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ストーカー・ロボット  作者: 空松蓮司@3シリーズ書籍化
悲哀のウエディングケーキ“ひでお”
13/59

第十二話 鈴木桜

 平成12年、約5年前。ある一家に登山好きの男がいた。


 男は今年で四十五歳、妻と娘が一人、男は娘をこよなく愛する立派で人が出来た父親だった。


「お父さん! 今日ぐらいは登山はやめなってば!」


「いやいや…父さんは、山を登らなければ禁断症状で倒れてしまうんだよ。あー‼ 山が恋しい‼」


「もう! 大げさなんだから!」


 玄関で言い合いをする親子。


 二人が口喧嘩をしていると居間から一人、眼鏡をかけた温和そうな男性が現れた。眼鏡をかけた男性は登山好きの男とその娘を見ると、男に向ってペコリと一礼した。


 登山好きの男はメガネの男性の態度を見て、ニッコリと笑い。娘の頭を撫でる。


「大丈夫。来週のお前の結婚式には足が折れようが遭難しようが必ず出席するよ」


「…馬鹿。」


 顔を赤くして目を逸らす娘。


 登山好きの男は娘に笑いかけ体の向きを扉に向け、玄関扉に手をかける。その時、男の妻である女性が男を呼び止めた。


英雄(ひでお)さん! お弁当と免許証忘れてるわよ!」


 平成17年 5/9 PM0:40 


「あっさがおー。ごはんの時間ですよー」


 朝顔はある家庭の一幕を見せられた後、起床した。瞼を開けると上からあやめが弁当箱を持ってニッコリと微笑みかけていた。


「午前の授業、丸々寝てたね」


「全く、タイムスリップした気分だ…」


 間違いなく、今見たのは“変”な夢だ。朝顔とは全く関わりのない夢。朝顔はまた幻覚や幻聴に悩まされると警戒した。


「大丈夫? なんかすごい苦い顔してるけど」


「大丈夫…だと信じたい」


 朝顔は諦めつつ自分のコンビニ弁当、たこ焼き丼を取り出す。


 異変に気付いたのは数分後だった。


(あれ? 今日は平気だな。もうそろ10分は経つが幻覚も見えないし幻聴も聞こえない…)


 朝顔がたこ焼きを口に運んでいると何やら教室がざわめき始めていた。


「ん? あれって…」


 あやめが教室の後ろのドアに視線を送っている。朝顔はスッと黒目を右に動かした。


 教室を賑わせていたのは一人の少女だ。目立つのも当然、彼女は中等部の生徒で尚且つとても可愛らしいピンク髪の美少女だった。クリッとした目つき、柔らかそうな肌の質感、綺麗で整えられた髪。胸の小ささとクリッとした目つきを台無しにする威圧的なオーラが弱点だがそれ以外は完璧な容姿である。


 彼女の名前は鈴木桜。一週間ほど前、朝顔を襲った鈴木岸花の妹だ。


 鈴木桜はキョロキョロと教室の中を見ると、あるひとりの少年に焦点を合わせ、「見つけた…」と睨む。


 睨まれた少年はめんどくさそうにため息をついた。


「あの子、朝顔のこと見てない?」


(“裏世界”でチラッと見たけど、あの女は…ヒンメルの人間だよな…)


 朝顔は何かを察してゴミをまとめ、席を立った。


 桜は逃げようとする朝顔を見て高等部の教室などお構いなしに侵入し、朝顔の前に立ちふさがる。


「ちょっと付き合いなさいよ」



(くそ…面倒な)


 中等部トップ人気の少女が高等部で悪い意味で有名人な朝顔を連れて教室を出ていく。その光景は夕礼高校の面々にとっては異常事態もいいとこで、二人は周囲の視線を一まとめに受け止めていた。




 PM0:50


 

 東雲朝顔と鈴木桜は体育館の連絡路(以前に一ツ目の色付きと戦った場所)で向かい合っていた。


「ヒンメルを辞めなさい!」


「まず入ってない」


 要約するとこの二言で会話を続ける意味はなくなった。


 桜はキョトンとした顔で「そうなの?」とはてなを頭に浮かべる。


「当然だろう、好き好んであんなのと関わろうとする神経がわからない」


「ほんとにほんと?」


「ああ」


「絶対に関わらない?」


「約束しよう」


 少女はホッと胸をなでおろす。


「ま、まぁ。当然の反応よね…」


「一つ聞いていいか?」


「何よ?」


「なんで僕に入ってほしくないんだ? 菫さんは全く逆の意見だったが」 


 桜は一度顔を沈め、口をとんがらせて答える。


「…足手まといが増えても困るからよ」


 嘘だな。と朝顔は思ったが口には出さなかった。


 桜は表情を切り替えると爽やかな面持ちで、


「手間取らせて悪かったわね、今度お詫びするわ」


「お詫び、か。もう一つだけ聞きたいことがある」


「なによ?」


「“解明者”ってのはなんだ?」


 桜は首を傾げ「かいめいしゃ?」と問い返してきた。


 朝顔は桜が解明者という単語に対して見せた反応を見て「いや、なんでもない」と会話を打ち切る。


「と・に・か・く! 絶対に、二度と裏世界に関わるんじゃないわよ!」


「わかってるよ。早く中等部に戻れ」


 朝顔が手の甲で「しっしっ」とやると少女はイラつきの表情を浮かべながら走り去っていた。


「やっぱ嫁菜以外の女はダメだな」 


 朝顔が踵を返し教室へ向かおうとすると一人の男が正面に立ちふさがってきた。


「東雲朝顔」


 その男は朝顔にとって最も会いたくない人間だった。


「鈴木岸花…ちっ、妹の次はお兄ちゃんか? 悪いが、お前と交わす言葉はない」


 朝顔は本能的に目の前の男が苦手だった。もちろん突然襲われた件もあるが、それ以前に何となく鈴木岸花のことは気に入らないのだ。


 朝顔は淀みない足取りで岸花の横を通り過ぎようとする。すると、岸花は普段とは違う低い声でボソッと呟いた。


「東雲、ヒンメルに入れ。それがお前にとって最善の選択だ」


 朝顔の耳に岸花の言葉は届いていた。しかし、朝顔はなにひとつ表情を変えず、横を通り過ぎる。


「…嫌だね」


 朝顔が連絡を抜け、階段に差し掛かると、朝顔のクラスメイト達が集団で階段の陰に隠れていた。


 朝顔の眉間にピシッと血管が通る。


「なにしてるんだ。お前ら…」


 クラスメイト達は「いやぁ~」と頭を掻き、


「年下の彼女的な?」


「修羅場的な?」


「お兄ちゃん登場で修羅場的な?」


 悪びれもなく茶化す面々に朝顔は呆れて肩の力を抜いた。


 唯一あやめのみが謝罪を口にする。


「ご、ごめんね朝顔。僕はやめたほうがいいって言ったんだけど…」


「とか言いながら、お前が一番最前列にいるように見えるのだが?」


「い、いやぁ…あはは」


あやめは顔を赤くしながら朝顔から目を逸らした。





 鈴木岸花は朝顔がいなくなった後、彼の背後を目で追いながら一人呟く。


「解明者は己の好奇心に無力だ。お前が解明者である限り、否応でも“裏世界”に関わることになる…必ずな」


 そう言い残して彼も自分の教室へ戻っていった。




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