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【完結】墓守カティナは蘇りの王子と革命の夜の悪夢を辿る  作者: さき


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27:墓守カティナは記憶を辿るⅠ


 その夜もカティナはアルフレッドと同じベッドで眠ることにした。

 半ば強引に部屋に押し入った時こそ「さすがに今夜は大丈夫だから」と言っていた彼だが、就寝時間が近付くに連れて口数が減っていったあたり、とうてい大丈夫とは言えないだろう。

 現に、寝入って数時間経つとアルフレッドの呼吸が徐々に浅くなり、ついには呻きだした。苦しいのだろう、時折は喉元や胸元を乱暴にひっかき出す。

 額にはうっすらと汗が浮かび、カティナがそれを拭い宥めるように名前を呼んでやった。胸元を引っ掻くのを辞めさせるように手を握り、それでようやく緩やかな寝息に戻るのだ。死の瞬間は悪夢となり彼の記憶にこびりつき、相当根強く残っているのだろう。

 これのいったいどこが大丈夫だというのか。そう考えつつ彼の眠りを守り、朝日が昇る頃にようやくアルフレッドもカティナも落ち着きのある眠りにつくことが出来た。



「誰かの姿が見えるんだ。何かを話しているような、こちらに手を伸ばしているような……。だけど分からない、せめて声だけでも思い出せれば犯人が絞れるのに」


 深い溜息と共に話すアルフレッドに、ベッドから降りて紅茶の準備をしていたカティナが労るように彼の名を呼んだ。

 なんとももどかしい悪夢ではないか。全ての答えがそこに詰まっているのに朧気でしかない、それがまた彼を苦しめるのだろう。


「全てが分かればスッキリするよ。……少なくとも、もどかしさぐらいは解消出来るはず」

「あぁ、そうだな」

「それに、きっと直ぐに眠る必要も無くなる。そうしたら悪夢どころかどうやって夢を見ていたかすら忘れちゃうから」

「そうなったら、起床の紅茶はいつ淹れようか」


 少しだが表情を和らげるアルフレッドに、カティナが紅茶を差し出しつつ首を傾げた。

 確かに、眠ることが無くなれば当然だが起きることも無くなる。睡眠あっての起床である。

 となればいつ紅茶を淹れるべきか……と、そこまで考え、カティナがはたと我に返って顔を上げた。


「そもそも、紅茶なんて飲みたくなったら好きに淹れれば良いよ。今だって、私が起きるのを待たずに自分で淹れて飲んでれば良かったのに」

「今朝はカティナの番だろ?」

「そうだけど」


 確かに交互に紅茶を淹れようと言ったが、そのために待っていたのかと呆れてしまう。彼がどれだけ早く起きていたかは分からないが、今朝も身なりを整えソファーにくつろいでいたあたり、紅茶を淹れる余裕は十分にあっただろう。

 それを訴えるも、アルフレッドは答えることなく嬉しそうに紅茶に口を付け「美味しい」と表情を綻ばせた。悪夢を語る時とは一転して穏やかなその表情に、カティナも苦笑して彼の隣に腰を下ろす。



 そうしてしばらくは紅茶を飲みつつ話し……ノックの音に二人揃って扉へと視線をやった。

 アルフレッドが慌てて眼帯をつけ、カティナも彼に促されて物陰に身を隠す。アルフレッド曰く、いくら扉続きの部屋とはいえ、若い男女が片や寝起きの状態で一緒にいるのは変に思われかねない……とのこと。

 とりわけアルとカルティアは親族と言っているのだから尚の事。『親族だから仲が良い』と取られれば問題は無いが『親族にしたって仲が良すぎる』と怪しまれる可能性だってある。リドリーの連れという事で身分を偽っていることは元よりバレているのだ、更なる疑惑は避けるに限る。

 その話に、カティナは思わずなるほどと頷いてしまった。今まで墓地で亡霊達と暮らしていたカティナには、仲を疑われるような相手も居なければ、仲を疑うような人も居なかった。生きた人間との距離感が上手く掴めないのだから、当然そこからくる問題など想像出きるわけがない。


 だからこそアルフレッドに従い身を隠し息を顰めていると、彼の応じる声と共にカチャと扉が開く音が聞こえてきた。

 恭しく朝の挨拶をしてきたのは女性の声、給仕のメイドだろう。


「トリスタン様が、もしよければ一緒に朝食を仰っています」

「トリスタン……王子が?」

「はい。『急な誘いで申し訳ないが、時間があるなら是非』と」

「光栄だ。今すぐに用意しよう」


 アルフレッドの返答に、主人に変わって感謝を示すメイドの声はどことなく弾んでいる。自分の主人の願いが叶って嬉しいのだろうか、その声色からトリスタンが慕われていることが分かる。

 次いで彼女はチラと壁に視線をやった。隔てたところにあるのはカティナの部屋だ。きっとカティナが起きているのか分からず、視線を向けることでアルフレッドに尋ねているのだろう。

 もっとも、カティナは部屋にはおらず、それどころか今この室内で身を隠して話を聞いているのだが。


「カルティアには俺から話をしておく。トリスタン様との食事なら、彼女もきっと喜ぶだろう」

「いえ、カルティア様はトリスタン様からではなく、ジル様からお誘いがありまして……。少し時間は遅くなりますが、庭園で是非一緒にと仰っています」

「分かった、伝えておくよ」


 アルフレッドの返答と振る舞いは見事なもので、メイドが疑うことなく時間と場所を伝えて去っていった。彼女はきっとカティナがまだ部屋にいると、もしかしたら眠っているとさえ思っているかもしれない。

