38:深緑色に染まる追悼会
深緑色の正装を纏い金細工の花を胸に刺した楽団が軽やかに音楽を奏で、深緑色のドレスコードに従った者達が穏やかにアルフレッドを語る。今夜ばかりは全てが深緑色に満たされ、金糸の髪を模した金の飾りが優雅に輝きを放つ。
招かれた者の中にはトリスタンを支持するため赤を纏う事に罪悪感を抱いていた者も少なくないのだろう、表情に安堵の色を浮かべる者もいた。ようやく表立ってアルフレッドを偲べると、彼を想って話ができる……と、追悼の場でありながらもどこか晴れやかな空気が漂っている。
そうして皆が口にするのは、アルフレッドがいかに優れた王子であったかだ。
彼は才知に溢れ聡明で、そして分け隔てなく接する親しみのもてる王子であった……と。
「兄上は異母兄弟の私にもとても優しく、姉さんやアンバーと打ち解けられたのも兄上がいてくれたからだ。それに数え切れないほどのことを私に教えてくれた。今でも決断の時には必ず兄上の言葉を思い出すようにしているんだ」
そう語るのはトリスタンである。
今夜は深緑色の正装を纏い、普段の赤とはまた違った印象を与える。胸元で輝く飾りは金と赤の鎖があしらわれており、きっと兄弟の絆を示しているのだろう。
そんな彼の姿が見ていられないのか、アルフレッドが僅かに瞳を細めた。
この会場に溢れた深緑色の瞳。今夜はトリスタンから借りた同色の正装を纏っており、ジルが用意させたという同色の眼帯には金の刺繍が施されている。華やかで、まるで王子様と言った出で立ちだ。
だがその表情は切なさが浮かび、労るようにトリスタンの名を呼んだ。
「お二人の仲が良かったこと、俺も話に聞いています。互いを支え合える理想的な兄弟だったと……」
「そうか、そう思って貰えていたなら嬉しいな」
アルフレッドのアルとしての言葉に、トリスタンが嬉しそうに返す。
彼の隣に立つアンバーもまた穏やかな笑みを浮かべ、トリスタンや周囲の昔話に頷いて相槌を打っている。
「アルフレッドは昔から優しくて気が利いて、何より美しかったのよ」
興奮気味に話すのはジルだ。
アルフレッドの事を語り、そしてトリスタンとアンバーに対し得意気に胸を張り、
「二人共、幼い頃のアルフレッドを見られなかったのは残念ね」
と冗談めかしている。なんともジルらしい話ではないか。
トリスタンとアンバーがこれには「また始まった」と顔を見合わせ肩を竦め、周囲も苦笑を浮かべている。
きっとここにアルフレッドが居れば、全く姉さんはとぼやきながらジルを咎めたことだろう……いつものやりとりだと皆が笑う。
「アルフレッドは幼い頃から本当に綺麗で、生まれた時は神様からの贈り物に違いないと思ったわ。毎晩神様に感謝していたの」
周囲の呆れをジルが気にするわけがなく、彼女はうっとりとしながらアルフレッドを語り続け……次いでカティナと視線が合うとはたと我に返るように息を呑んだ。
「カルティア、大丈夫よ。貴女も十分に綺麗だわ」
「突然なんですか?」
「ちゃんとカルティアも箱にしまってあげるから、嫉妬しないでね。綺麗な箱で、生花も造花もたくさん飾りましょう」
「きょ、今日はアルフレッド様のための食事会ですから、アルフレッド様の話をしましょうよ」
突然話の矛先が己に向き、カティナが慌ててジルを制止する。
なんて自由奔放なのだろうか。これは堪らないとカティナが一礼して場を去っていく。クスクスと笑い声が聞こえるのはアンバーとトリスタンのものだろうか。
アルフレッドがカティナに続き輪を離れたのは、きっと今からジルがいかに生前のアルフレッドが美しかったかを語ると察したからだ。カティナと違い、アルフレッドはアルとして聞かなければならずジルを止めることが出来ない。
ゆえに今が逃げ時と考えたのだろう、参ったと言いたげなアルフレッドにカティナも同感だと頷いて返す。
