28:墓守カティナは記憶を辿るⅡ
墓地で暮らす墓守とはいえ、墓地で生まれたわけではない。
少なくとも母の腹の中にいた頃はカティナも忌み子などとは呼ばれず、生誕の日を心待ちにされていた。……はずである。今ではもう知りようが無いが。
「でも私は忌み子の赤い目をしていたから、どこかに閉じこめられて育てられた……ような気がしないでもないような、そんな感じだと思う、多分」
「あやふや過ぎませんか?」
「小さい頃のことだもん。もう誰も教えてくれないし、墓地の皆は『そんなこと忘れてしまえ』って言うし」
「墓地のみんな? あの墓地には墓守以外いないと聞いていますが」
「墓地の”亡霊の”みんな」
改めてカティナが言い直せば、レナードが僅かに目を丸くさせ、次いで深く息を吐くと共に俯いた。
「アルフレッド様が居なければ『馬鹿な話を』と切り捨てていた……」という呻きのような呟きには心労が伺える。
だがそれも仕方あるまい。亡き王子が蘇り再び死ぬために王宮に戻ってきたというだけでも、彼の理解の範疇を越えているのだ。そのうえこの亡霊話だ、彼の容量はとうに越えてしまっているに違いない。
だが事実は事実なのでカティナが亡霊のことを説明すれば、ついには頭痛にでも襲われたかレナードが額を押さえてしまった。
指の隙間から覗く眉間の皺は深く、平時でさえ厳しめな顔つきがより険しさを増している。これ以上話しても彼の中では理解よりも混乱が増すだけだろう、そう考えカティナが「それで」と話を改めた。
「小さい頃にどこかに閉じこめられてたけど、一度だけここに来たと思う。……多分、一族の人と。その後から墓地に行くようになって、置いていかれた」
「置いていかれた?」
「最初は墓地に行って帰ってきてたけど、いつからか私だけ泊まるようになって、泊まる日数が長くなって、それである日迎えが来なくなったの」
幼い子を突然墓地に置いていけばどうなるかは目に見えて明らか。いくら忌み子とはいえ、罪の無い子にしきたりを押し付け死なせるまでは彼等も非道ではなかったのだろう。
だからこそ最初は墓地での生活を教え、そして生活を覚えると墓地に泊まらせ、泊まる日を長くし……そうして徐々に慣らして最後に墓地に置いていったのだ。
そろそろ来る頃かと思っていた迎えが一向に来ず、どうしたのかと首を傾げつつ森を眺めていたのを覚えている。
もっとも、その頃すでに亡霊達と親しくしていたカティナにとって迎えは待ち遠しいものでもなく、置いて行かれたと知っても寂しさなど微塵も感じなかった。
「もう二度とあいつらは来ないだろうな」
というギャンブルの怒気を含んだ唸るような声にも「そっか」と軽く返した。むしろ今更迎えに来ても帰すものかと纏わりつくシンシアとヘンドリックを宥める方が大変だったくらいだ。
そうしてカティナの世界はあの墓地だけになった。
思い返せば、鬱蒼としたあの墓地を初めて訪れる前にこの王宮に来ていた。
余計なことは喋るなと念を押され、子供を連れているというのに足早に進む誰かに連れられて……。
はたしてあれは誰だったのだろうか。父親か?母親か? 陛下と謁見するのだから、一族の長かもしれない。
振り返ることもましてや気遣うこともない容赦のない歩み。あいにくと記憶にあるのはその早さと背中だけだ。
それも随分と朧気で、男か女かすらもよく分からない。
だがカティナにはそれを悲観する気はなく、ポツポツとつたなく灯るように蘇る記憶を懐かしむ気も起きない。
たまたま記憶が蘇っただけで、心はいつだってあの墓地にある。それ以前のことや王宮でのほんの一瞬の出来事を思い出して何になるというのか。
きっとギャンブルに話せば「早く忘れてしまえ」と言い捨てるに違いない。シンシアとヘンドリックは……面倒なことになりそうなので言わない方が良いだろう。
「でも、なんでレナードは私が王宮に来たことがあるのを知っていたの? もしかしえ会ったことある? ……亡霊の顔なら間違えないんだけど、生きてる人間の顔はちょっと忘れやすいかも」
