第十一話 会議
「おい、聞いたか? パイロット殺しが帰ってきたらしいぞ」
「らしいな。どの面下げて帰ってきたんだか…」
「ホーク・キッドだっけ? 私ここに配属されたばっかで知らないんだけど、なにやったの?」
「そのまんまだよ。自分のパイロットを見殺しにした最悪の霊媒機体さ」
「一世代前のパイロットチームの時にリーダーを張っていた機体でな、パイロットも優秀で向かうとこ敵なしの文字通りエースだった。あのコンビは本当に仲良かったのにな…まさかあんなことに―――」
ヒンメルの隊員たちが雑談していると横からきつい目つきをしたピンク髪の少女が口を挟んだ。
「それ、詳しく聞かせてくれる?」
5/9 AM9:00
薄暗くだだっ広い部屋。その中央で高嶺菫は白衣のポケットに手を突っ込みながら欠伸をしていた。
『さて、一通りの現況報告を終えた所で、一週間前の戦闘についての報告を頼めるかね? 菫君…』
菫を囲むように設置された机と椅子。実際にはこの部屋に机も椅子もない、全ては映像だ。だから菫の五メートルほど前にいる彼らも実際にこの場所にいるわけではなく、どこか知らない場所から自分の姿の映像のみをこの空間に映し出していているのだ。
老人ばかりで七人いる。顔は意図的に隠されており声もどこか無機質だ。彼らは菫の直属の上司に当たる。
「報告書は一週間前に送ったはずですが」
菫は全く誠意のかけらもない声色で言葉を投げかける。
『ああ。それは確かに受けとった…だが、』
菫の正面にいる男が意味深に口角を上げる。菫はピクッと眉を動かした。
(バレたか?)
菫は報告書に一つ、嘘を書いた。
“保護した高校生、東雲朝顔が裏世界に飲まれた理由は不明。彼はパイロットの素養はあるものの特に特筆すべき点はなし”
特筆すべき点は、ある。
…“解明者”。それはヒンメルにとって貴重すぎる存在。もし朝顔が解明者である可能性があると上層部に知れた場合、彼の身柄を菫が管理できない状態になりかねない。だから、菫は“解明者”については避けて報告したのだ。
バレたか。バレてないか。正面にいる老人が口を開く瞬間を菫は息を呑んで待っていた。
『菫君…あの報告書…』
「…はい」
ゴクリ。と菫は喉を鳴らす。正面の老人は厳しい目つきで菫を見下ろし、口を開く。
『…あのさぁ! 前にも言ったけどさ。添付ファイル? ああいうの辞めてって言ったじゃん! 私、紙の報告書しか受け付けないから! こんぴゅーたーとか使えないから私! 何度再提出要請しても返事しないから仕方なくこうやって会議を開いたんだよ!』
机をバシバシッ! と叩き、老人はすごい剣幕で叱りだした。
…そういえば言っていたな。と菫は頭をポリポリと掻く。
そう。彼らは別に怖い上司じゃない。さっきから菫が舐め腐った態度をとっているのはそのためだ。バイザーとか付けてなにか企んでそうな演出をしているが、特になにもない。人類も補完しないし月を落としたりしない。ただの時代遅れの老人たちだ。
正面の老人が騒いでいるとその右隣に座っているこれまた老年の男が口を挟む。
『え? ちょっと待ってタケちゃん。ワシ、その報告書貰ってないんやけど?』
『えぇ? 菫君、みんなに送ったんじゃないの?』
『前の会議で決めたやろ! 菫ちゃんがまずタケちゃんに送って、そこから一斉送信でみんなに送るって! 一時間も話し合って決めたのにもう忘れたんかいな? ったく、タケちゃんは相変わらずポンコツやねぇ』
『ふみたけ! おま、昔から一言多いっちゅうねん!! そういう所だよ、あけみちゃんが逃げ出したのはさ!!』
『娘は今関係ねぇっぺよ!』
ぎゃーぎゃーと騒ぐ上司たち。
菫は呆れた顔で醜い喧嘩を見届け、静かになった所で話を切りだす。
「…ではタケ管理事務官には後で紙の報告書を郵送して、他の方々にはデータでお送りしますね」
『悪いね菫ちゃん。タケちゃんがポンコツなばっかりに』
『ゴホンッ! 着払いで構わないよ、菫くん。では諸君、今朝の会議はここまでだ』
部屋が明るくなり、周囲から映像が全て消え去った。
さきほどまで仰々しかった部屋は呆気ないほどさっぱりしていた。
「ったく。ボケ老人共め。気楽ではあるが…」
菫が一息つき、後ろを振り向いて扉につま先を向けた瞬間。
『まて。菫』
清廉な少女の声が部屋中に鳴り響いた。同時に、明かりは落ち、さきほどまでと比較にならない重圧が菫を襲う。
「お久しぶりです…キキョウ先輩」
菫はゆっくりと正面を向いた。
ヒンメル最高責任者“キキョウ・カスミ”。見た目は少女だが歳は数えきれないほどとっている。
姿はシルエットでしか見えないが、こちらを見下ろす瞳の鋭さはダイレクトで感じとれる。
『隠し事とは感心せんな』
「なんのことかサッパリ」
『ふん。我をあのガキ共と同じように欺けると思ったのか? 東雲朝顔、奴は解明者だろう?』
さきほどまでここに姿を見せていた老人たちを、彼女は“ガキ”と吐き捨てる。
「隠せませんね。…はい。東雲朝顔は先輩の言う通り解明者である可能性が高いです、しかし…」
『わかっておる。貴様が管理したいと申すのだろう? よいぞ。許可する。しかし、気をつけろよ。決して、“昼吉”の二の舞にはするな』
昼吉。その人名を聞いた菫の表情に影が浮かんだ。
『“解明者”は時に人知を超える。その時、奴らは孤独の闇に身を落とす。全てを己一人で抱え、解決しようとする。溢れ出す好奇心に身を焦がし、やがて自壊する』
「重々承知しています」
キキョウは菫のまっすぐな目を見て『ならよい』と笑って視線を切る。そして今度こそ部屋は明るくなり、映像は消えた。
菫は天井を見上げ、独り言をつぶやく。
「あのストーカーが悩む姿なんて想像できんがな」