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#異世界勇者と繋がりたい

作者: 游魚

 

 ●ヴァイス=リヒター

 #異世界勇者と繋がりたい

 世界の悪よ恐れ慄け! 我こそ貴様らの恐怖! 無数の魔物を屠り、弱きを助ける勇者である!

 我が手に刃がある限り、この世に悪は蔓延らぬのだ……!

 と、そんな感じでこちらの世界で勇者やらせていただいてます☆ 他の世界で勇者の皆さん、ぜひ気軽に絡んで下さい(^-^)/





 ***@恋愛勇者(2018/07/30 13:34)***





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 ●らぶれいぶ


 @ヴァイス=リヒター


 はじめまして! わたしもこれまで勇者として魔物退治やダンジョン攻略してきました。勇者仲間と繋がれて嬉しいです!よろしくお願いします(≧∀≦)

 実は今もあるダンジョン攻略真っ最中なんですが、これが難攻不落で…勇者なのに怖くてなかなか前に進めません(T ^ T)

 何かアドバイス下さい〜。ヴァイスさんの勇ましい感じ見習いたいです(´-ω-`)


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 ●ヴァイス=リヒター


 @らぶれいぶ


 よろしくお願いします!

 え、今もダンジョン内ですか⁉︎( ゜д゜)

 私はダンジョン未経験なのでアドバイスになるか分かりませんが、進めないのならやはり早めに引き返すべきではないでしょうか。消耗して身動き取れなくなるのが一番怖いと思います。


 らぶさんの生還を異世界から祈っております(>_<)




 ***




 恋をするって、こんなに難しいことだっけ。



 わたしは、スマホを手にとって画面を開く。つい5秒前も同じことをした。朝からずっと同じことをしている。ずっと同じことを考えている。いったい彼に、どんなメッセージを送ろう?


 連絡先を交換してから最初に送るメッセージなんだし、挨拶だけで済ますべきだろうか。だけど、できればその先も会話を続けられるような内容を送りたい。ああでも、返事を急くようなのはダメだ。そもそも彼はわたしと違って今日は仕事である。今も仕事中。彼の仕事じゃ合間に私用の連絡を入れるのも難しいに違いない。じゃあ、やっぱり無難に挨拶だけ? それは寂しいなぁ。



 わたしが彼と出会ってから、かれこれもう1年以上経つ。しかし、こうして個人的に連絡するのは初めてなのだ。どうしてもそわそわしてしまう。


 彼は、わたしの働いている喫茶店の常連さんだ。

 初めて彼が来店したのは去年の夏ごろ。開店直後の早朝6時くらいの時間だった。お客さんの誰もがOFFからONの狭間にいるゆったり静かな朝の空気の中で、ひとり見るからにエンジン全開の雰囲気を放ち、周囲から浮きまくっているお客さんがいたのだ。それが、彼だった。


 彼は注文したコーヒーがどんどん冷めていくのも構わずに、鬼気迫る表情で漫画を読んでいた。あまりに真剣に読んでいるものだから気になってチラッと覗いてみれば、それは少し前に流行った少年漫画だった。“勇気・友情・勝利”の三拍子が揃ったザ・少年漫画という感じのストーリーで、昔わたしも好きだったやつである。

 でも、あの漫画、10年くらい前に急に連載が止まってしまったのだ。「ワイバーンに襲われたフェアリーの王国はどうなってしまうんだ!」と当時中学生だったわたしは憤慨した事を覚えている。


 彼はまさに連載が止まった最後の巻を手にしており、やがてその最後のページに行き着くと感極まったように宙を仰いだ。いったいあの漫画の何が彼をそこまで感動させたのか。


「それ、なかなか続巻出ませんよね」


 わたしはついに好奇心に負けて、彼にそう話しかけた。「えっ」と彼は怯んだような表情をする。ああ、話しかけられたくないタイプのお客さんだったか、とわたしはすぐに彼から目を逸らした。


