23:亡霊達の推測と記憶
王宮から遠く離れた静かな墓地。
まだ日が落ちる前だというのにそこは鬱蒼とした暗さが周囲を包み、王宮の華やかさも輝きも一つとして届かない。
そんな中でふわりと浮かぶのは三体の亡霊。まだ日の光があるせいか主な活動時間である夜より幾分透けているが、本人達もましてや時折顔を見せては地中に戻っていく亡霊達も気にする様子はない。
なにせ彼等は生きておらず、時間の柵から解かれている。ゆえに活動時間は丸一日、『亡霊と言えば夜に出るもの』等というのは生きている者の考えでしかないのだ。当の亡霊である彼等は昼も夜もお構いなしである。
支障と言えば、ちょっと相手の体が透けて見えにくいことか。それだって衝突したからといって問題があるわけでもなく、するりと互いの体をすり抜けて行くだけだ。――擦り抜けた瞬間に「余所見するんじゃないわよ若造」だの「年増のおばさん老眼が始まったか?」だのと喧嘩を勃発させる者達もいるが、それはさておき――
そもそも、主な活動時間を夜と決めているのも、カティナが以前に「日が出てる時はみんなの姿が見えにくいね」と言ったからである。彼女がより自分達を見やすいように、彼女によりはっきりと見てもらうように、その果てにこの墓地は夜になると亡霊達が現れるのだ。
そんな亡霊達が己の墓石に腰掛け、彼等にしては珍しく神妙な面持ちで話し出した。
「アルフレッドが殺されたのは見た目のせいよ。彼とっても麗しいもの。その麗しさにたくさんの女が焦がれ、同じ数だけ男が嫉妬した。そんな叶わぬ想いの果てに殺されたのよ。そしてそういう輩こそ誰より近くにいるもの、アルフレッドは自分の取り巻き達に嫉妬されて殺されたに違いないわ」
そう語るのはシンシアだ。
普段は穏やかな表情も今だけは厳しく強張っており、寒いと言いたげに己の腕を擦っている。青白く灯った髪が重力に逆らいふわりと毛先を浮かせ、まるで冬の湖に揺蕩うように揺れている。
そんなシンシアの考えに、ヘンドリックが「いいや違うな」と待ったをかけた。
彼もまた墓石の上で眉間に皺を寄せており、表情は随分と険しい。普段カティナをパンプキンと呼び纏わりついているのが嘘のようで、瞳に敵意すら宿しかねないその表情はまさに厳格な騎士である。
だが彼の腕は騎士の象徴である剣には伸びず、両腕で抱えるように己の腹を庇っている。
「あの男は王子なんだろう。それならきっと周囲にその地位を妬まれて殺されたんだ。実力で掴んだ地位だろうが血筋の地位だろうが、妬む奴はどこにだっている。そういう奴こそ近付くのが上手い。きっとあいつは仲間と信じていた者に殺されたんだ」
ヘンドリックが唸るような声色で話し、ぎゅうと強く己の腹を抱えた。
片や寒そうに腕をさすり、片や苦しそうに腹を庇う。苦痛からはとうに解放されたはずなのに彼らの姿は痛々しく、ここにカティナがいれば慌てて駆け寄っていただろう。触れることは出来なくてもせめてと宥め、さする代わりに手を透かせていたはずだ。
そんなシンシアとヘンドリックに比べ、ギャンブルは比較的落ち着いて話を聞いていた。もっとも、時折は腕をさすったり足をさすったりとしているあたり、彼も不快感程度は感じているのだろう。
だが彼の場合500年の時間が感覚を薄れさせ、そのうえ不快感は全身に伝っている。どこをどうすればいいのかはっきりとしないのだ。――とりわけ、彼は頭からいったのだから尚のこと――
それでもせめてもの気休めに凝りをほぐすかのように首をさすり、「私は親族に賭けよう」と自論を語り出した。
「アルフレッドは第一王子、王位継承者。玉座を狙う者からしてみれば何より邪魔な存在だ。大方、野心を抱いた者に殺されたんだろう。つまり犯人はアルフレッドを退ければ王位に着くチャンスのある者、つまり王族の血筋である親族に殺されたんだ」
