31:絢爛豪華な追悼会
「食事会?」
カティナが首を傾げたのは朝のことが片付いて数時間後、改めて招待されたジルとの昼食会でのことである。
カティナの隣にはアルフレッドも居り、彼もまた不思議そうに話の主であるジルを見つめている。
「こんな時だからパーティーなんて開けないけど、せめてと思ってね」
「そんな、アルフレッド様が亡くなったばかりなのに……」
不謹慎という言葉こそオブラートに包んでカティナが訴えれば、ジルがほんの少し困ったように笑いゆっくりと首を横に振った。
金の髪がふわりと揺れ、緩やかに巻かれた毛先が優雅に遊ぶ。黒く豪華なドレスは彼女の美貌をより引き立てており、肩周りを覆う同色のレースがきめ細かな肌を透かしどことなく蠱惑的な印象を与える。
「こんな時期だからよ。この王宮は少し空気を変える必要があるわ」
「……でも」
「俺は良い案だと思います。もしもアルフレッド様が話を聞けば、きっと賛成されることでしょう」
アルフレッドが紅茶を片手に告げれば、同意を得られたとジルがパッと表情を明るくさせた。
「そうでしょ!」と嬉しげな声は弾んでおり、瞳も輝き出す。一瞬前までの優雅な気高さは興奮に上書きされ、今すぐに立ち上がり語りだしかねない程だ。
「アルフレッドが贔屓にしていた楽団を呼んで、好きだった料理を並べて、そうしてみんなでアルフレッドの思い出話をするの。ドレスコードは勿論アルフレッドの美しい瞳の色よ」
あれこれと語るジルの口調は楽しそうで、興奮の度合いを示すように頬が少し上気している。
まるでアルフレッドの誕生日パーティーの計画を練っているかのようではないか。とうてい追悼会の話をしているとは思えない。
そんな彼女を眺め、カティナが小さく笑みを浮かべた。考えてみれば、これほどジルらしい話はない。きっと彼女にとって、華やかさこそがなによりの弔いなのだ。
豪華な会場で、美しく着飾り、そして思い出を語り合い故人を偲ぶ。眩いその場は不謹慎と言われかねないが、主催がジルならば話は別だ。
豪華で美しくあればあるほど、彼女がどれだけアルフレッドを想っていたかが分かる。
そして偲ぶ場が設けられれば、各々の立場に囚われて悲しみにも思い出にも暮れることの出来ない者達も救われるだろう。
なにより、アルフレッドが――たとえアルとしてでも――同意したのだ。ならばいったいどうして否定する必要があるというのか。
「明日の夜を予定しているの。急な話だけど、是非カルティアとアルも来てちょうだい。ドレスやスーツはこっちで用意するわ」
「明日の夜?」
そんな急に、とカティナとアルフレッドが顔を見合わせる。
それに対してジルは肩を竦め「止められてたのよ」と不満げに告げた。
曰く、ジルはカティナに会うや直ぐに追悼会に誘おうとしたが、アンバーとレナードがそれを良しとしなかったらしい。
おかげでギリギリになったと不貞腐れるように話すジルに、カティナが苦笑を浮かべつつ宥めた。余所者を――それもリドリーが連れてきた余所者を――警戒するレナードとアンバーの気持ちが分からないわけでもないが、今はジルの味方をしておいた方がいいだろう。
現に、カティナが宥めればジルの機嫌はすぐに直ってしまった。
「気を悪くしないでね。あの二人、頑固なの」
「いえ、こうやってお招き頂けたということは、アンバー様から信用されたということでしょう。気を悪くするなんてとんでもない」
「そう言って貰えると助かるわ。ドレスもスーツも私が用意するから、二人とも採寸させて頂戴ね。特別な日だもの、カルティアに素敵なドレスを用意してあげる」
深緑色の布に金の糸を使って、銀の髪に金の髪飾りを添えて……と再び夢心地で語り出すジルに、カティナが圧倒されるようにただコクコクと頷いて返した。
「華やかに追悼とは、姉さんらしいよ」
「確かに。静かに地味に追悼……なんてジルには似合わないね」
そう二人で話し合う。
場所は自室、あの後さっそく興奮冷めやらぬジルに連れだされ、彼女指揮のもと採寸を取られ、ようやく解放されて今に至る。
元より昼食が遅く、その後も追悼会の話を含めて雑談していた。さらに体の隅々まで採寸をとられたのだ、全て終えた今は既に夕刻に差し掛かっており、大分遅くなったが休憩がてらお茶でもしようか……と話していたところで紅茶とケーキが運ばれてきたのだ。
メイド曰く、トリスタンとアンバーからだという。
まるでどこかで見ていたかのようなタイミングではないか。そのうえ「ご苦労様」という労いの言葉付き。
きっと彼等はジルの暴走を予測していたのだろう。そして予測した上で止められないと諦め、せめてとケーキと紅茶を贈ってきたに違いない。
困ったように姉の奔放さを謝罪するトリスタンと、参ったと苦笑しつつ彼の隣に立つアンバーの姿がケーキ越しに見えてきそうだ。
「採寸なんて初めてしたよ。今からドレスって作れるものなの?」