「コーヒーのお代わりはいかがですか? モーニングはお代わり無料なんです」


「あ、ああ」


 ただ反射で出た相槌のような返事をわたしはYESと受け取って、冷めきったコーヒーの半分残ったカップを下げる。


「すぐ新しいのをお持ちしますね」



 わたしが注ぎ直したコーヒーを持って戻ると、彼は真面目な顔で「ありがとう」と言った。こうやって店員にお礼を言える人に悪い人はいない。朝っぱらから少年漫画に夢中になって、喫茶店で異様な雰囲気を放っていたとしても、彼はきっと良い人なのだろう。


「あなたもこの漫画、お好きだったんですか?」


 今度は彼の方からわたしに話しかけて来た。どうも彼は、さっきの質問へちゃんと返事をしなければと考えたらしい。わたしがコーヒーを持ってくるまでの間に、こちらと会話する姿勢に切り替えている。生真面目な人だなぁ、と思いながらわたしは答えた。


「好きでしたよ。小中学生の頃は夢中で読んでました。主人公がカッコよくって。ほら、あの決め台詞。『奇跡が必要か——』」


「『おれが作ってやるよ!』」


 わたしと彼の言葉が重なる。わたしははにかみながら。彼は大真面目に。


「あの言い切ってくれる安心感っていうか、好きでした。確か、その巻の最後の台詞もそれでしたよね」


「そうなんです。ドラゴン族にはフェアリーの精霊魔法が効かなくて、しかも仲間が安否不明になって」


「そうそう、絶望的状況でフェアリーのお姫様にそう言ったところで終わっちゃったんだった。でも、どうせ勝ちますよ、その主人公」


 わたしは彼の前にカップを置く。さっきから見ていれば彼は左利きのようだ。だから取手とティースプーンは左を向くように。


「だって奇跡をポンポン量産してましたもん。なんだかんだで絶対ハッピーエンドになるんですよね」


 今思えば超展開の連続で、ご都合主義の子供っぽい内容だったかもしれない。ああ、もしかするとそれで連載が止まってしまったのかも。みんな、結末が気になるから続きを読むのだ。絶対に勝つ完璧な主人公なんて面白くない。量産品の奇跡は、もう奇跡とは扱われなくなる。


「そうですよね」


 彼は自分に言い聞かせるように呟くと、コーヒーを一口飲んでまた「ありがとうございます」と礼を言う。


「ええ、どうせハッピーエンドです。だから安心してください」


 わたしは苦笑いしながら答える。

 そんな必死になって漫画のページを睨みつけなくても、結末は決まってる。ワイバーンは退治され、結局味方は全員無事で、感謝の涙に濡れるお姫様に見送られながら主人公はまた新たな冒険に旅立つのだ。まだ見ぬ誰かの幸せの為に。


「……どうせハッピーエンドって、いい言葉ですね。すごい事だと思います」


 彼は真剣な表情でそう言うと、ちょっと笑ってわたしを見た。


 その控えめな笑顔を見た瞬間、胸の内にフワッと暖かい風が吹き込んできた気がした。なんの脈絡もなく「あ、この人は運命の人だ」と思う。


 有り体に言えば、わたしは彼に一目惚れした。


 しかし彼の方はというと、全くなにも感じていない様子でいそいそと漫画を片付け、コーヒーを飲み干して立ち上がる。


「ありがとうございます、ちょっと元気が出ました。ごちそうさまでした」


 会計をする時、わたしはわざと手と手が触れ合うようにお釣りを渡しながら「またのお越しをお待ちしてます」と言った。“落ちろ〜”という念を込めて、ちょっと上目遣いに。


「ありがとうございます」と律儀に礼を言う彼は、落ちるどころか揺らいだ様子もなかった。おっと、これはなかなか難攻そうだぞ、とわたしは悟る。


 幸い、彼の職場は喫茶店の近くでその後もよく来店してくれたから、話しかける機会は何度もあった。わたしはさりげない会話の中に、これまで培ってきたありとあらゆるモテテクを詰め込んだつもりだ。だというのに彼は一向にわたしの特別な好意に気づく気配は無く、わたし達の仲は店員と常連さん以上には発展しない。


 やっと連絡先を聞けたのだって、つい先日のことだ。彼がガラケーからスマホに変えたというので、設定を手伝うついでにと、わたしの方から聞いた。


 その連絡先に初めて送るメッセージは、やはり無難な方が良いのだろうか。ほんとはデートに誘ってみたい。でも、相手は休みも定まらない忙しい人なのだ。下手に誘って気を使わせるのも悪いし、なにより予定が合わないと何度も断られたら、わたしの勇気が挫けてしまう。そもそも、いきなり二人っきりで逢いたいなんて言ったら引かれてしまうのでは?


