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【完結】墓守カティナは蘇りの王子と革命の夜の悪夢を辿る  作者: さき


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39:甘いお酒と就寝の挨拶

 

 声を掛けてきた令嬢の他にも数人が加わり、各々がかつて交わしたアルフレッドとの交流や彼の功績を語り合う。

 その口調には偲ぶ切なさと亡き後も潰えぬ彼への敬意が見え、いかにアルフレッドが慕われていたかが聞いているだけで伝わってくる。



 そうして食事会は進み、劇団の奏でる音楽が静かな音色に変わると共に終いの気配が漂い始めた。

 誰もが皆アルフレッドを偲び亡き彼へと感謝を告げ、トリスタンに未来を託し、そしてジルに今宵の礼を告げて帰路へと着く。その顔はまだ切なさを宿してはいるものの、それでも隠すことなく彼を惜しむことが出来たと言いたげでどことなく晴れやかだ。

『この王宮は少し空気を換える必要があるわ』

 そう話していたジルの言葉を思い出す。確かに彼女の言う通り、今宵の食事会で王宮内に出入りする者達の気持ちは救われただろう。

 明日からまた赤に染まるとしても、そこにカティナが初めて来たときに感じた息苦しい違和感は消えているはずだ。

 だけど……。


「カルティア、大丈夫か?」


 礼を告げられ微笑んで返すジルを眺めていると、横から声を掛けられた。

 アルフレッドが心配そうに顔を覗き込んでくる。

 別れて以降彼はカミーユやトリスタンをはじめとする様々な者達に声をかけられ、あまり共に居られなかった。せいぜい一言二言交わす程度で、また別の者に呼ばれ……と、先程告げられた言葉についてどころか碌に話も出来なかったのだ。

 だが(カミーユ)王子(トリスタン)がアルを気にかけているのだから、他の者達も彼に興味を抱くのは当然だろう。とりわけアルの中にはアルフレッドの面影があり、それを見つけた者は懐かしさを胸に彼と話をしたがる。アルフレッドの追悼の場なのだから尚の事だ。

 そしてそれを、第一王子ではない一介の来賓が断れるわけがない。


「すまないカルティア、なんだかあちこちから声を掛けられて」

「いいよ、私も他の人と話をしてたし。それに、ジルとも……」

「そうか、姉さんとも話したのか。そうだよな、あの姉さんがこんな場でカルティアを放っておくわけがない。……大丈夫だったか?」

「うん、でも少し眠いかも……」


 浮遊感に似た眠気がする、そうカティナが目をこすりながら訴えれば、アルフレッドが一瞬目を丸くさせた。次いで何かに気付き、しまったと言いたげに額を押さえる。

「酒か……」という彼の呟きに、カティナが首を傾げた。その動きもまたふわりと思考が揺らがせる、今までにない感覚だ。


「姉さんは機嫌が良くなると人に酒をすすめるんだ。かなり飲まされたみたいだな」

「そっか、あれお酒だったんだ。皆飲んでたし、それに甘いからお酒じゃないかと思ってた……」

「甘い酒もあるんだよ。カルティア、今まで酒を飲んだ事は?」

「あの墓地にそんな嗜好品が届くと思う?」

「……そうだな。すまない、俺が気を付けるべきだった」


 己の落ち度だと自らを責めるアルフレッドに、カティナが何か言葉を掛けようとし……ふわと欠伸をこぼした。

 思考が揺らいで考えがはっきりとしない。これが酔いというものなのだろうか。以前ギャンブルが酒を飲みながらの賭け事は至高と話していたが、こんな定まらぬ思考でよく賭け事など出来るものだ。