「いや、無理だな。でも姉さんのドレスが山のようにあるから、その中から選んでサイズを直すんだろう。俺も、きっとトリスタンの服だ。……さすがに、故人の服は着させないだろうし」
サイズは合っているんだけど、とアルフレッドがクツクツと笑う。
亡き王子の服を一介の客が着るなど無礼どころではない。だがそれを他でもない亡き王子本人が言うのだから、悪趣味もいいところだ。
思わずカティナが呆れと共に溜息をつく。もしもここに事情を知るレナードが居れば、呆れを通り越して額を押さえていただろう。
「俺の服はどうでもいいが、カティナが俺のために俺の瞳と同色のドレスを着てくれるのは嬉しいな」
「私が?」
「あぁ、きっと似合う」
深緑色のドレスを纏ったカティナを想像しているのか、アルフレッドが嬉しそうに笑う。己の追悼式の話をしているとは思えないその表情はまさに夢見心地で、思わずカティナが苦笑を浮かべた。
自分のドレスで彼がそれほどまでに喜ぶとは思わなかった。
「ドレスなんて着たことないけど、上手く動けるかな。コルセットが苦しいってシンシアがよく言ってたけど……」
「少しくらいなら緩くしてもらえるよ」
他人事だからか、もしくはまだ夢心地なのか、アルフレッドが楽し気に話す。
彼もまた正装を纏うが、男用の服ならばドレスほど重くも苦しくもないだろう。もちろんだがコルセットは着けない。
それを考え、カティナが「アルフレッドは良いよね」と拗ねるように唇を尖らせて訴えた。
思い出されるのは、コルセットがいかに苦しく、そしてどれだけの労力でウエストを絞り上げるかというシンシアの熱弁。その話を聞く女の亡霊達は深く頷き、対してヘンドリックやギャンブルを始めとする男の亡霊達はそれほどまでかと圧倒されていたのだ。
そんな苦しいコルセットを着けて、そのうえ苦しいと悟られないように優雅に振る舞わなくてはいけない……これはなんとも難易度が高い。
カティナにとって、遺体を動かすのと同等と言えるかもしれない。
「でも、一度くらいならドレスを着てみるのも良いかな」
「そうだな。人ならざるものになる前の、人間としての最後の思い出には華やかでちょうどいい。俺も正装の着納めだな」
「着納め……」
アルフレッドの言葉に、カティナが彼を見る。
今でこそ田舎出の青年を演じているが、彼はこの国の第一王子。正装を纏うことなど常だったはずだ。
煌びやかに着飾った者、豪華なドレスの令嬢、そんな者達に囲まれて絢爛豪華な王宮で過ごす。一流のシェフが作った料理、何不自由のない生活、全てが華やかで眩い……。それが彼の世界だった。
そんなアルフレッドを、墓地に連れていっていいのか?
あの暗い森に囲まれた墓地で、華やかさの欠片もない黒いローブを着て。生きている人間なんて誰一人としていない、ひんやりとした空気だけがあたりを包む忘れ去られた土地。
そんな哀れでみじめで孤独な忌み子の生活に、彼を引きずり落としていいのだろうか……。
「……カティナ?」
「ね、ねぇアルフレッド、全てが終わってもアルフレッドまで墓地に行く必要はないんだよ。老いることがないからずっととは言えないけど、それでも十年くらいなら……」
アルフレッドではなくアルとしてならば、この王宮に残る方法が無いわけではない。
蓄えはある、それを元手にすればリドリーが喜んで衣食住を手配してくれる。何か不便があっても事情を知るレナードがフォローしてくれるはずだ。トリスタンやアンバーもきっと喜び、よくしてくれるだろう。
周囲の老化にこそ置いていかれるが、腕の良い化粧師を雇えば多少の老いは演出できる。少なくとも十年は誤魔化せる。
アルとしてだが、この華やかな世界に彼等と居られるのだ。
そうカティナがたどたどしく話せば、言い終わらぬ内にアルフレッドが「カティナ」と名を呼んできた。
彼の深緑色の瞳が真っすぐに向けられる。眼帯を外した今、両の瞳は熱を宿したかのような真剣みを感じさせる。
「確かに俺の人生は華やかで大事な人達に囲まれて充実していた。これで不幸だの恵まれていないだのと言う気はない」
「なら、せめて少しくらい……」
「それでも、俺はカティナと居られるなら未練はない」
はっきりとしたアルフレッドの言葉に、カティナが小さく息を呑んだ。
彼の表情は真剣そのもので、とうてい冗談を言っているようには見えない。己の追悼会さえ冗談めいて話すのに、今だけは茶化すこともはぐらかすことも許すまいと瞳で訴えているのだ。
「カティナ、俺は君に人としての人生を捧げると言った」
「……うん」
「あの言葉に変わりはない。俺の本心だ。……だけど、今改めて言い直させてもらう」
アルフレッドがジッと見つめてくる。
何を言われるのか分からず、カティナがただ黙って彼の瞳を見つめて返した。深緑色の瞳に吸い込まれそうで、自然と鼓動が早まっていく。
そうしてカティナが待てば、アルフレッド口を開き……、
「カティナ、始めて君を見た時から、俺の人生も命もずっと君のものだった」
そう、はっきりと告げてきた。




