第九話 vs黄色の巨人②
呼吸が止まった。
“色付き”は失速しつつ、体を回転させ空中で矢を避けたのだ。
(見切られた!?)
いや、それよりも。と朝顔は固唾をのんだ。
「あそこから動きを修正できるのか!?」
〔朝顔殿! 一度、距離を離しましょう!〕
「…! わかった!!」
一ツ目の“色付き”は失速し、落下を始める。その隙に朝顔とホーク・キッドは態勢の立て直しを図ろうとするが、そこで…彼らは致命的な隙を作ってしまった。
[だいじょうぶ?]
ピタッ、と心臓を冷え切った手で触られたような感覚が朝顔を襲う。
「まさか…」
[ぶぃ!!]
モーションが無かった。
人は力を込める時、何かしらの予備動作をするものだ。しかし、一ツ目の“色付き”は何の前触れも伏線も動作もなしに、
――――空を蹴った。
(そんなパターンなかったじゃないか!!)
心の内で理不尽を嘆くのと同時に朝顔は死を覚悟した。
一秒が人生最大の長さを記録する。
(死んだな。躱してもさっきみたいにバウンドして僕らを捉えるだろう。空を蹴れるなら奴の攻撃に隙はなくなる。僕らが死ぬまで追撃してくるだろう…まぁいいか。未練がないと言えば嘘になるが、他の奴らに比べたら少ない方だろう)
頭に流れる走馬燈。辛い思い出、楽しかった思い出。様々な記憶が流れ込んでくる中、朝顔はただ一つの大切な約束の映像を目に留めた。
『朝顔ちゃんは、ずっと私を見守っててくれる?』
いつだって彼女の笑顔に救われてきた。そんな彼女がまだ幼い時に一度だけ見せた泣き顔。それが、朝顔の内に眠る引き金を引いた。
「少ないから死んでもいいだと? ふざけるな…‼ 大切な未練が一つ残ってるだろうが‼」
その瞬間、ホーク・キッドの体が輝きだす。
〔これは…‼ 私の感情が朝顔殿に引っ張られている!?〕
溢れ出す力をホーク・キッドが解析する暇も与えず、朝顔は次の行動に移る。
―――共鳴率六十%。
朝顔はクロスボウを捨て、矢のみをホーク・キッドの右手に持たせた。
「ホーク・キッド‼」
名前を呼ぶだけで意思を疎通させる。
空を蹴りだしての跳躍は地面を蹴っての跳躍に比べ速度を落としていた。速度を落とした“色付き”の攻撃を紙一重でホーク・キッドは避け、身を屈めて矢を両手に持ち、弱点と思しき左わき腹…瞳孔の焦げ跡を突き刺した。
「ぐ‼」
〔むぅ‼〕
[ぶ!?]
ドゴォン‼ と一瞬のすれ違いに行われた攻防。
ホーク・キッドは右腕を持っていかれ、その場に座り込む。一方、“色付き”は左わき腹に突き刺さった矢を握り、子供のような声で泣きじゃくっていた。
[うわああああああああん‼ いたああああああああああいい!!! まま、ままぁあああああああああああ‼]
(凄い…! これが、この少年の“魂の器”か!! 間違うわけだ。朝顔殿は御主人と同等の…)
ホーク・キッドは思い出す、ある神童の姿を。そして重ねる、紫髪の少年の背中に。
「よし、このまま止めをさすぞ!」
ホーク・キッドは少し声を浮つかせ、意気揚々と返事する。
〔承知!〕
屋上で倒れこむ“色付き”に近づき、左手でショットガンを取り出して構えるホーク・キッド。
朝顔が引き金を引こうとした、その時…
「オーロラ?」
〔どうしました朝顔殿?〕
“色付き”から虹色の、まるでオーロラのような輝きが発せられ、その輝きが朝顔を包んだ。
(なんだ…この光は…!)