 ぐるぐると思考が空回りする。まるでトラップだらけの迷宮に迷い込んだみたいだ。どっちに進めば正解なんだろう。ああ、わたしにもうちょっと踏み出す勇気があれば良いのに。昔はもっと積極的に攻められていた気がするんだけど。かつての怖いもの知らずな自分は、どこに行ってしまったんだろう。


 わたしはふと思い立って、Twitterの画面を開くと検索欄に“勇者と繋がりたい”と打ち込んでみた。広いネットの海のどこかに、無謀で勇敢だったかつての自分を探して。


 検索に引っかかった中で真っ先に目に付いたのは、“#異世界勇者と繋がりたい”というタグだった。その呟きの内容を読んで、クスッと笑みが漏れる。ヴァイス=リヒターなんてアカウント名と相まって、すごく中二くさい。プロフィールを覗いてみれば、呟いている履歴はこれだけだ。スマホを買ってもらったばかりの中学生が、調子に乗ってこんな事を呟いているんだろうか。


 でも実際のところTwitterで繋がっている人なんて、顔や名前どころか年齢や性別すらも分からない人ばかりだ。お互い交わることのない世界で生きて生きているのだから、みんな異世界の住人と言ってもおかしくないのかもしれない。ヴァイスさんはヴァイスさんの世界で、きっと本当に勇者なんだろう。それならわたしだって、わたしの世界では勇者だと名乗ろう。


「気軽に絡んで下さい」と書いてあるんだからと、わたしは軽い気持ちで返信を打つ。




 ***




 しばらくしてかえってきた意外と真面目な返信を読んで、わたしは彼を諦める事を想像してみた。途端に、胸にぽっかり穴の空いたような喪失感を感じる。考えるだけで涙が出そうだ。


 この恋を忘れて無かった事にできる時期なんて、もうとっくに過ぎている。もう手遅れだ。


 引き返せないなら、前に進むしかない。ぐずぐずしていて“ただの友達”の位置に収まってしまえば、そこから踏み出すのもまた難しい。それにもう、積もり積もったこの“好き”を我慢するのも苦しくなってきた。恋は病というがその通り。好きを我慢するのは体に悪い。


 わたしはすぐさまヴァイスさんに返事を送ると、Twitterの画面を閉じる。そしてその勢いのままに彼へのメッセージ画面を開いた。思えば、生真面目でどうしようもなく鈍いあの彼に対して、遠回しに“好き”を伝えようとしたのが悪かった。彼にも間違いなく理解できるように、はっきり正直に、わたしの気持ちを教えてあげようじゃないか。


【白井さん。突然ですが、これまでずっと言えなかった事をお知らせします。わたしはあなたのことが好きです。大好きです。念のため言っておきますが、これは恋愛感情の“好き”です。ご了承ください】


 送信ボタンを押した後、わたしはベットに倒れこんで枕を抱え込み、一世一代の勇気を振り絞った反動に身悶えた。




 ***




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 @ヴァイス=リヒター


 ヴァイスさんに引き返せと言われて気づきました。わたし、このダンジョン攻略だけは諦められないです……!

 だから勇気を出して前に進みます! どんどん攻めます! 勇者らしく!


