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9:宝石が作る偽装の思い出

 

 リドリーの屋敷はいかにも裕福層の豪邸といったもので、正面口の噴水やあちこちに設けられたオブジェは来客を歓迎しつつ、それでも来るものに裕福さを誇示しているように思えてならない。柱にも窓枠にも細かな掘り込みがされており、墓場の小屋しか知らないカティナはまるで別世界に迷い込んだような錯覚さえ覚えていた。

 アルフレッド曰くリドリーの屋敷は王宮に次ぐ豪華さで、これほどまでの屋敷は国中探しても二つと無いらしい。

 それでいて広さも細かな装飾も王宮を超すほどのものでもなく、二回りほど規模が小さい。あくまで『王宮に次ぐ』でしかないのだ。アルフレッドが呆れるように「小心者のあの男らしい屋敷だよ」と肩を竦めた。


 そんな屋敷の正面口に馬車を停めれば、出迎えのメイドが訝し気に屋敷から出てきた。等間隔に配置された警備も平静を装っているが横目で馬車を伺い続け、何かあれば行動せんと構えているのが分かる。

 そんな警戒の中、アルフレッドが馬車から降りてメイドへと向かっていった。何か話しているのだろう、元より怪訝な色合いのメイドが更に眉間に皺を寄せ、次いでアルフレッド越しにチラとカティナに視線を向けてきた。


「……あちらの方は?」

「俺の連れだ」


 アルフレッドが断言してもいまだメイドはカティナを凝視してくる。値踏みされるようなその視線は妙に気分が悪く、カティナは帽子を目深に被って視線から逃げることにした。

 造花の髪飾りを弄るのは「私は視線に気付いていませんよ」と取り繕うためだ。白々しいかもしれないが、値踏の視線を見つめ返すよりマシだろう。

 そうしてしばらくアルフレッドがメイドと話し、最後に何かを彼女に手渡した。その途端にメイドが「どうぞこちらへ」と屋敷へと促してくるのだから、これには流石にカティナも察しが付くというもの。

 おおかた宝石を一つか二つ手渡したのだろう。屋敷の主が主なら、そこに仕える者も同レベルということだ。



 屋敷の中に通されれば、中は更に豪華を極めた造りになっていた。まず最初に目に着くのは出迎えるように設けられた肖像画、所狭しと装飾品が置かれ、一歩踏み込んだだけでリドリーという男の性格が分かる。

 そんな中を歩き、客室に……と告げかけたメイドが何かに気づいて足を止めた。次いで深々と頭を下げる。

 カティナがつられるように彼女の視線を追えば、廊下の端から男が歩いてくるのが見えた。

 肖像画の男だ。随分と恰幅が良く、質の良い布と金糸の糸で仕立てられた上着は装飾品が多く余計に彼を大きく見せる。歩くたびに贅肉と髭を揺らし、こちらに気付くと「おや」と能天気な声を上げた。


「そちらは客人か?」

「リドリーおじさん、久しぶりです」


 メイドが話しだす前にアルフレッドがリドリーに声を掛け、彼に近付いていく。朗らかな声色と笑顔はまさに気さくな好青年といったものだが、対してリドリーは警戒の色を見せている。

 いったい誰だ? とでも言いたげな表情だ。現にアルフレッドが握手を求めるように片手を差し出しても応えることはなく、「久しぶり……?」と怪訝そうに呟いた。

 覚えが無いのだろう。アルフレッドの頭から足先までを品定めするように見ている。


「嫌だなおじさん、忘れちゃったんですか? アルですよ。小さい頃はお世話になりました」

「……小さい頃?」

「急に王宮に行きたいなんて言ってすみません。王宮にツテがある人なんておじさんしか居なくて。でも俺もカルティアも、リドリーおじさんに会うのを楽しみにしていたんです」

