいるのではないかと錯覚するほど人口密度がすごい。百人ほどいるだろう。
整備士たちは専用の浮遊装置を背中に付けて飛びながらロボットの修理をしている。ロボの数は五。色は様々、武器も多種多様だ。
「さすがに、少し驚きました」
「この上は地下水路になっていてな。格納庫ごと上にスライドさせることが出来るようになっている、もし現実で使うことがあっても人気の少ない海から上がって対処できる。この施設の総人口の半分がここにいるよ、オペレーター室もこの格納庫のすぐ隣だ」
「この青色のロボットも“霊媒機体”って奴ですか?」
朝顔は正面にある青色のロボットを指さす。
すると青色のロボットは顔を上げて、
〔てめぇゴラァ! 指さしてんじゃねぇぞ‼〕
「うわ!?」
朝顔を怒鳴りつけた。
菫はクスクスと笑いながら説明を始める。
「彼はアザレアの霊媒機体、パオトルという名前だ。気性は荒いが悪い奴じゃない」
〔よろしくな坊主!〕
「よ、よろしく…」
格納庫を探索していると次々と霊媒機体が朝顔に声をかける。
「彼女は岸花の霊媒機体、マヤだ。妙な色気があってロボットの身でありながら彼女に惚れている隊員もいる」
〔あらぁ、例の坊やじゃないのさ〕
大人の女性らしい、艶やかな声だ。
「それで隣がパンジーの霊媒機体――」
〔いやぁ! 新入りかい? 僕はマクイル! 気軽にマル様と呼んでくれたまえ!〕
「ご覧の通り英国騎士かぶれのナルシストだ」
ナルシスト、という言葉がよく似合う声。機体の色は黄色だ。
朝顔はそれぞれ別々の性格を持った霊媒機体に驚きを隠せない。まるで近未来、明らかに彼の常識にある技術力を超越していた。
朝顔が視線を前に戻すと、一人の少女がピンク色の機体の胸にあるコックピットから顔を出した。
機体より少し薄目のピンク色の短髪、整った顔立ち。幼児体系だがどこか凛とした雰囲気。
彼女は朝顔に気づくとキッと彼を睨んだ。
「彼女は鈴木桜、岸花の妹だ。そしてあのピンク色の霊媒機体が彼女のパートナー、イラマだ」
〔よろしくお願いします〕
「……。」
桜は不機嫌そうに朝顔を睨む。当然だ、朝顔は彼女との“裏世界に関わらない”という約束をそっこーで反故している。
桜は浮遊装置で朝顔たちがいる自動で動く丸形の床に彼女は飛び乗り、朝顔のネクタイを掴んだ。
「アンタ! 私との約束忘れたの!?」
「約束に関してはすまなかった、後悔もしていないし反省もしてないが一応謝っておこう」
「謝る気ないでしょ!!」
出会って三秒で犬猿の仲。
菫の胃は痛むばかりだ。
桜はネクタイから手を放し、最後に朝顔を睨んで「後悔しても知らないわよ!」と言って去っていった。
「まったく、ただでさえアイツらは仲が悪いと言うのに…お前がいい緩衝材になると思ったのだがな」
「僕が緩衝材? 起爆剤の間違いでしょう」
「勘弁してくれ…」
朝顔たちがさらに奥へと進むと今度はトレーニング上がりのパンジーと岸花が汗をタオルで拭いつつ正面から向かってきた。
朝顔は岸花を視界に捉えると露骨に嫌な顔をする。
「あ、陰キャ君じゃん。おひさー」
「陰キャ君って僕のことか?」
「そだよ。だってその長い前髪とか地味―な顔つきとかモロ陰キャじゃん! あ、でも前髪あげたらちょっと可愛いかも」
褐色肌白髪の少女パンジーは朝顔に近づき、朝顔の前髪を温かい手で優しく添え上げた。少し朝顔より大人びた印象だ。二人の横で岸花が見透かした目つきをして言い放つ。
「結局来たな、東雲朝顔」
朝顔はパンジーから一歩後退して岸花を睨む。
「うるさい。お前には関係ないことだ」
朝顔の中ではいまだにナイフを向けられた事件が残っていた。しかし、それとは別に朝顔は岸花に対して理由が見えない嫌悪感を抱いている。
「なぜ、そこまで俺を嫌悪する?」
「なんとなく腹立つんだよお前!!」
「あ。それパンジーちゃんもわかるわ~」
パンジーの横やりに対し、岸花は怒りもせずただ呆れた顔をする。パンジーはそんな岸花の顔を見て苛立ちを露わにする。
「ちょ、なにその見下した顔…」
「別に見下してるわけじゃない。ただ、どうでもいい人間がどうでもいい横やりを入れてきて反応に困っただけだ」
「アンタさぁ…!」
一触即発の空気。高嶺菫は溜息をつきながら間に割って入る。
「いい加減にしろお前ら。今のはどっちもどっちだぞ」
菫に対してはどちらも従順なようで、最後に一度視線を交錯させそれぞれのパートナーの元へ歩いて行く。
「このチームの仲の悪さはよくわかりました」
「そういうことだ。頼むからこれ以上チームワークを乱さないでくれ」
菫は「やれやれ」とあきれながら再び歩を進める。その背後を朝顔はついて行く。そして歩くこと十数秒で朝顔は彼の元にたどり着いた。
「ほら朝顔。お前の相棒がお待ちかねだぞ」
「ん? ああ、そこに居たのか」
正面に見据えるは白く巨大な霊媒機体、ホーク・キッドだ。
ホーク・キッドは朝顔を見つけるとまるで子犬が飼い主を見つけたかのように話しかける。
〔朝顔殿! 来てくださったのですか!〕
「ああ。ちょっと暇つぶしにな」
