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【完結】墓守カティナは蘇りの王子と革命の夜の悪夢を辿る  作者: さき


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40:おやすみのキスを


「……ジル様」

「カルティア、今夜は来てくれてありがとう」


 抱き着いたまま上機嫌でジルが髪を撫でてくる。随分と嬉しそうで、これがジル相手でなければ酔っぱらいに絡まれていると判断されてもおかしくない程だ。だが相手はジル、周囲の者も咎めることもカティナを助けることも無く、苦笑と共に肩を竦めるだけで通り過ぎてしまう。

 そんなジルはしばらくカティナの頬や銀の髪を撫で、最後に一度耳を擽ると「おやすみ、カルティア」と就寝の挨拶を告げてきた。

 その立場ゆえ、彼女はまた食事会に戻らなければならないらしい。あっさりと解放されて思わずカティナが安堵の息を吐いた。良かった……と心の中で呟く。

 彼女に触れられた緊張が程よく酔いも醒ましてくれ、思考が先程より幾分はっきりとしてくる。

 だが次の瞬間カティナが赤い瞳を丸くさせたのは、ジルが片手を差し出してきたからだ。白い肌の左手、ピンクのマニキュアが塗られた指が誘うようにカティナの目の前で揺れる。


「どうしました?」

「別れの挨拶をして、カルティア」

「別れの? ……あぁ」


 そういうことか、とカティナが納得し、差し出されるジルの左手を取った。

 女性らしく柔らかですべらかな白い肌、彼女も酔っているのだろうかほんの少し体温が高い。そんな手を取りゆっくりと己の方へと促し、僅かに身を屈めると共にしなやかな指先へと唇を寄せた。

 ……念のため実際には触れず、寸前で僅かな隙間を作る。ただの真似事だ。

 だがそれでも満足したのか、ジルが「ありがとう」と礼を告げて笑う。

 無邪気な笑顔だ。本当に嬉しそうで、そして愛しそうに見つめてくる。それを見てカティナが苦笑し、これで挨拶も終わったと彼女の手をそっと戻そうとし……、


「おやすみ、美しいカルティア」


 という彼女の言葉と指の動きに、再びカティナが目を丸くさせた。

 ジルの左手、薬指が唇に触れたからだ。むにと柔く押し、その感触を楽しむように数度指の腹を押し付けてくる。

 確かこの指は……とカティナが自分の口元で遊ぶ指を見るも、近すぎてうまく焦点が合わない。視界の隅で肌色の手が動くのが見えるだけだ。その動きに合わせて、唇がむにむにと押される。

 口に入れるでもなく、それでも離れることはない。まるでカティナの唇で遊んでいるかのような動きだ。


「……ジル様、あの」

「カルティアは唇も綺麗」

「くち……まさかそんなところまで褒められるなんて……」

「こんな可愛い唇にキスを贈られたんだもの、きっと今夜は良い夢が見られるわね。……あら、アルが戻ってきたわ」


 小走り目にこちらに向かってくるアルフレッドの姿を見つけ、ジルがさっとカティナの口から手を離した。最後に一度むにと唇を押してくるのは、きっと彼女の悪戯心だろう。

 どうやらアルフレッドには就寝の挨拶をする気はないようで、ジルは彼を待たずに「じゃあね」と終いの言葉を口にしてしまった。


「それじゃカルティア、おやすみなさい」


 クスクスと笑いながら愛でるように瞳を細め、ジルがドレスの裾をふわりと揺らして踵を返して歩き出す。突然現れたと思いきや、好きに愛でて去っていく、相変わらずな自由奔放さだ。

 そんな彼女の後姿を、カティナは軽く頭を下げて見送った。




 アルフレッドと共に部屋に戻り、ドレスを脱いで部屋着に着替える。

 ジルと話したことで酔いは若干冷めてきてはいるが、部屋に戻ってきた安堵で今度は疲労感が湧いてくる。息苦しいコルセット、豪華だが重いドレス、そのうえ慣れない食事会で情報集め、これで疲れないわけがない。

 そのうえ靴も普段履いているものと違い、ドレスに合わせて用意された細いヒールのあるものだった。自然と力が入っていたのか足が痺れに似た疲れを訴えてくる。


「ドレスはもう着たくないや……」

「綺麗だったのに残念だ」


 ドレス姿のカティナを思い出しているのか、それとも今のドレス疲れでぐったりしているカティナを愛でているのか、アルフレッドが笑いながら水の入ったコップを差し出してくる。

 受取って一口飲めば、冷やされた水がまるで酔いを覚ますように喉を通っていった。浮遊感と疲労が水と共に流れるように鎮まり、代わりに記憶が鮮明になっていく。


「俺がいない間に姉さんと話をしてたみたいだけど、大丈夫だったか?」

「うん、特に変わったことは……あ、でも」


 ふと先程のジルとのやりとりを思い出し、カティナが己の唇に触れた。

 普段通りジルに撫でられ、そして左手へのキスを求められた。日頃ジルがアルフレッドやリドリーに求める挨拶だ。それをカティナにも……と考えるのはなんともジルらしい話である。