…どこか、懐かしい香りがする。
ホーク・キッドには見えていない。朝顔だけが、その映像を目にした。
☆
映し出されたのは砂浜で遊ぶ眼帯を付けた五歳ほどの男の子と、その母親らしき人物だった。
『つとむ君、もう暗くなってきたし、そろそろ帰ろうか?』
『やーだ! まだ遊ぶもん!』
『わがまま言わないで、ほら…』
母親はシャベルを持つ男の子の右手首を掴んだ。男の子は腕を大きく振り、『いーや‼』とシャベルを投げ飛ばしてしまう。
『しゃべる、しゃべる…』
男の子はシャベルを目で追い、すぐさま立ち上がって道路に投げ出されたシャベルを取りに行った。
なにやら母親が大声を上げている。男の子の耳には届いているものの心には届いていない。男の子は目に映るシャベルのみを追い、道路に出た。
耳を貫く轟音が鳴った。かろうじて瞼を開いた男の子の瞳に映っていたのは自転車に跨って真っ青になっている男子高校生と必死になって肩を揺さぶっている母親だった。
『つとむ君、大丈夫…大丈夫だよ…すぐにお医者さんが来るから…!』
その声は現実から目を逸らし、夢に縋っていた。
男の子が瞼を開いたのを確認した母親は涙を流しながら聞いてくる。
『大丈夫…? つとむ君…』
男の子はゆったりと口を開いて、最期の言葉を口にした。
☆
それはいつかの子供の記憶だった。
眩しい光は視界主が目を閉じるのと同時にどこかに消えて行った。朝顔は唇を震わせ、今朝に見た夢を思い出していた。
「今日見た…夢。まさか…お前が、つとむなのか?」
〔朝顔殿! 速くとどめを! “色付き”が…〕
「なんだよそれ…なにがどうなって、お前は…‼」
朝顔がとどめを刺しそこなっていると、一ツ目の“色付き”は脇腹を抱えながら立ち上がり、ギロッとホーク・キッドを睨んだ。
〔朝顔殿‼〕
「―――」
〔だいじょお――〕
“つとむ”が無防備になったホーク・キッドに襲い掛かかる。だが幼き少年の牙はホーク・キッドに届かなかった。
「拘束しろ!」
〔バインド・ロック‼ YEAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAHッ‼〕
彼方からやってきた青のロボット。恐らくホーク・キッドと同じ霊媒機体が巨大なギターを弾いて現れた。激しいギターの音に共鳴するように無数の腕が現れ“つとむ”を拘束する。
「成仏ろ…」
そして、動きを止めた一瞬に黒い機影が黒と白の短刀を持ってつとむを切り刻んだ。この霊媒機体のパイロットはどこかで聞いたことのあるスカした声だ。
鮮やかな連携。息つく暇もなく、“つとむ”はその命を刈り取られた。
つとむは最後に“色付き”の状態で発した低い声ではなく、生前の子供の声で呟く。
「だいじょうぶ。マ…」
と言い残して、黄色い破片を飛び散らせながら四散した。
「驚いた…あれって、行方不明だったホーク・キッドだよね? マクイル」
〔間違いありませんね、姫〕
「おいおい! 一体どうなってんだこりゃ!? なんで霊媒機体がいてそれに一般人が乗ってるんだ?」
〔俺様に聞かれても困るぜ相棒!〕
「よかったわね、イラマ」
〔ええ。まさか、またホークさんに会えるとは…〕
「マヤ、今の“色付き”…」
〔気づいたかい? 明らかに今までの奴らと手ごたえが違ったねぇ。ダーリン〕
朝顔とホーク・キッドの目の前に、四つの機体が上空から舞い降りた。
朝顔が呆然とする中、ホーク・キッドが彼らの説明をする。
〔彼らが“裏世界”を管理し、表世界に害なす“色付き”を撃破する特命機関―――“ヒンメル”です〕
そうか。誰かが助けにきたのか。朝顔は人ごとのように返事をする。
朝顔の頭の中は彼しか知らない真実でいっぱいになっていた。“つとむ”から弾け飛んだ欠片は一か所に収束し、子供用のシャベルとなって地面に落ちた。そのシャベルには“赤”という立派な色が染みついていた。




