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ストーカー・ロボット  作者: 空松蓮司@3シリーズ書籍化
悲哀のウエディングケーキ“ひでお”
14/59

第十三話 アザレア・ストック

 PM5:00


…の2時間前。


 朝顔は窓の外を見ながら授業など上の空で今日見た夢を思い出していた。


(あの夢も、“裏世界”に関わることなのか? ―――前に見た“つとむ”のように)


 『絶対にもう裏世界には関わるんじゃないわよ!』


 『つまり、天国や地獄と同じで人間が死後に行きつく場所の一つってこと。』


 『お前…何者だ?』


 『“色付き”は巨大な悪魔です。』


 『だいじょうぶ。マ―――』


 朝顔は裏世界についての情報を整理する。そして今日見た夢の映像をこと細かに思い出していた。


 その中でも特に気にしていたのは一家の母親が持っていた父親の免許証。その住所だった。


(あの夢の中で見た免許証に書かれていた住所。隣町だな、少し遠いが行けない距離じゃない…)


 朝顔は迷っていた。


 裏世界に関わる気はない。しかし、胸の奥で何かが騒ぎ立てるのだ。


『解き明かせ』…と。


 頭の中では関わるべきではないとわかっている、なのに、朝顔の胸の中に潜む何かが何度も同じことを囁いてくる


(ヒンメルは関係ない。あの夢が、本当に現実で起こったことなのか。それを確かめに行くだけだ)


 朝顔は取ってつけたような言い訳をつけて重い腰を上げた。


 授業が終わった後、朝顔はまっすぐ隣町へと向かった。


…そして現在。


 朝顔は人通りの多い隣町の駅にたどり着いていた。


「一駅違うだけで人口が段違いだな…」


 朝顔は覚えていた住所を書いたメモを手にする。


 家のある場所をある程度把握すると朝顔は足を前に出した。その時、朝顔の耳にロック調の歌が飛び込んできた。


「歌?」


 メモから視線を上げ、その音のする方を見ると、ちょうど音楽は止まった。三人ほどの外国人に見える少年少女が多種の楽器を持って路上ライブをしていたようだ。客の数は路上ライブにしては多く、熱狂的な雰囲気が感じ取れた。


