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【完結】墓守カティナは蘇りの王子と革命の夜の悪夢を辿る  作者: さき


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29/45

29:墓守カティナは〇〇なのか

 

 レナードと別れ、聖堂へと向かう。

 ジルとの約束まではまだ時間がある、聖堂を眺めて何か探ることぐらいは出来るだろう。収穫が無くても『朝から亡き王子を偲んで聖堂に足を運んだ』と周囲が知れば多少なり信用に繋がるはずだ。

 そう考え聖堂への扉を開ければ、ギィと軋みの音が響く。それと同時に、祭壇の前に立っていた二人が揃えたように振り返った。

 先客だ。人がいる事など考えてもいなかったが、第一王子が弔われている聖堂なのだからむしろ人がいて当然だろう。

 片方は今日も真っ赤なドレスに身を包むアンバー。彼女が振り返ると赤いドレスの裾が揺れる。

 その隣に立つのは金糸の髪の男。年はアンバーより二周り近く上か、彼女の父親と言っても差し支えない年齢だろう。壮年に分類される男性だ。

 そんな二人はほぼ同時に目を丸くさせた後、入ってきたのがカティナだと確認するとアンバーが「おはよう」と穏やかに微笑んだ。


「貴女もアルフレッド様に挨拶をしに来たのかしら?」

「は、はい……。おはようございますアンバー様」


 凛としたその声に、カティナがはたと我に返るとあわてて頭を下げた。

 まずは声をかけてきたアンバーに朝の挨拶を告げる。彼女は穏やかな声色でそれに返し、次いで隣に立つ男へと視線をやった。

 カティナもまた頭を下げたまま男を伺う。金糸の髪、優しそうな瞳、落ち着き払った態度が畏まった正装と合わさり威厳へと変わる。

 穏やかであり、佇むだけで気品を纏う。その風貌はどことなくアルフレッドを思い出させ、カティナがより深く頭を下げた。この男を知っている、そう心の中で考えつつ。

 蘇ったばかりの記憶の中、うすぼやりとその姿が思い出される。随分とあやふやな記憶だ。だが謁見の間で確かに彼を見た。ならば、彼は……。


「陛下、彼女が先日リドリーが連れてきた者です」


 まるで仲介するかのようなアンバーの言葉に、その中でも『陛下』という単語に、頭を下げたままカティナが心の中でやはりと呟いた。

 陛下、つまりこの国の王。アルフレッドを彷彿とさせるのも当然だ。なにせ彼の父なのだから。

 名前は確かカミーユと言ったか。そう事前にアルフレッドに説明されたことを思い出す。それと同時に身構えるのは、ここで一国の主に無礼など働こうものなら、今まで築いた信用が一瞬にして崩れ去るからだ。


「話はアンバー達から聞いている。名前は確か……カルティアだったか」

「はい、カルティアと申します。ご挨拶が遅くなり申し訳ありません」


 カティナが恭しく謝罪と敬意を払えば、カミーユが頭を上げるように促してきた。気負わなくて良いと告げる口調も物腰も穏やかで、やはりアルフレッドを思い出させる。

 そのうえ「トリスタンとジルが君達を随分と気に入ったようだ」と表情を綻ばせるのだ。その瞳には愛でるような色が見える。子供達の友人、とでも思っているのだろうか。

 だがカティナが顔を上げると、その表情に僅かながら驚きの色が宿った。その表情もまた、アルフレッドに似ている。


「カルティア……。初めて聞く名だが、どこかで会ったことは?」

「いえ、お初にお目にかかります」


 記憶を辿るようにカミーユが話すが、対してカティナはそれをあっさりと否定した。

 断言する口調には迷いや躊躇いは無く、もちろん彼を騙す事への罪悪感もない。それどころか「私の演技力もなかなか」と自画自賛してしまうくらいだ。

 だが実際のところはカミーユの言う通りだ。カティナは一度彼と会っている。

 墓守になったあの日、この王宮の謁見の間で……。はたしてそれは何の為だったのか。忌み子を墓場にやることに王の許可が必要なのか、それとも単なる報告だけだったのか、今となっては会話内容も思い出せない。

 だがそれを思い出す必要もなく、そして今更確認する必要もない。そう考えてカティナがカミーユを見上げれば、彼はどこか遠くを見るかのように一瞬瞳を細め「呪い師の……」と呟いた。