 次のリプは攻略成功のご報告になるよう頑張ります(*´ー`*)



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 ♡ヴァイス=リヒターさんがあなたの返信をいいねしました。





***@沈黙を聴く者(2018/07/30 08:25)***






●4分33秒の慟哭


 @ヴァイス=リヒター


すみません、勇者じゃないんですが、アドバイスもらいたくてリプしました!‬

実はつい先日、俺は超能力に目覚めてしまったんです。いえ、これは“聴能力”と言うべきでしょうか…‬

覚醒してからというもの、俺の耳にはこれまで聞こえなかった助けを求める声が絶え間なく届きます。勇者として立ち上がるべきでしょうか?‬


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●ヴァイス=リヒター


 @4分33秒の慟哭


リプ嬉しいです〜

なるほど、超能力者ですか。他人と違う能力を持ってしまったからこその葛藤ですね。

しかし勇者になれるかは、正義のために戦う勇気を持てるかで決まるのだと思います。能力の有無ではなく、行動できるかどうかです。


私は4分33秒さんがそちらの世界で勇者として活躍されるのを楽しみにしています! なんか偉そうに言ってすみません(ー ー;)




***




 最初に異変に気がついたのは、登校中のことだった。バスの中で音楽を聴いていた時だ。

 なんとなく、イヤホンの右側から聴こえるドラムの音がこもっている気がした。なんというかプールの後に耳の中に水が入ってしまった感じだ。よく聞き取れない。


 その時はイヤホンが壊れたのだと思った。せっかく奮発して高いのを買ったのに、たった半年で壊れちまった、とイライラしながら両耳からイヤホンを引っこ抜く。小さく舌打ちをする。


 ああ、憂鬱だ。


 学校に行くのが面倒だった。授業はダルいし、友人とつるんでいてもその時は楽しいのだが、盛り上がった後に妙に虚しくなる。アイツらと同じレベルで騒いでいる自分が馬鹿らしい。最近はどうしてか、事あるごとにそう思ってしまう。


 俺は、いわゆるスクールカーストでいえばトップにあるグループの一員だ。仲間はみんな似合いもしないのに髪を染めたり、だらしなく制服を着崩したりしているような連中ばかり。それぞれ自分だけのスタイルを貫いているつもりだろうが、周りから見たら俺たちのグループほど没個性な集団もないだろう。ちょっと粋がった程度の悪い中坊たち、田舎によくいる不良の一団。学校の外に出れば、そんな風に認識されているだけに違いない。かく言う俺だって、間違いなくその一員なのだが。


 だけど、俺は少なくとも自分の事を客観的に見れている。ダサいのを自覚しているだけ、アイツらよりはマシだ。


 どれだけ面倒だと思っていても、バス停に降りた俺の足は刷り込まれた習慣に従って、重たい気持ちと体を学校へと運んでいる。俺はしぶしぶ下駄箱で靴を履き替えると、かかとの潰れた上靴を引きずりながら、ダラダラと廊下を歩いた。


 あぁかったるい。始業前の校内の騒がしさに、とうとう耳鳴りまでしてきた。俺は不機嫌な表情のまま、うるさい馬鹿笑いが漏れ聞こえる教室の乱暴にドアを開ける。


「お、後藤。おはぁ」


 教室に入ると、思った通り騒いでいたのは俺たちのグループだった。その内の一人、誰かの机の上にあぐらをかいている横田が俺に向かって片手を上げる。


「どーした、めっちゃ顔怖いぞ」


「……イヤホン壊れた」


 俺が仏頂面で答えると、横田は大げさに仰け反って叫んだ。


「マジで!? サイアクじゃん!」


 そして、さも名案を思いついたとでも言うように、ぱちんと手を打つ。


「あ、じゃあさ、前川に頼めばいーんじゃね?おーい前川!」


 横田の呼びかけに、教室の隅にいた男子生徒がビクリと反応した。しきりにメガネの位置を直しながら、「な、何かな、横田くん」とか細い声で問い返す。


「なーに、話聞いてなかったの? だからね、後藤のイヤホンが壊れちゃったの。で、前川はいいの持ってただろ?」


「え、あ、うん」


 前川は自分の爪先あたりにウロウロと視線を彷徨わせながら、微かに頷く。


「イヤホンは持ってるけど……」


「でしょ? あ〜もう、全部言わなきゃわからんの? 物分かり悪すぎ。なぁ前川、お前なんかがそんないいイヤホン使ってて恥ずかしくならん? そーいうの、分不相応っていうの。後藤に使ってもらった方がいいと思うでしょ?」


