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【完結】墓守カティナは蘇りの王子と革命の夜の悪夢を辿る  作者: さき


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36:喪に服す赤


「いっそ『死んでせいせいした』って言えるくらい不仲なら良かったかもな」


 そう話すアルフレッドに、カティナが何か言おうとし……そっと彼の腕を擦った。何と言っていいのか分からない、それでも「そうだね」等と肯定するのは違うと分かる。

 かといって無理に慰めればきっとその瞬間に彼の強がりは崩れてしまうだろう。無理して笑おうとしているのが分かるからこそ、必死の強がりを無下にはできない。

 だからこそ何も言わず腕を擦ってやれば、アルフレッドが小さく笑った。「大丈夫だよ」と返す声には切なさしかなく、到底そうとは思えない。


「俺が殺されたのは事実だ。そしてもうどうしようもない。そうだろ?」

「うん……」

「それならせめて俺を殺した犯人を突き止めたい。もしも犯人が家族やこの国を危機に陥れようとしているなら事前に防げるだろ。……それが最後の孝行で罪滅ぼしだ」


 悲痛な色を隠すように苦笑を浮かべて話し、アルフレッドが歩き出す。

 その間際にポツリと漏らされた「孝行になればいい」という言葉は、己を殺した犯人が親しい者である可能性を考えてのことだろう。

 もしそうであれば、残された者達にはより辛い事実を突きつけることになる。


「複雑なところだな。生前の思い出や家族のことを考えれば、犯人は全くの無関係、俺が目当てではなく無差別だったなら良いと思う。けどそれじゃもう一度死ぬのは不可能だ。それに、俺もさすがに浮かばれない」

「そうだね。でも……」

「あぁ、身内でも後味が悪い。結局のところ、俺は誰かに殺されたのは間違いないからな」


 誰が犯人であろうと、そして犯人を突き止めようと、アルフレッドが死んだ事実は覆せない。

 万々歳の大団円なと望めないのだ。そうカティナは考え、そっとアルフレッドの手をとった。

 ひやりとした白い手に指を絡める。


「カティナ?」

「どんな結末でも、アルフレッドは私が慰めてあげる」

「……そうか、カティナがいるなら俺は大丈夫だな」


 アルフレッドが苦笑を浮かべる。多少は気が晴れてくれたのだろうか、答えるように手を握り返してきた。


「ギャンブル伯が『死にたては生前のことを引きずるが、100年経てば嘆く気も無くなる、200年経てば生前を誇り、500年にもなると自分の死因すら笑い話に出来る』って言ってたから、きっと辛いのも100年だよ」

「……そこまで開き直るのもなぁ」


 それもまた複雑なところだとアルフレッドが肩を竦める。

 次いで繋いでいた手をそっと解いてきた。きっと人目を気にしているのだろう。現に、聖堂に近付くに連れて人の行き来が多くなってきた。


「俺としては、カティナから繋いでくれた手を放すなんてしたくないんだけど、普通は親戚同士でも手を繋いだりはしないだろ。……普通は」

「普通は、って?」

「誰かさんは例外ってこと」

「あぁ、ジルのことね」


 人目があろうと無かろうと綺麗だと誉めちぎり髪やら頬やら触ってくるジルを思い出し、カティナが苦笑を漏らした。

 彼女は生前のアルフレッドをたいそう愛でていたという。となればきっと、終始アルフレッドに付き纏い、金の髪や深緑色の瞳を誉めそやしその美しさを堪能していたに違いない。

 もちろん彼女のことだから人目を気にすることなく。


「どこだろうといつだろうと、お構い無しに散々褒めて撫で回してくれたよ。パーティのたびに姉さんから逃げ回ってた」

「ジルらしいね」

「トリスタンやアンバーの事も気に入ってはいたんだけど、俺の色合いが一番姉さんの好みだったらしい。二人からよく『標的が自分じゃなくて良かった』って言われてたな」

「アルフレッドと私が墓地に居るって知ったら、ジルも墓地に来たがりそうだね」

「そうなったら墓地を華やかに飾ろうとするかも」

「シンシアあたりは喜びそうだけど、あんまり落ち着かなさそうだなぁ……」


 薄暗いあの墓地がジル好みの絢爛豪華に……。今一つピンとこないとカティナが首を傾げれば、アルフレッドが笑いながら聖堂の扉を開けた。

 ギィ……と重苦しい音が静かな聖堂に響く。その音に気付き、祭壇前にいた人影が僅かに揺らぎ、次いで振り返った。

 ふわりと髪が揺れる。淡い色合いの花束で埋め尽くされた聖堂の中、赤いドレスは一際目を引く。

 アンバーだ。昨日と同じように彼女は祭壇前に佇み、カティナを見ると柔らかく微笑んだ。


「おはようカルティア、今朝はアルも一緒なのね」

「おはようございます。アンバー様は今朝も……毎朝いらっしゃってるんですか?」

「えぇ、朝と夜は必ず来てるの。きちんと挨拶をしようと思って……」


 せめてこれくらいは、と小さく呟き、アンバーが祭壇へと視線を向ける。

 そこは今朝も変わらず美しい花で溢れかえっており、アンバーが手元の花束を一つ撫でた。

 自分で持ってきた花束だろうか。今朝も彼女は片腕にだけ黒いバラのブレスレットを付けており、花束に触れてカチャリと微かな音をたてた。


「こんな真っ赤で派手なドレスを着ながら言っても信憑性は薄いかもしれないけど、アルフレッド様の事は本当に心から慕っていたのよ」

「アンバー……さま」


 以前のように彼女の名を呼びかけ、アルフレッドがはたと我に返ると切なげに敬称を付けた。

 もしもアルフレッドとして接することが出来たなら、今すぐにアンバーを慰めていただろう。

 だが今の彼はアルでしかなく、アルフレッドは祭壇の下で眠っているのだ。事実は違えど、アンバーはそう信じている。


「アルフレッド様の件が解決する間もなく、もうトリスタン様に媚びを売って……そう思われても仕方ないわね。私だって我ながら打算的な女だと思うわ。アルフレッド様が知ったら、こんな女だったのかと幻滅するかもしれない」