断言するギャンブルの声に合わせ、彼の墓石周辺に生えていた雑草がざわと揺れ出した。
冷ややかだった空気が更に冷気を強め、黒く重たげな雲が空を覆って日の光を遮る。元より陰鬱としていた墓地がより濃度を増し、呼吸を必要とする者ならば息苦しささえ覚えかねないほどの空気が周囲を包む。
生きた人間の感覚であれば萎縮しかねない圧迫感。だがシンシアもヘンドリックも臆することなく、それどころか自分の考えこそが正しいのだと訴えだした。
「アルフレッドは美貌を嫉妬されて殺されたの。犯人は取り巻きよ」
「いいや、王子という立場や称号への嫉妬だ。仲間として歩んだ者に殺されたんだ」
「親族なんてものは時として他人より薄情なもの。あいつを殺したのは親族だ」
「美貌への嫉妬よ! 取り巻きに首をしめられ、冬の湖に落とされたのよ!」
「妬みだ、妬みに違いない! 濡れ衣を着せられ、謂われのない罪状のもと仲間だと思っていた者に腹を切り裂かれたんだ!」
「親族の情なんて賭事より不確かだ。一族の邪魔と判断され、己が作った以上の負債を被せられて高台から突き落とされたんだ!」
業火のように周囲の風を巻き上げ、森の木々をざわつかせるように揺らして三体の亡霊が訴える。
元の話はアルフレッドを殺した犯人についてだったはずだが、果たして今彼等は何に対して激昂しているのか。いったいいつの、誰の、どの瞬間の記憶に引きずられているのか……。
あいにくとこの墓場にそれを指摘するような者はおらず、普段なら慌てて宥めるカティナも今は不在だ。だがその代わりに、まるで彼等の冷静さを取り戻させるかのようにカラスが一羽甲高い鳴き声を上げた。
それを聞き、三体の亡霊が誰からともなく我に返った。
そうだ、今はアルフレッドの話をしていたのだ……と、脳裏に浮かんだ古びた記憶をしまい込む。
薄ら寒さこそ収まったもののシンと静まった空気が周囲を包み、ギャンブルがその空気を打ち消すかのように「ここで話し合っても仕方ないことだ」と話を終いにした。
次いでふわりと浮き上がり、先程まで全身に纏わりついていた不快感を払うようにぐっとからだを伸ばす。青白く灯った彼の体が吹き抜けた風に合わせて揺れ、シンシアとヘンドリックも促されるようにそれに続いた。
二人にもまた先程までの様子はなく、寒そうに腕をさすっていたシンシアがパッと表情を明るくさせると「二人とも早く帰ってこないかしら」と己の墓石の上をクルクルと回り出した。相変わらず優雅で、ドレスのスカートが広がる様はまるで白い蝶々のようだ。
ヘンドリックも今は平然としており、「パンプキンを独り占めしていることは癪だが、若輩者だから仕方ない。許してやろう」と王宮にいるアルフレッドを相手に早々に先輩風を吹かしている。
「誰に殺されたか分からない、誰に殺されてもおかしくない」
ギャンブルが己の墓石の上を漂いながら呟くように話し、ゆっくりと空を見上げた。
日が落ち掛けているのか徐々に周囲が暗くなり始めている。いや、暗くなっているのはこの森だけか。それともまだ時間は浅いが天候でも悪くなりかけているのか。そもそも今は何時なのか。
生憎とこの墓地には時間を気にする者はいない。唯一時間の柵に囚われているカティナも『暗くなったら起きて、朝日が昇ったら眠る』という生活スタイルだ。小屋にある時計もほとんどオブジェと化している。
そのカティナも、帰ってくる時には時間の柵から解かれているはずだ。この墓地に生きている者はいなくなる。
「生きてるってことは、今この瞬間にも殺されかねないってことだ。そう考えれば、死んでる私達はこれ以上殺されようが無いんだから気楽なもんだ。ただ唯一残念なことは、己の死期を賭けれないことだな」
自分の命を賭ける、なんと甘美な響きだろうか。そうギャンブルが惜しむように話せば、シンシアとヘンドリックが顔を見合わせ、この男もまた相変わらずだと肩を竦めた。