菫は両者を見て驚き笑った。霊媒機体とパイロットがたった一回の戦いでここまで打ち解けるのは珍しい。特に朝顔が素直に心を開くのは本当に珍しいことだ。
「さてと、扉の調整も終わった。出撃の準備をしろ、朝顔」
「いや、僕はまだ戦うなんて…」
「嫁菜の指紋付きシャープペンシルを―――」
「いくぞホーク・キッド! 戦いの時間だ‼」
〔はい!〕
嬉々としてコックピットに乗り込む朝顔。
菫は嫁菜の姉であったことに感謝し、心の中で軽く嫁菜に謝罪した。
「それでは、作戦開始と行こうか」
PM7:20
「ったく、本当にこんな初心者を連れて行くの?」
桜が不満をたれるとパンジーが通信越しに反応する。
「いいんじゃない? “色付き”さえ抑えれば危険はないっしょ」
初出撃の朝顔を心配してアザレアは朝顔に通信を繋ぐ。
「気を付けろよ東雲、ゲートをくぐったらすぐに裏世界だ。コックピットを開けたら裏世界の住人に喰われるからな、宇宙空間に行くぐらいの認識でいろよ」
「宇宙空間? じゃあホーク・キッドを宇宙服とでも思えばいいのかな?」
「そういうこと!」
「了解」
朝顔は説明書を読みながらアザレアに相槌を打ち準備の終わりを待つ。
「――面白いな…“次元装”の幅はミサイルからパチンコまであるのか…」
〔しかしΩシリーズは共鳴率が八十%、Ζシリーズは共鳴率が九十%を越えないと使えないゆえご注意を〕
「なるほどな、道理でα、β、γに比べて魔法じみた武装が多いと思ったよ。α、β、γは同ランクの武装だが、役割で分けてるわけだ」
〔まさにその通りです〕
突入部隊は五機だ。
鈴木岸花&マヤ。接近戦に強く、素早い動きで敵を切り裂く本隊のエース。
鈴木桜&イラマ。襲霊武装のモーニングスターで堅い相手を崩す本隊のリーダー。
パンジー・ガーベラ&マクイル。武器は持ってなく、グローブから発する電気で相手を蹴散らす。エネルギー補給の要でもある。
アザレア・ストック&パオトル。基本的なスペックと、襲霊武装“ソウル・ギター”による音波攻撃で雑魚を蹴散らす雑魚専であり多彩な技で味方を助ける支援機だ。
そして東雲朝顔&ホーク・キッド。いまだ未知数のコンビ。
この五人五機こそ現在のヒンメル千葉支部パイロットチーム。
『それでは皆さん、“ループ・ホール”の固定が終わりましたのでゲート前まで移動してください』
格納庫の正面にある巨大な扉が開く。すると中には黒い大きな歪が出来上がっていた。
この禍々しく黒みを帯びたヒビこそがゲート。表と裏を繋ぐ橋。
「これがループ・ホール…」
〔怖いですか? 朝顔殿〕
「いや、どこかで見たことがある気がしてな」
〔まさか。ゲートなんてここ以外で見られるものじゃありませんよ〕
朝顔は「そうか」と気を取り直す。
歪の前に次々と集合する四機の人形機体。朝顔とホークだけ出遅れていた。
「どうやって足を動かすんだ?」
〔右のペダルで出力を調整しながら右手の操縦桿を握って…〕
「えっと…こうか」
〔ええ。お見事です。まぁ慣れるまでは私が大部分を負担しましょう〕
「わかった。回避運動は任せるぞ」
〔承知です〕
下半身をホークが、上半身を朝顔が担当しホークは動き始める。
ゲートの前に五機の霊媒機体が揃った。
全員のモニターに菫の顔が映し出される。
『今回のステージは富士の麓、青木ヶ原樹海だ。最近“色付き”の生態が変化しているから各々注意して行動するように』
「…ステージ? 千葉じゃないのか?」
〔ゲートから繋がる場所はランダムなんですよ。ゲートが現れる場所は日本限定ですがゲートから繋がるステージは世界各地どこでもあり得ます。千葉から千葉というのが異例なのです〕
「運が良ければ海外旅行に行けるってわけだ」
〔味気はありませんけどね〕
菫は画面越しに朝顔の様子を確認し、ホッとする。
黒の歪みのヒビがピキピキと広がり、巨大ロボットが入れるほどの穴が広がっていく。
〔久々だなホーク! 足引っ張んなよ!〕
〔…また共に戦線を張れて良かったです、ホークさん…〕
〔今のエースは君じゃなく僕だ! あまり前に出ないで全て我々に任せたまえホーク君!☆彡〕
〔おかえりなさぁい。ホーク・キッド〕
〔あぁ、心配させてすまな…グスッ! すまなかった…‼ みんな!〕
涙は流れないが涙声でホークは言う。
「無理するなよ朝顔、初めは誰だってミスするもんだ!」
「あまり前に出るんじゃないわよ!」
「陰キャ君、新人だからって日和るなよ!」
(解明者。その力、見せてもらうぞ)
突入の前、朝顔は彼のことを思い出していた。
――大丈夫。来週のお前の結婚式には足が折れようが遭難しようが必ず出席するよ。
「…知ったことか。知ったことかよ…」
パイロット、および霊媒機体の準備が整ったところで管制室は決められた順序を取る。
眼鏡の男性のオペレーターがメーターを見ながら、
『ループ・ホール安定! 命綱投入完了!』
歳をいったおばちゃんが笑顔で、
「出力OK、いつでも行けるわ菫ちゃん」
管制室の中央の机で菫が突入までのカウントを取る。
『突入まで、3―――』
2、1。
―――――裏世界、突入‼