 一つだけ妙だったのは置かれただけで誰も弾かないキーボードがあったことだ。寂しそうに、花柄のテーブルの上で鎮座していた。黒く高そうな物だ。


「みんなありがとー‼ 次は一週間後に同じ場所で歌うからよろしくー‼」


 そばかすを顔に浮かべた金髪の少年が言うと客はいっそう盛り上がった。ギター兼ボーカルのようだ。


 彼の顔を見て朝顔は「どこかで見たような…」と記憶を辿る。検索“外国人の同級生”…そして朝顔は記憶の中から青色の霊媒機体に乗った少年を思い出した。


「確か、“裏世界”で…」


「ん?」


 目が合った。


 その金髪の少年は朝顔を見つけると満面の笑みで手を振ってきた。朝顔が無視して歩を進めると、少年は「おい‼」と突っ込みを入れた。


 PM5:20


「いやー、まさか東雲が俺のファンだったとは」


「たまたま通りがかっただけだ」


「ははは! だと思った!」


 ギターのケースを背負って金髪の少年は朝顔の後を付いてきていた。彼らは夕陽を浴びながら商店街を抜けて住宅街へと向かっている。


 朝顔は怪訝な顔つきでアザレアを見る。


「なんでついてくるんだ? お前」


()()じゃない、アザレアだ。アザレア・ストック! よろしくな、東雲」


「じゃあアザレア。なんで僕についてくるんだ?」


「いやー、ライブ終わって暇だし、東雲と話してみたかったからな。んで、どこ行くんだ?」


 どうやらアザレアはグイグイ来るタイプのようだ。


 彼は特別整った容姿はしていなく、背も朝顔より少し小さい。目は青く、髪色は黄色。初対面でも彼のことを裏表はなく、純粋な少年だと朝顔は感じた。


 朝顔は「まったく…」と呟いてメモを手に取る。


「そこに行きたいのか?」


「ああ。場所わかるのか?」


「ぜーんぜん。俺も滅多にこっちの方に来ないしなー」


「そうか…」


 朝顔がメモを見ながら歩いていると、アザレアがグイグイと朝顔の背広を引っ張った。右手側にある寿司屋を指さし目を輝かせる。


「東雲、回転寿司だぜ回転寿司!」


「だから?」


「食べようぜ寿司! 日本って言ったら寿司だろ! 海鮮だろ!?」


「言っただろ、用事があるんだ」


「ちぇー」


 アザレアは肩を落とし、朝顔の後をついていく。


「食べたければ一人で食べればいいじゃないか?」


「ばーか。ダチと食べたかったんだよ俺は」


「ダチ認定速すぎだろ…」


 食事処やコンビニが乱立する地域を抜け、朝顔たちは住宅街へと出る。


「なんでそこに行きたいんだ?」


「ちょっと用事があってな」


 朝顔たちが歩くこと数分、ようやく彼らは目的地についた。


 青い屋根とオレンジ色の壁。玄関の前には別に扉が設置されている。


「ここが目的地か?」


(夢で見たのと全く同じだ。そして表札、“東”…免許証で見た英雄ひでおっておっさんの苗字も同じ東だ。間違いない…)


 朝顔は確認すると躊躇なくインターホンを慣らした。


 数秒ほど時間を置くと、歳を召した女性の声がインターホン越しに聞こえてきた。


『はい。どちら様でしょう?』


「私、お宅の英雄さんに昔お世話になった者です。車に轢かれそうになっていたところ救われて、ずっとお礼を言いたかったのですが子供ゆえに探すすべなく時間がかかってしまい…」


 嘘である。


 しかし女性は朝顔がまだ高校生だからか少し警戒心を解いた様子で、


『あら、そうなの? 車に轢かれそうなところを…あの人らしいわ。ちょっと待ってね』


 プツンと、声が途切れた。


 背後を振り向くとアザレアが頷きながら笑顔で朝顔を見守っていた。


「お前、偉い奴だな。わざわざここまで挨拶しに来るなんてよ…」


「全部嘘だ」


「え!?」


「お待たせ。お客さんなんていつぶりかしら~。さ、あがってあがって!」


 玄関扉が開き、穏やかなおばさんが朝顔たちを迎える。


 朝顔とアザレアは頭を下げつつ、玄関から家の中に入った。


「お邪魔します」


「おじゃましまーす」


 おばさんはニッコリとした笑顔で二人を案内する。


「いやー、まさか英雄さんにこんな子供の知り合いがいるとはね」


 彼女は嬉しそうに、親戚の子供を迎えるような態度で二人に接する。


「あの時、英雄さんが助けてくれなかったら僕は今ここにいませんよ」


「あらあら。きっと喜ぶわー、あの人」


 アザレアが少し引き気味な表情で朝顔を見ている。朝顔は平然と嘘を重ねていく。アザレアは(よくもまぁ平然と嘘をつけるな…)と心の中で呟いた。


「そちらの子はお友達?」


「いえ、赤の他人です」


「そこは友達でいいだろ!」


 おばさんはある一室の前で足を止め、襖をゆっくりと開いた。


「失礼しまーす」


 朝顔とアザレアはその部屋を見て、息が止まった。


 そこには人の姿はなく、代わりに仏壇が飾ってあったからだ。中央に据えられた写真には朝顔が夢で見た男の姿があった。


「え…え!? 死んで――」


 動揺するアザレアに対して朝顔は冷静だった。


(やっぱり、そういうことか…僕が夢で見た人間は過去に死んだ者達。そしておそらく彼らはその後“色付き”となりヒンメルに排除される…)