 思わずカティナが「名演技」と拍手をしながら姿を現せば、アルフレッドが肩を竦めて「生きてる人間の演技より簡単だよ」と冗談めかして笑った。




 トリスタンとジルとの朝食は、場所も違えば時間も一時間以上ずれがある。

 といってもそこに深い理由はなく、たんにトリスタンが多忙で朝食も朝の早い時間に済ませてしまうからだ。対して王女の務めこそあるものの第一王子ほど多忙ではないジルは、美しい庭園で優雅にゆっくりと……ということである。

 ゆえにアルフレッドの方が早く部屋を出るのだが、カティナもまたそれに合わせることにした。時間まで王宮内を見て回ろうと考えたのだ。

 誰かに怪しまれたら迷ったことにすればいい。「ジル様をお待たせしないよう、早めに庭園へ行こうと思ったんですが迷ってしまって……」とでも言っておけば、誰も厳しく言及してこないだろう。


「姉さんの……ジル様のお気に入りと分かれば誰も文句は言わないだろ。彼女の美しいもの好きは周知のことだ」

「誰も文句は言えないって……でも、ジル様より偉い人は? たとえば陛下とか」

「俺や……いや、アルフレッド様やトリスタン様より多忙な方だ。国家規模の問題にならない限りは他に任せるだろう」

「そっか、多忙なんだ……。それじゃ会えないかもね」

「……そうだな。それに、陛下もジル様の美しい物好きには困ってたんだ。きっと文句も言えないし、もしかしたら逆に労ってくるかもしれない」


 冗談めかして笑いつつ――随分と苦しげな笑い方だ――アルフレッドがトリスタンが待つ部屋へと歩く。その最中に小さく漏らされた「会わない方が良い」という言葉は声というより溜息に近く、カティナは聞こえなかったことにして彼の隣を歩いた。

 一時的に動けるようになりこうやって王宮内を歩いているとはいえ、アルフレッドは確かに死んだのだ。そして今後彼に残された道は『失敗して死に戻る』か『生も死も関係ない別の物になる』かだけ。

 そのどちらも、きっと親からしてみれば耐えられるものではないだろう。そして息子もまた、先経つ不幸の上にこんな結末を親に突きつけるのは耐え難いはずだ。

 その片棒を担いだ自分には、彼に言葉を掛ける資格はない。そう考え、カティナがアルフレッドの隣を歩き……ふと足を止めた。


「私、聖堂に行ってみる」

「分かった。でも何かあったら直ぐに部屋に戻ってくれ、きみに何かあったらすべてが終わりだ」

「うん。でもアルも気を付けて。トリスタン様も……」

「あぁ、分かってる」


 トリスタンも犯人の可能性がある、そうカティナが言いかけて言葉を濁した。部屋ならまだしも、いつ誰と出くわすか分からない王宮内では不用意な発言は控えねばならない。それに、人の心の機微疎いと自覚しているが、それでもこの言葉は酷だと分かる。

 だからこそ口を噤んだのだが、そんなカティナの気遣いにアルフレッドは「だから俺には気を遣わなくていいって」と笑った。




 アルフレッドと分かれ聖堂へと向かう。

 だがその途中「カルティア様」と声を掛けられ足を止めた。見ればレナードが足早にこちらに近付いてくる。

 今日も彼は黒い騎士服を纏っている。この真っ赤な王宮で、黒を纏う彼は妙に目立つ。


「お一人ですか? アルフレッド……アル様は?」

「アルはトリスタン様と朝食、私はジル様とだけど、まだ時間があるから聖堂に行こうと思って」

「そうですか……少しお時間を頂いても?」

「私? 別にいいけど……」


 アルフレッドではなく自分でいいのか、そう問うようにレナードを見るも、彼は何を返すこともなく「こちらへ」と歩き出してしまった。

 どうやら答える気は無いようで、仕方なくカティナもそれに続く。


 聖堂とは真逆……とは言わないが、それでも別の道だ。

 進めば徐々に装飾も変わり、心なしか圧力に似た重苦しい空気が漂い始める。行き交う者達の表情も真剣みを帯びており、華やかさよりも厳格さを感じさせる。

 そんな中を進み、とりわけ大きな扉の前でレナードが立ち止まった。細かな装飾が施された、重圧感のある扉だ。


「……ここは?」

「謁見の間です。なにか覚えは?」

「覚え? そんな、こんなところ来たことが無いよ……」


 レナードの真意が分からず、カティナが困惑しつつ扉を見上げた。

 美しい彫り込みのされた頑丈な扉。中のことなど何一つ分からず、重苦しい扉が物音一つ漏らさない。中に誰が居るのか、そもそも人がいるのか、それすらも分からないが、漂う雰囲気から中が重苦しい空気で満ちていることが伝わってくる。

 そんな場所に覚えがあるわけがない……そう言いかけ、カティナが出かけた言葉を飲みこんだ。

 

 朧げな光景が脳裏に浮かぶ。記憶とさえ言えない靄で包まれた光景。

 前を行く親族を、置いて行かれまいと必死に歩いて追った……あれは、


「私、ここに来たことがある。……墓守りになった日だ」


 ポツリと呟いたカティナの言葉に、レナードがやはりと言いたげに頷いた。






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