「以前にカルティアと同じ髪色と瞳の子を見たことがある。名前はなんと言ったか忘れたか、年も同じくらいだろう」

「銀の髪も赤い瞳も、そう珍しいものではありません」

「そうだな。だが呪い師のところの娘だ。そのせいで……あの子には可哀想な事をしてしまった。しきたりとはいえ遠い地に一人で追いやるなど、今頃さぞや哀れな思いをしているだろう」

「哀れ?」


 カミーユの口から出た言葉に、カティナが驚いてオウム返しで問う。

 彼が話しているのは『忌み子の墓守カティナ』のことで間違いないだろう。銀の髪も赤い瞳も珍しいことではないが、一国の王であるカミーユの記憶に残る同色の者はそういないはずだ。カティナの他に、その色をもったがゆえに忌み子と呼ばれる者がいるなら別の話だが。

 なにより、呪い師の家系で赤い瞳はカティナだけである。それゆえに忌み子と言われ、墓地に置いていかれたのだ。


 だが、哀れとはどういうことだろうか。


「あの、哀れって……何ででしょうか?」

「いかにしきたりとはいえ、幼い子を誰もいない墓地に追いやることに同意してしまった。可哀想に、今も一人で暮らしているだろう」

「でも、可哀想なんて……そんな、哀れなんて……」

「アルフレッドを失って、ようやく自分が非道な許可を下したと分かった。もしも自分の息子が、あんな暗く何もない墓地に連れて行かれたら……」


 胸中が語り尽くせないのかカミーユが深い溜息を吐けば、傍らに立つアンバーが宥めるように声をかけた。墓守については初めて聞いたのか、彼女の表情には切なげな色が浮かび『遠い墓地に追いやられた少女』を憐れんでいる。

 そんな二人を前に、カティナは何も言えずただ小さく呼吸を繰り返していた。

 足下がグラリと揺れるような感覚がする。

 哀れというカミーユの言葉が頭の中で繰り返される。

 次第に呼吸が浅くなり、考えが意識ごと揺れる。

『カルティア』には無関係なこの話に、何か返さなくてはいけない。たとえ銀色の髪に赤い瞳であっても、カルティアは忌み子でもなければ墓地で暮らしても居ない、田舎のカボチャ畑から来た少女。

 そう頭で分かっているのに言葉が出ず、呼吸をするのがやっとだ。


 哀れ? 誰が? 可哀想? 自分が?


 そんなこと一度として考えなかった。むしろ墓地の亡霊達と気ままに暮らし、毎日を楽しく過ごしていると思っていた。

 王宮の煩わしい人間関係にも巻き込まれず、誰かに取り入る必要もなく、見栄も立場も何もない自由な生活。誰もいない墓地で、亡霊に囲まれて、華やかなものなど何一つなく、纏うのは黒一色のローブだけ……。

 日が落ちると共に起き出し、それすらも誰にも知られることはない。誰も来ない、誰の元にも行かない、誰も居ない。暗い森と墓石だけの世界で、とうの昔に死んだ者達と暮らす……。誰かに触れることもなく、人肌も知らず。


 そうか、これは哀れなんだ。


 事実がまるでポトリと胸に落ちたてきかのようで、カティナが小さく息を吐いた。落ちた事実が全員に満ちていく、まるで黒いインクのようだ。

 カミーユがかつて見捨ててしまった少女に――目の前に居るなどと気付くことなく――罪悪感を抱き、アンバーもまたそんな悲惨な生活を強いられている者がいるのかと悲痛な表情を浮かべている。

 同情を露わにした二人の表情を見ていられず、カティナが浅く息を吐きながら俯いた。可愛らしいスカートが見える。こんな華やかな服はあの墓地には一着として届かなかった。

 いつも黒だ。陰鬱とした森の中、いつも黒いローブを纏っていた。それしか無かったから、それが当たり前だった。

 そんな自分の姿をカティナが思い描いていると、カミーユがまるで追い打ちをかけるように、


「アルフレッドの遺体がもしもあんな所に送られていたらと思うと……。この綺麗な聖堂でゆっくりと眠らせることが出来てよかった」


 そう、深い溜息と共に呟いた。

 カティナの胸が一瞬にして跳ね上がる。それと同時に言いようのない程の息苦しさを覚え、深く頭を下げると共に逃げるように聖堂を後にした。



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