 俺は、言い返す事もせず俯いたままもごもご呟くだけの前川に大股で近寄る。そしてそのカバンの前ポケットから、さっさとイヤホンを抜き取った。まったく、いつもそんなうじうじした態度でいるから、こんなふうに俺たちのイジメの標的にされてしまうのだ。素直に渡さなければ、もっと酷い目にあわされる事くらいは分かるだろうに。本当にコイツは昔っからどん臭い。


「もらってくぞ」


「ごっちゃん……」


 前川が昔のあだ名で俺を呼び、丸い目にうっすら涙を浮かべる。しかし俺はわざと大きく舌打ちして黙らせた。コイツの言葉なんて聞きたくない。コイツと俺が仲の良い幼馴染だった頃を思い出させる声なんて、一切耳に入れたくなかった。


「わ〜前川くんやさしー。良かったな、後藤」


 俺は、ニヤニヤして囃し立てる横田に取り上げたイヤホンを軽く掲げてみせると、会話の輪には入らずに自分の席へ座った。


 横田たちは相変わらず、前川の事をネタにして盛り上がっている。キモいとかウザいとか、聞こえよがしに他人の悪口で爆笑して、あれで周囲を威嚇しているつもりなのだ。まぁ実際その効果は抜群で、俺たちのグループに表だって逆らおうとする奴はこのクラスに誰もいない。


 俺は耳栓代わりに前川のイヤホンを耳へ押し込むと、机に突っ伏して目を閉じた。小さい頃から変わらない、前川のなさけない泣き顔が眼裏から離れない。もう何も考えたくない。誰の声も聞きたくない。



 ……そう思っていたら、ほんとに片耳が聴こえなくなってしまった。



 前川からイヤホンを取り上げたその日あたりから、うすうすおかしいと気づいてはいた。しかし、まさか自分の耳が聴こえなくなったなんてこと、到底受け入れられなかった。今日はちょっと調子が悪いだけ、明日には良くなっているはず、と自分に言い聞かせ続けている内に1月以上経ち、とうとう異変に気がついた母親に病院へ連れて行かれた時にはもう手遅れになっていた。


「突発性難聴だなぁ。なんでもっと早くに来なかったの」


 俺を診察した医者は、低くて聞き取りにくい声で何度も言った。


「すぐ来てくれたら何とかできたのに。自分のSOSに真っ先に気づけるのは自分なんだからさ、それに気づかないふりしちゃいけないでしょ。気をつけてよ」


 ずっと病院に行くのを避けていた俺だが、それでも何の根拠もなく医者にかかれば治るものだと思っていた。しかしそんな楽観的な考えを粉々に打ち砕かれ、俺はしばし呆然自失となる。今更「気をつけて」なんて言われても、もうどうしようもないじゃないか、と診察室の外まで付き添ってくれた若い研修医に八つ当たりをし、威圧的な笑顔の看護師たちに個室の休憩所へ連行されたところでやっと少し落ち着きを取り戻した。片耳が聞こえないという事実は受け入れ難かったが、もう片方の耳には問題がないのが救いだった。上手く振る舞っていれば、周囲にはそれと悟られずに済むだろう。



 ところが、事は思惑通りには運ばなかった。翌朝の朝礼で、俺の耳の事はクラス全員に知れ渡る事になる。


「片耳が聞こえないというのは、とても不安で辛いことも多いと思います」


 自分の善意が正しい事を疑いもしない表情で、担任教師は教室全体に向かって俺の気持ちを勝手に代弁する。


「後藤くんが困らないように、みんな協力してあげましょうね」


 教師から向けられる憐憫の表情が屈辱だった。そして何より、同級生たちの俺を見る目がどう変わるのか、それが一番怖かった。


 その日から、俺は周囲の視線に対して人一倍過敏に反応するようになった。幸い、片耳が聞こえないとバレてもクラス内における俺の地位が目に見えて変わる事はなかったが、俺の粗野な言動に向けられる非難じみた視線の中に時おり侮蔑の色が混じっている気がしてならなかった。聴こえないはずの右耳には、絶えず幻の声が聞こえてくる。