「……アルとカルティア」


 己の記憶を引っ繰り返すかのようにリドリーが二人の名前を――偽名を――口にする。だがその表情が明るくなることは無く、より眉間に皺が寄せられるだけだ。

 当然だろう。彼の知り合いである『アル』と『カルティア』など存在しないのだ。いかにリドリーが記憶を辿ろうと、存在しない相手との記憶は蘇りようがない。

 だからこそリドリーの表情がいっそう険しくなるが、決定打を口にする前にアルフレッドが強引に彼の手を取った。ピクリとリドリーの眉が揺れる。


「俺達、王宮に行きたいんです」


 リドリーの手を強く掴み、アルフレッドが彼の瞳を見据える。頼みごとを口にしている割に口調ははっきりとしたもので、まるで取引を持ち掛けているかのようではないか。

 ……いや、事実持ち掛けているのだろう。現にリドリーはアルフレッドの手を放すとチラと己の手の中を見て、嬉しそうに瞳を細めた。やんわりと彼の瞳が歪み、口元も弧を描いて髭が動く。

 それを見たアルフレッドがゆっくりと己の鞄へと視線を落として彼の視線を誘うのは「まだ持っている」と訴えるためだ。


「あぁそうだ、アルとカルティアだったな。随分と大人になって見間違えたよ」


 そう告げてリドリーが笑い、まるで友人を相手にするかのようにアルフレッドの肩を叩いた。次いで背後で訝し気にやりとりを聞いていたメイドと警備を下がらせる。

 それを聞いてメイドと警備があっさりと退くあたり、きっとこの屋敷においてはよくある事なのだろう。


「王宮に行きたいんだったな。丁度良い、今から私も向かうところだ。数日滞在することになるから、君達の部屋も用意してもらおう」

「王宮に? 良いんですか?」

「なに大丈夫だ。……ただ少し入り用になるかもしれないがな」


 何がとは口に出さず、それでいてほんの一瞬アルフレッドの鞄に視線をやり、リドリーが己の髭を撫でる。

 勿体ぶった口調、僅かに見せた物欲しそうな視線、それらが意味していることなど誰だって分かるだろう。アルフレッドが意図を察すると共に蠱惑的に笑い、頷いて返した。

 これで取引成立である。ここに何も知らぬ、そして酷く鈍感な者がいれば、このやりとりを微笑ましい再会とでも思っただろうか。

 アルフレッドが感謝を示すため片手を差し出せば、彼の細い指の隙間からキラリと美しい青が光った。なにかなど考えるまでも無く、リドリーもまた嬉しそうにその手を掴む。


 なんて白々しい。


 そうカティナが心の中で呟くも彼等に聞こえるわけがなく、リドリーが通り掛かりのメイドに一言告げて歩き出した。手渡されたばかりの指輪をはめて満足そうに笑みながら。

 アルフレッドがそんなリドリーの後を追い、カティナもまたそれに続く。

 その途中チラとアルフレッドに視線をやれば、気付いた彼が小さく笑った。片目を眼帯で覆っていなければウィンクでもしてきそうな表情、「上手くいっただろ」と小声で告げてくる声はどことなく楽しそうだ。


「長旅の直後で悪いが、休むのは王宮についてからにしてくれ」

「大丈夫です、ずっと馬車でしたからそんなに疲れてませんよ」

「そりゃ良かった。休ませてやりたいところだが、こっちも用があってあまり時間がないんだ。まぁ王宮につけば多少はゆっくりも出来るだろ」

「むしろすぐに王宮に連れて行って貰えるのは有り難いくらいです。……俺もあまり時間がないからな」


 最後にポツリと、リドリーには聞こえない小さな声でアルフレッドが呟いた。

 その声は朗らかな好青年とは思えないほどに低く、どこか冷えきって聞こえる。田舎からリドリーを頼りに訪れた『アル』ではなく、己の死因を辿るために王宮に再び戻らんとする『アルフレッド』の声だ。

 唯一その声を聞き取ったカティナは彼に寄り添うと共に、そっと白く細い手を取った。




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