「そんなっ……!」


 アルフレッドが声を荒らげ……そして己が『アル』でしかないことを思いだし深い溜息を吐いた。

 そんな彼を案じてカティナがそっと腕をさすれば、大丈夫だと苦笑で返された。見ていて胸が痛む笑みだ。だが己の死を嘆き自責にかられる婚約者を目の前にし何も言ってやれないのだから、彼の胸が痛むのも当然である。

 アルフレッドとアンバーの仲が良好だったのだから尚更だ。愛が無くとも信頼はあり、そして信頼があったからこそアンバーは赤いドレスを纏う自分に自虐の念を抱いているのだ。

 そんなアンバーに対し、アルフレッドが宥めるような声色で話しかけた。今度はアルとしてだが。


「そんなことありません、きっとアルフレッド様は理解してくださる。そう俺は信じています」

「……アル」

「アンバー様がトリスタン様を支えていること、だからこそ今この国が平穏を保っていられること、アルフレッド様ならば分かるはずです。幻滅どころか、きっと感謝していると思います」

「……そうね、私もそう願ってる」


 目尻を指先で軽く拭い、アンバーが祭壇を見上げた。

 ステンドグラスから日の光が降り注ぐ。眩しいのか、それとも掛けられたアルフレッドの肖像画を見て懐かしんでいるのか、彼女の瞳が僅かに細められた。


「周囲には仲睦まじいと言われていたけど、アルフレッド様は私のことを愛しては居なかったの。彼が求めたのは愛する伴侶ではなく、自分と共に国を支えられる女性だったわ」

「アンバー様、それは……」

「良いのよ、知ってたから。彼の心は別の場所に、私の知らない誰かのところにあった。初めて顔を合わせた時から気付いていたわ」


 誰かは分からないけど、とアンバーが苦笑混じりに肩を竦める。

 彼女が言う『別の場所の誰か』とは墓地の墓守(カティナ)の事だろうか。確認するようにカティナが隣に立つアルフレッドを見上げれば、視線に気付いた彼が少し困ったように笑った。


「だから私もアルフレッド様を一人の男性ではなく、この国の未来の王として見てきたわ。愛ではなく尊敬を抱いて、彼に次代の王妃として選ばれたことを誇っていた」


 男女の愛は無かったが、互いに志を共にし尊敬し合っていた。

 そう語るアンバーの口調に躊躇いも戸惑いもなく、”才知ある女性”として”王の隣で国を支える王妃”に選ばれた事が誇らしい、そう訴えている。二人の関係は政略結婚としか言えないが、その政略はこの国の命運でもあるのだ。

 これは並大抵の名誉ではない。そして愛が無いことに嘆くでもなくこの名誉に気付き誇りを抱く女性だからこそ、アンバーが選ばれたのだ。

 そうしてアンバーは手元の花束を撫で、「だから私……」と続けた。


「だから私、アルフレッド様が亡くなった時トリスタン様を支えようと考えたの。彼が一人の男として私を選んでくださっていたなら泣いて棺に縋って喪に服したけど、そうではないから」

「だから真っ赤なドレスを……」

「えぇそうよ。アルフレッド様が亡くなられた今、この混乱に乗じてと良からぬことを企てる者が出かねない。それを私は絶対に許しはしない、トリスタン様を次代の後継者に立て、この国に付け入る隙も混乱も何も起こさせない」

「アンバー様……」

「アルフレッド様はこの国を支えるパートナーとして私を選んでくださった。だからアルフレッド様亡き今、私はトリスタン様とこの国を支えるの」


 彼が自分を選んでくれたから、そう語りつつアンバーが身に纏うワンピースを見下ろした。

 片手で優雅に揺らす。真っ赤な布が翻る様は美しく、その色濃さが彼女の凛とした気高さをより強固なものにしてている。

 トリスタンの赤だ。次期後継者になる彼を支えると決めた、その決意を示す赤でもある。

 喪に服す黒とは違う。だがこれもまたアルフレッドを想ってのこと。そんなアンバーに、アルフレッドが惜しむようにその名を呼んだ。


「アルフレッド様も、貴女を選んで間違いはなかったと……そう仰ってくれると俺は思います。女性に向ける愛は無くても、この国を愛する気持ちは貴女と共にあった……」

「……ありがとう。不思議ね、アルに言われるとまるでアルフレッド様に言われているみたい。やっぱり似てるのかしら」


 アンバーが穏やかに笑う。その表情はどこか切なげだが、これ以上弱音は吐くまいとしているのが分かる。

 先ほどの言葉もアルの中にアルフレッドの面影を見て吐露してしまったものなのだろう。「今の話、内緒にしてちょうだい」と照れくさそうに笑う彼女は既に普段の表情に戻っている。

 これが次期王の婚約者、アルフレッドが国を託すために選んだ女性……。そう考えれば、彼の選択に間違いは無かったと分かる。

 そうして彼女は余裕を感じさせる穏やかな笑みを浮かべ、「二人共、また夜に」と告げて去っていった。


 扉へと向かう彼女の歩みに迷いはなく、先程までの弱さもない。真っ赤なドレスが優雅に揺れ、その歩みの気高さに拍車を掛ける。

 カティナはそんなアンバーの姿が扉の奥に消えていくまで見届け、見えなくなるとそっとアルフレッドの震える腕をさすった。




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