 浮かび上がってきたなんとも言えない感情に朝顔は苛立ちを覚えた。


「ごめんね。英雄さんは…五年前、山で転落して亡くなっちゃったのよ。お線香、上げてくれる?」


 朝顔は笑顔で「はい」と返事し、線香を上げる。アザレアも後に続いた。


 その後は特にすることもなく、朝顔たちは茶菓子とお茶を御馳走になった後帰ることにした。玄関で靴を履き、帰る準備を整える。


 途中、朝顔は玄関の戸棚にある結婚式と思われる写真に視線を引かれた。その写真には花嫁や目の前にいるおばさんの姿はあるが、夢で見た登山好きの大男の姿はない。


「これは?」


 朝顔が問うと、おばさんは悲しそうな表情をする。


「それは娘の結婚式の写真よ」


「英雄さんは?」


 英雄の妻は首を横に振る。


「最後の最後で英雄さん、約束守れなかったけど、それまではどんな些細なことでも約束を守る人でね。きっと天国で悔しがってるんじゃないかしら。でも娘は言ってたわ、お父さんは最後に約束を破ったけど、それでも誰に対しても誇れる立派な人だったってね」


 朝顔は話を聞き、軽く会釈をして外へ出た。


「良い人だったんだな。英雄さんって人は」


「さぁて、どうだろうな」


 帰り際、二人は夜になった町を歩く。


 先ほど通った商店街を歩いているとアザレアのポケットからバイブ音が鳴りだした。


「わりぃ、電話みたいだ」


 朝顔が頷くとアザレアは朝顔より少し距離を取って携帯電話を開く。


「え!? はい、わかりました…」


 通話の内容が突飛だったのかアザレアは驚きつつ話していた。すると、


「ん? 今度は僕の携帯か?」


 次は朝顔の携帯電話が鳴りだした。


 朝顔は番号を見て一瞬苦い顔をし、その後で渋々電話を取った。


「…はい」


『やぁやぁ朝顔。今日もいい天気だな、所で裏世界への道が開いたんだが暇だったら…』


「行きません」


『先日、嫁菜の風呂上り寝間着姿を激写したのだが、今日施設に来てくれれば――』


「行きましょう。なにか土産が欲しければ言ってください」


 彼の意思は全て嫁菜次第だ。


 数時間前の約束をすぐ破った朝顔の顔は穏やかなものだった。


『アザレアと一緒にいるのか? そうなら一緒に来るといい』


「わかりました。…ちなみに、ブツは何枚ほど?」


『すまん、五枚ほどしかないな』


(一枚は新しいお守りにして、二枚目はアルバムに、そして三枚目は…)


『じゃあ切るぞ。まだ抜け道の固定が終わっていないからゆっくり来るといい』


 ブツッ! と通信が途切れた。


 朝顔とアザレアは目を合わせ、電話の内容がほとんど同じだったことを確認する。


「すぐに地下基地に向かおう」


「そうは言っても僕はあそこから出る時目隠しされてたから場所がわからん」


「わかってるよ。俺が案内する」


 そう言って朝顔が連れてこられた場所は…


「ポスト?」


 東家のすぐ近くにある、ちょうど建物に隠れて死角になっている場所に赤いポストがひっそりと立っていた。


「基地に繋がるルートは街中にいっぱいあるんだぜ。東雲、もうちょい左だ」


「ん? ここか?」


 朝顔がポストの左前に移動すると、アザレアがポストの背中部分にある何かを押した。


「じゃあ、俺も後から行くから~」


…一転。朝顔の視界は暗闇に包まれた。


「(地面に穴が!?)うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!???」


 落ちる。ではなく滑るような感触。気分としては水の通っていないウォータースライダー。水は通っていないが代わりに滑りとした液体が塗られているのがわかる。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」


 長い長い時を超え、朝顔がヒンメル千葉支部に着いたのはニ十分後であった。



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