(「ねぇ見てよ、虚勢張っちゃってさ。ヒソヒソ」)

(「ダサいよね。ヒソヒソ。ばっかみたい」)

(「ちょっとやめたげなよ。……ほら、仕方ないでしょ?」)


 そのうち俺は気がつく。聴こえない耳に聞こえる声は、全部自分の心の声だ。強がっている自分と本来の自分とのギャップが大き過ぎて、精神が軋んでいる音だ。

 それが、自分が自分に発したSOSなのだとなんとなく察してはいたが、だからといって学校という集団の中でうわべを取り繕うのはやめられない。周囲の目を気にせず行動できる奴なんて、何も考えてない馬鹿か怖いもの知らずの勇者か、その両方かだ。



 だから俺は今日も教室で、いつも通り机の上に足を投げだしながらいかにも不機嫌そうにスマホをいじる。見ているのは最近ハマり始めたTwitterの画面だ。お互いの声も表情も分からない文字だけの世界は、現実と比べてずっと居心地が良い。しかし、一通り興味のあるものを見終わってしまうとやる事がなくなった。だからといって横田たちの会話に加わるのも億劫だったので、今度は思い浮かんだキーワードで適当に検索をかけて暇をつぶす。そして俺は、“勇者 恐怖”と検索して出てきた呟きの一つに目をひかれた。


 “#異世界勇者と繋がりたい”?


 アニメか何かのキャラになりきって会話でもするつもりなのだろうか。しかし“繋がりたい”って言ったって、こんなイタイ文面に返事をしてやる奴なんていないだろう。

 俺は誰にも反応されずに流されてしまいそうな呟きを可哀想に思って、興味本位で返信を送ってみる。





 ***




 家に帰ってTwitterを確認してみると、思わぬ真面目な返事が来ていて驚いた。俺はその内容を読んで顔をしかめる。行動の伴わない意気地なし、とけなされた気分だった。何も知らないくせに綺麗事を言うなとムカついて、スマホの画面を閉じる。しかし妙な奴に絡んでしまった事を今さら後悔しても、言われた内容は頭から離れない。


 確かに俺は、頭の中では偉そうな事を考えていたって、何一つ行動に移せない意気地なしだ。でも、馬鹿にされても黙っているような臆病者じゃない。俺は再びTwitterを開くと、ヴァイス=リヒターへの返事を打つ。今後関わる事もない見知らぬ相手だと思うと、変に素直な事を書いてしまったのがちょっと気恥ずかしい。


 返信を送り終わると、俺はスマホを置いて外に出た。そして、自分の家から歩いて5分と離れていない前川の家へと向かう。


 前川のおばちゃんには、どんな顔して挨拶すればいいんだろう。家に行くのは久しぶりだから、きっとびっくりされるだろうな。前川は俺のこと、親に話しているんだろうか。

 前川に会ったら、イヤホンを返してちゃんと謝ろう。アイツは怒るだろうか。でも結局は、顔を真っ赤にして自分が泣き出すのだろう。優しい奴だから。


 勇気と友情の先に勝利があるなんて漫画みたいな事を無邪気に信じるほどガキじゃないが、やっぱり悪役よりは勇者になりたいと思ってしまう程度には、俺もまだまだ子供なんだろう。




***




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 @ヴァイス=リヒター


アドバイスありがとうございます!