 周囲に居た者も疑問を抱くことなく、美しいものが好きなジルによる普段通りの過剰なスキンシップと見ただろう。誰もジルを止めることなく、それどころか彼女の邪魔をするまいと素知らぬ顔で視線すら向けずに通り過ぎて行った。

 だけどあの時ジルの手は……。そうカティナが考えを巡らせながら呟けば、アルフレッドが問うように顔を覗き込んできた。その瞳が、眼帯を外し晒された深緑色の両の瞳が、緊迫感を伴ってカティナを見つめてくる。


「姉さんの手が、どうしたんだ?」

「最後に会った時だけ、ジルの手が……」


 素肌だった。

 そうカティナは言いかけ、話の途中でコホと咳き込んだ。

 続く咳に慌てて口を押さえる。喉が引きつるような不快感。それを吐き出させようと咳が続くが、不快感が増して息苦しさを覚えるだけだ。

 呼吸がままならない。落ち着かせるために息を吸っても、ヒュッと軽い音が漏れるだけで碌に空気を吸えない。まるで喉に蓋をされたかのようだ。


「大丈夫か?」

「の、喉、が……」

「カティナ、おいカティナ!」


 異常を察したアルフレッドが表情を強張らせて腕を伸ばしてくる。

 その腕に抱きかかえるように支えられ、ようやくカティナは自分が倒れかけていたことに気付いた。

 視界がぐらりと揺れる。意識が地面に吸い込まれるようで、真っすぐに立っていても世界の傾きが止まらない。

 だがそれを伝えようにも喉から出るのは声にもならない掠れた声と、小さな空気が漏れる音。……そしてコポと溢れた血だ。

 アルフレッドが目を見開き、カティナの名を叫ぶように呼ぶ。

 だがそれも今のカティナには遠く感じられ、意識が次第に虚ろになっていく。


「カティナ、カティナ! 待ってろ、直ぐに戻ってくる!」


 カティナの体をソファーに横たえさせ、アルフレッドが部屋を出ようとする。

 だがその動きは、ドアノブを掴む直前に響いたノックの音でピタリと止まった。はめられた、そう唸るアルフレッドの声は随分と低い。


「そうか、これが……さいごまでエスコートか……」


 ゆっくりと開かれる扉の音と、悔し気なアルフレッドの声が被さる。

 それを聞き、カティナがどうしたのかと声を掛けようした。だが引きつる喉では碌に声は出せず、揺らぐ視界が体を動かすことすら許してくれない。緩慢な動きで腕を動かし、頬をソファーに擦りつけるようにして顔を動かすのがやっとだ。

 そんなカティナの視界に映り込んだのは、扉の隙間から見えるメイドの姿。

 カティナがドレスを脱ぐのを手伝うようジルに命じられたという彼女は、説明の途中でソファーに倒れるカティナの姿を見つけ一瞬にして顔色を青ざめさせた。次いでアルフレッドへと向き直り、数歩後退る。

 違う、そうカティナがメイドを宥めようする。だが喉から出たのは声ではなく血だ。それを見てメイドが小さく悲鳴を上げ、近くを通りかかった騎士に助けを求めた。


 また倒れている、と。

 今度はカルティア様が、と。


 恐怖が蘇ったと言わんばかりのメイドの悲痛な声に、彼女がアルフレッドの遺体を一番に発見したメイドなのかとカティナが考える。

 そんなメイドは騎士に縋りながらも、恐怖の視線を室内へと……アルフレッドへと向けた。


「アル様……」

「違う、俺じゃない! 早く誰か医者を呼んでくれ!」


 自分を疑うより先に医者をとアルフレッドが訴える。

 だが部屋に駆けつけてきたのは彼が望む医者ではなく、事態を聞きつけた騎士達。

 その中にはレナードの姿もあり、彼は部屋の中の光景を見ると表情を険しくさせ、アルフレッドに対し剣を抜こうとする仲間達を制止した。手荒にするな、抵抗しないならば捕えるだけにしろと。この状況で彼が出来る最大の擁護だ。

 なにせこの状況……パーティーを終え部屋の主が室内で倒れているというこの状況、まさにあの夜の通りなのだ。変わったことと言えばアルフレッドがカティナに入れ替わっただけで、それを見つけるメイドまで同じだというのだから、焼き直しとさえ言えるだろう。

 これでアルフレッドを疑うなという方が無理な話だ。とりわけ、アルフレッドはリドリーを頼って田舎から来たと身分を偽っている。騎士達が警戒を露わに囲むのも無理はない。


「ちが、う……」


 カティナが声を上げようとする。だが喉から出る掠れた声は彼等には届かず、騎士達が剣の柄に手を掛けてアルフレッドとの距離を詰める。アルフレッドの一挙一動を見張り、不穏な動きを一つでもしたら切りかからんばかりではないか。

 それを止めようとするも声が出ず、呼吸が苦しくなる。心臓が痛いくらいに脈打ち、体中の血が沸騰したかのように全身が熱い。

 苦しさで胸を掻きむしりたいのに体が動かず、ゆっくりとカティナの意識が薄れていく。

 そんな中、


「カティナ!」


 と、聞きなれた声が響き、ひやりとした空気が突風のように室内に舞い上がった。



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