「追悼の食事会となればあの自由奔放さも控えめになるかと思ったが、甘かったみたいだな。まさかあんな恥ずかしげもなく褒めるなんて……」
「それだけアルフレッドの事が……アルフレッド様の事が大好きだったんだよ」
「だけど限度がある。カティナって恥ずかしかっただろ? あんな堂々と『カルティアも箱に』なん、て……」
「……アルフレッド?」
話の最中にアルフレッドが足を止めた。
何かあったのか、彼の眉間に皺がより、考えを巡らせるように深緑色の瞳が揺らぐ。
一瞬にして険しくなったアルフレッドの表情に、カティナがどうしたのかと顔を覗き込みながら腕に触れた。
「カルティア……も……」
「アル、どうしたの? アルフレッド?」
周囲に聞かれないよう、カティナがアルフレッドの名前を呼び直して彼の袖を引っ張る。
それでようやく我に返ったのか、険しかった表情をはたと普段通りのものに戻し、まるで考えを払うかのように小さく頭を振った。落ち着きを取り戻したいと言いたげに深く息を吐く。
「ねぇ、どうしたの? 大丈夫?」
「いや、大丈夫だ。……少し引っかかることがあって」
「引っかかること?」
いったい何だとカティナが問おうとし……「アル様」と声を掛けられて慌てて振り返った。
見ればレナードがこちらに近付いてくる。彼もまた今夜は黒の騎士服ではなく深緑色の正装を着ており、普段とはまた違った厳格さを纏っていた。
「陛下がお呼びです」
「俺を?」
「えぇ、少し話がしたいと仰っています」
アルフレッドにとっては父との話だ。だが今は一国の主カミーユと田舎出の来賓アルでしかなく、アルフレッドが「身に余る光栄だ」と冗談めかして笑った。
だがその表情には僅かな緊張と切なさが感じられる。だが自分の父と共に己を追悼するのだ、複雑でしかないだろう。
「カルティアはどうする?」
「私は他の人の話を聞いてみる」
「そうか、それじゃ後でまた合流しよう。……それと」
ふとアルフレッドが何かを言おうとし、周囲に聞かれまいと考えたのか身を寄せてきた。
何かあったのだろうか、そうカティナが尋ねようとし、
『…………には気を付けろ』
と、耳元で囁かれた声に赤い瞳を見開いた。
「アル、それって……」
「一応、念のためだ」
「でも、なんで?」
聞いた言葉が信じられないとカティナがたどたどしく尋ねる。それに対してアルフレッドが周囲を気にするように数度視線をやり、話し出そうと口を開いた。
だが次の瞬間、まるでそれを遮るように「アル」と声を掛けられてしまう。見ればリドリーがこちらに手招きをしている。
きっとカミーユのところへ行けということなのだろう。レナードもそろそろ時間切れだと言いたげに「お急ぎください」と急かしてくる。
なにせ相手はカミーユ、他でもない一国の主なのだ。
本来であればどんな用事であっても放って直ぐに駆け付ける相手である。むしろ一国の主を蔑ろにして話を続けるなど、無礼だと咎められかねない。
「カルティア、戻ってきたら話をしよう」
「……うん、わかった」
「レナード、待たせてすまない」
行こう、とアルフレッドがレナードに告げる。
アルフレッドがカティナに耳打ちした言葉はレナードには届かなかったようで、それでもどこか怪訝な表情を浮かべている。だがアルフレッドに急かされると頷いて返し、これ以上カミーユを待たせられないと少し足早に歩き出した。アルフレッドがそれに続く。
そんな二人の後ろ姿を、残されたカティナは見送るように見つめ……「カルティア様」と声を掛けられた。
振り返れば、見覚えのある令嬢。昨日アンバーが開いた昼食会を共にした令嬢だ。
「カルティア様もいらっしゃったのね。少しお話をしませんか?」
そう友好的に話しかけられれば無下にも出来ず、カティナは最後に一度アルフレッドの去っていった先を一瞥し、「喜んで」とカルティアらしく返事をした。