「俺ではなく、アルフレッド様です」
「アルフレッド?」
アルフレッドの名を出され、カティナが赤い瞳を丸くさせた。
彼に会ったのは墓地で暮らし初めて数年後、突然彼が墓地を訪れたのだ。
あの時のことは今でも覚えている。こんなに綺麗な人がいるのかと、そしてこんなに優しく話しかけてくれる”生きた人間”がいるのかと驚いた。
そしてなにより驚いたのが、彼の話だ。
『カティナ、俺はもしかしたら若くして殺されるかもしれない。そうしたら俺を蘇らせてほしい。犯人を探りたいんだ。そのためなら俺の死も遺体も君に捧げよう』
君にはその力があるはずだ……と。
それを聞き、カティナは最初こそ彼の魂胆を探ろうとしたが、その瞳の真剣さを見て頷いて返した。
ジッと見つめてくるアルフレッドは嘘をついているようには見えなかった。それどころか、乞うような熱意さえ感じられたのだ。
それに、兼ねてからどうにか禁忌を侵せないかと考えていたのだ。永遠にこの墓地に居続けたいと願っていた、人間への執着など最初から欠片も抱いていなかった。
「アルフレッドの提案は私の望む通りだった。死んだ人間を蘇らせて、もう一度同じ死を辿る……。だけど、どうしてアルフレッドは私にその力があると知ってたんだろ。そもそも、なんで私のことを?」
「アルフレッド様は第一王子としての執務をこなしつつ、貴女について調べていました。ここで、貴女を見た日から」
「ここで、私を?」
「えぇ、ほんの一瞬らしいのですが……。そうか、あの時語っていたのはその時のことか……。どうりで熱意的に語っていたわけだ、すっかり騙された」
何かに気付いたのか独り言のように話すレナードに、カティナがいったい何の話だと彼を見上げた。
王宮に来たことさえ思い出したばかりだというのに、そのうえその時アルフレッドは自分を見かけていたなんて驚きでしかない。
更にレナードが「あの時」だの「その時」だのと意味深に話すのだから、カティナの頭上に疑問符が浮かぶ。
いったいあの時とはどの時か。その時とは?
アルフレッドが熱意的に話していたというのは?
だが教えてくれと視線で訴えてもレナードは応じず、それどころか「こればかりは自分の口からは言えない」とはっきりと断ってくる。
そうして「話を聞けて良かった」と終わりを漂わされてはカティナもしつこく言及出来ず、せめてと彼を見つめ続けた。
どういうわけか、レナードは晴れ晴れとした表情をしている。長年の謎が解けたとでも言いたげだ。
「アルフレッド様は自分が殺される可能性を常に示唆され、それどころか俺に死後を託してきました。ですが話す口調にも様子にも怯える様子はなく、死ぬのが怖くないのかと俺は常々不思議に思っていたほどです。だけど今日、貴女と話をしてその理由が分かった」
「……理由?」
「アルフレッド様は王宮で生きてきました。第一王子としての期待を背負い、それに応えながら。ですがきっと、心は王宮には無かったんでしょう。あの日、貴女が墓地に連れて行ってしまった」
話しつつレナードが黒い瞳をよそへと向ける。
生前のアルフレッドのことを思い出しているのか。どこか遠くを眺める彼を見つめ、カティナが続きを待った。
彼の言葉は抽象的でよく分からない。
だがレナードは今回もこれといった答えを口にすることなく、しばらく物思いに耽ったのち再び歩き出してしまった。また答えをはぐらかされてしまったとカティナが彼の後を追う。
「アルフレッド様は今が一番幸せそうです。生きている内で一番……とはもう言えないんでしょうが」
そう最後にポツリと呟き、レナードが聖堂への道を案内をしだした。
ここで別れようということなのだろう。強引な誘いから始まり、終わりもまた一方的で強引ではないか。
疑問しか残らないカティナはせめて一言いってやろうと口を開きかけ……「アルフレッド様を頼みます」という彼の深く低い声に出かけた言葉を飲み込み、ただ頷いて返すしか出来なかった。