 そうカティナが考えていると、アルフレッドに手を取られた。冷たい彼の手が今夜はいつも以上に心地好い。


「カルティア、部屋に戻ろう」

「まだ大丈夫だよ」

「少し休んだ方が良い。それに話したいことがある」

「話……。そうだ、さっきの言葉……」


 別れ際に耳打ちされた言葉を思い出し、カティナが問うと共に顔を上げる。だが途中で話を止めたのは、アンバーとジルがこちらに歩いてくるのが見えたからだ。

 その身分ゆえ絶えず周囲から声を掛けられ真っすぐにとはいかないが、それでも二人は話を終えるたびにこちらに視線を向けて歩いてくる。

 そうしてようやく辿り着くと、アンバーが心配するようにカティナの顔を覗き込んできた。隣に立つジルも困ったような表情を浮かべ、カティナの髪を撫でてきた。


「カルティア、少し顔が赤いわね。大丈夫?」

「ごめんなさいね、カルティアが美味しいって言ってくれたから、嬉しくなってつい飲ませすぎちゃったわ」

「ジル様のお酒、あれは甘くて美味しいけど強いから……。アル、貴方も飲んだ?」


 アンバーに問われ、アルフレッドが頷いて返す。

 曰く、他の者達と話している最中にたまたまジルが話に加わり、その時に彼女秘蔵の酒だと振る舞われたのだという。

 だが「確かに強いお酒でしたね」と話す彼の口調に酔った様子はなく、それを聞いたジルが良かったと安堵した。


「アルまで酔ってしまったらどうしようかと思ったわ。ねぇアル、カルティアを部屋まで連れていってあげて。少しそばに居てあげた方がいいかもしれない」


 お願いね、とジルに頼まれ、アルフレッドが頷いて返した。

 そのうえ手を引いて部屋まで連れていってくれとアンバーが告げてくる。まるで病人のような扱いではないか。

 それに対してカティナがそこまで酔っていないと訴えたが、皆が肩を竦めるだけで誰一人として聞き入れてくれない。それどころかアルフレッドが困ったように笑いつつ、酔っぱらった者ほど「大丈夫」と言うものだと教えてくれた。

 それを言われてはカティナとしては黙るしかない。酔っていないと訴えれば訴えるほど酔っぱらっていると見なされるなんて酷い話だ。

 だが試しにと頬を押さえてみれば、ほんのりと熱くなっているのが手に伝わってきた。この熱が顔に出て赤らんでいるのなら、彼等が休息を強いてくるのも頷ける。


「確かに、酔ってるかもしれませんね。おとなしく部屋に戻って休みます」

「そうした方が良いわ。アル、お願いね」


 最後に一度カティナの銀の髪を撫で、ジルが片手をアルフレッドへと伸ばす。

 別れの挨拶を強請っているのだろう。意図を察したアルフレッドが彼女の手を取る。深緑色の瞳を細めて同色の手袋で覆われた手にキスを贈る彼の姿に、ジルが満足そうに微笑んだ。

 彼女も酔っているのか、それとも酔わせてしまった責任を感じているのか、「さいごまでカルティアをエスコートしてあげてね」と念を押してくる。

 それをカティナはふわふわとした意識で聞き、挨拶を終えたアルフレッドに促されつつ会場を後にした。





「アル、ねぇ待って!」


 と声を掛けられたのはそれから少ししてから、アルフレッドに手を引かれながら通路を歩いている最中のことだ。

 見ればアンバーがこちらへと小走り目に駆け寄ってくる。

 いったい何があったのか、アルフレッドもカティナも、その場に居合わせた者までもが不思議そうに彼女に視線をやった。

 間に合って良かったと僅かながら息を荒くする姿は普段のアンバーらしくない。彼女もまた酔っているのだろうか、はたと我にかえると照れ臭そうに笑いドレスの裾を整えて誤魔化した。


「ごめんなさいね、はしたないところを見せてしまったわ」

「いえ、酒の席ですから。それよりアンバー様、何かありましたか?」

「陛下が明日の昼食にアルを誘いたいって仰っていたの」

「陛下が?」

「えぇ、もし予定が無ければカルティアも一緒にって。急で申し訳ないんだけれど、出来れば今返事をもらえるかしら?」

「是非ご一緒させて頂きます。それなら直接陛下にお伝えした方が良いかもしれないですね。カルティア、少し待っててくれるか?」


 大丈夫かと尋ねてくるアルフレッドに、カティナが頷いて返す。

 まだ意識はふわふわとしているが、この場で待つことぐらいならば出来るだろう。

 そう返せば、断言出来ないあやふやさが不安を誘ったのか、アルフレッドが「本当に大丈夫か?」と怪訝そうに顔を覗き込んできた。


「心配しすぎだよ。顔は赤いかもしれないけど、ちゃんと返事も出来てるでしょ」

「そうか……それなら行ってくる。アンバー様、陛下のところに案内して頂いてもよろしいですか?」

「えぇもちろん。きっとお喜びになるわ」


 着いてきて、とアンバーが踵を返す。

 その際に告げられる「おやすみカルティア」という言葉は、まるで長年の友に贈るように穏やかで優しい。それどころか、酔を見せるカティナを愛でている色さえ見える。

 カティナもそれに微笑んで返し、去っていく二人を見送った。



 そうしてうとうとと微睡む意識をなんとか繋ぎ止めつつアルフレッドの戻りを待つ。

 だが彼が戻るより先に、


「カルティア、見つけた」


 と上機嫌な声と共に背後から抱きつかれた。

 深緑色の手袋が肌に触れる、視界の隅で金の髪が揺れる。クスクスと笑う声は上品でいてどこかあどけない。

 振り返るまでもない、ジルだ。





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