そうですよね。いろいろ考えてたところで戦わないと意味がないですよね。


次リプする時は勇者を名乗れるように頑張ろうと思います。


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♡ヴァイス=リヒターさんがあなたの返信をいいねしました。






***@とある異世界勇者(2019/02/02)***






「白井、あんまり根を詰めるなよ〜」


 夕刻、医局の長机でコピーした文献の上に覆い被さるようにして熟読していた私は、目前に置かれた湯気を立てるコーヒーに目を瞬いた。そして慌てて無造作に置かれたマグカップを持ち上げる。幸い、まだ文献にカップの水跡はついていない。


「お前、当直明けだろ。新婚さんなんだからさっさと帰りな。ほら、早く逃げないとまた救急外来が始まっちゃうぞ? 知ってるか、この病院の七不思議。5時以降うっかり医局で暇してるとな、知らないうちに自分の名前がシフトの空白に浮かび上がるんだ……」


 飄然とそんな本気か冗談か分からない事を言うのは、白衣をまといふっくらした頰に渋い笑みを浮かべる壮年の男だ。


「赤木先生。今日は先生が当直ですか」


「そゆこと。やだよね〜週末の当直。何が嫌って、世間のこの浮かれた雰囲気が。なーにがプレミアムフライデーだ。酔っ払って怪我するやつがわらわら来るじゃん? 外科医を当直にしろよ。俺は内科医だっちゅうの」


 そう言って赤木先生は自分の分のコーヒーを口に含むと、苦い、と言って顔をしかめた。


「お疲れですね」


 研修医仲間たちの話では、どうも最近内科は“大物”続きで大忙しだったらしい。私は机のペン立ての中に大量に突っ込まれているシュガースティックを3本取って、珍しく不機嫌そうな赤木先生に差し出しす。先生はそれを受け取るやいなや、まとめて開封して粉薬を飲むかのごとく一気に口の中へ流し込んだ。しばらくジャリジャリと味わったあと、甘い、と不満そうに呟く。


「コーヒーに入れればいいのでは?」


「分かってないね、白井は。ぜんぜん分かってない。苦味や甘味はこうやってダイレクトに脳へ伝えなきゃ、眠気も疲れも取れないの。 混ぜたりしたら効果半減よ?」


「そんなデータがあるんですか。勉強不足でした」


 そう返すと、赤木先生は感嘆とも溜息ともつかない声を出した。


「白井は真面目だなぁ。今は何を読んでたの?」


「若齢人工内耳の症例について詳しく知りたくて」


 私は手元の文献を見せる。


「あ〜……白井が殴られかけたあの片耳難聴の男の子? でもあの子、片耳は健常だったよね? へぇ、人工内耳希望なんだ? 手術するの?」


「いえ、そうじゃないんですけど適応例ではあるので。状況を改善できるような手段は、とにかくいろいろ提示してあげたいんです」


 私の言葉に赤木先生は納得したように頷くと、しみじみと言った。


「そういうマメなとこ、俺は内科医に向いてると思うんだけどなぁ。ねぇねぇ、今からでも内科においでよ。白井は絶対いい内科医になるよ」


 目をギラつかせながら私に迫る赤木先生に苦笑する。外科の先生に言わせれば、私の真面目さは外科に向いている事になるだろう。今はどこも人手不足でとにかく人が欲しいのだ。


 しかし、赤木先生には悪いが私は内科に移る気は全くない。


「……私、小さい頃から勇者になるのが夢だったんですよね」


「へ? 勇者?」


 私の言葉に、赤木先生は急に何を言い出すのかと訝しげな表情を浮かべた。


「ええ。ある漫画の主人公に憧れて。今でも行き詰まった時は、漫画を読んで勇気を出すんです」


「へぇ〜。白井みたいなタイプって、漫画とか読まないのかと思ってたよ。『そんな幼稚なもの読みません』って言いそうじゃん? 勇者とかに憧れちゃうんだ〜意外だわ〜」


 私が漫画を好きだと言うと、みんな同じ反応をする。なんだか周囲の期待を裏切っているような気がして、これまでは自分の趣味をあまり口外できなかった。しかし最近は気負いなく口にする事ができる。妻が「“好き”を我慢するのは体に悪い!」と言うからだ。



「勇者といえば、剣を片手に魔物と戦うものでしょう? メスで病魔と戦える外科医は、私の理想に一番近いんですよ」





※この作品はフィクションです。実在の人物や団体などとは一切関係ありません(*゜▽゜)ノ

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