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【完結】墓守カティナは蘇りの王子と革命の夜の悪夢を辿る  作者: さき


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21/45

21:長閑な昼食会と黒衣の王女と…


 食事とデザートを堪能し、その後もしばらく紅茶を飲みつつ話を進める。

 一見すると若者達の長閑な歓談に見えるだろう。王宮内の一室で若い男女が紅茶を片手に楽し気に話を弾ませる。周囲の華やかさと窓から覗く庭園の美しさも合わさって、何も知らぬ者が見ればきっと爽やかささえ感じるはずだ。

 少なくとも、時折眼光鋭く質問してくるレナード以外はその体を装う気はあるのだろう。

 アンバーを始め彼女の取り巻き達からの質問は極平凡なもので、あくまで『遠方からの来賓に興味がある』程度にとどめている。それどころか時には自分達の話をし、アンバーもまた手の内を明かすように自身やトリスタンの事を話した。


 そんな会話の中、まるで会話を遮るように扉がノックされた。

 ゆっくりと伺うように開かれた扉から姿を覗かせたのは一人のメイド。アンバーの許可を得ると一礼して室内に入り、彼女に近付いてそっと小声で何かを告げた。


「あら、もうそんな時間なのね」


 とは、メイドの話を聞いて時計を見上げたアンバー。

 どうやら午後から会議に出なければならないらしく、その時間が迫っているのだという。残念そうに「もう少し話をしていたかったのだけど」と彼女が肩を竦めれば、取り巻き達が我先にと労いの言葉を口にした。



 そうして誰からともなく部屋を後にし、カティナもまたアルフレッドとリドリーと共に客室へと戻るべく廊下を歩いていた。

 ちなみになぜリドリーも居るのかと言えば、部屋を出ようとした際レナードに、

「遠方から来た親戚なら積もる話もあるでしょう。昼食会は終わりましたが、どうぞごゆっくりとお過ごしください」

 と言われたからだ。それも随分とわざとらしく半ば強引に、眼光鋭く睨み付けられながら。

 これには思わずカティナもアルフレッドと顔を見合わせ「押し付けられた」と小声で話してしまった。それどころかリドリー本人さえも「そう露骨に私を押し付けるな」とレナードに文句を言っていたほどである。


「レナードは悪い奴じゃないんだが、あの通り頭が固くて困る。真面目を通り過ぎて頑固で融通の利かない男だ」

「アルフレッド様のことがあって気が立ってるんでしょう。騎士として王宮を守ろうと警戒しているんだから、頼もしいじゃないですか」

「確かにそうだが、それにしたって妙にアルとカルティアには突っかかるな。普段私がどんな奴を連れて来ても、私に文句を言うか睨みつける程度で済ませてるんだが」

「俺とカルティアは彼と年が近いから、そのぶん遠慮無く接してくるのかもしれません」

「そうかもしれないな。まぁあいつは頑固だが根が真面目で扱いやすくもある。何か言われても適当にあしらうのが一番だ」


 あまり深く考えていないのか笑いながら話すリドリーに、アルフレッドもまた苦笑を浮かべて頷いて返した。

 彼の表情にも深刻な色がないあたり、きっとアルフレッドもリドリーと同じくらいレナードの対処法に熟知しており、そして彼に疑って掛かられても交わす自信があるのだろう。

 そんな二人の会話を聞きつつ――そしてこうも軽くあしらわれてしまうレナードに少しだけ同情しつつ――カティナが二人の後ろを歩く。


「だがトリスタン様にお会い出来なかったのは残念だったな」

「えぇそうですね。ですがアンバー様もおっしゃってたように多忙な方ですから、仕方がありませんよ」


 結局トリスタンは昼食会には間に合わず、アンバーの隣は空席のままだった。

 だがその身分と今の王宮の状態を考えれば仕方ないことなのだろう。誰も約束をすっぽかされたなどと言うわけがなく、それどころか昼食の時間さえも自由になれない彼の多忙さを案じていた程だ。

 アンバーも同様、仕方ないと苦笑を浮かべ、それどころか「楽しみにしていたのに」と昼食会の話を持ちかけた時のトリスタンの反応を皆に話していた。

 だけど……とカティナが僅かに考えを巡らせる。トリスタンを語るアンバーの姿が記憶に残り、部屋を出てからというものなんとも言えぬ感覚を胸に抱かせているのだ。


 仕方ないと苦笑を浮かべ多忙だと労い、そして同席できない事を惜しむ。トリスタンを語るアンバーの口調と表情は、まるで恋人や家族を語るかのようだった。

 確かにアンバーは第一王子であるアルフレッドの婚約者だった。だが義理の弟とはいえ、第二王子に対してあのような態度を取るものなのだろうか?

 アルフレッドとアンバーの間に愛がなく、二人が政略的な婚約関係だったからこそ尚の事。二人並ぶ絵画の裏には愛や恋など欠片もなく国政についての語らいあったと知ったからこそ、義姉(アンバー)から義弟(トリスタン)への距離が妙に近く感じてしまう。

 なにより、アンバーは今日も真っ赤なドレスを着ており、そのうえ赤い髪飾りまでつけていたのだ。赤に染まり楽し気に昼食会を過ごす彼女の姿に、やはり喪に服す意思は見られない。


 アンバーにはアルフレッドを弔う意志はないのだろうか?

 もしかしたらアルフレッドの死を悲しんでさえいないのか?

 だがそれを言うならアンバーだけじゃない、この王宮は赤で染まっている。今だって擦れ違う者達はみんな真っ赤な正装を纏っているのだ。

 どこを見ても赤。第二王子であるトリスタンの赤。第二王子に取り入るための赤。

 だけど人はそこまで我が身のために非道に割り切れるものなのか? そもそも、非道ならばあの堂に溢れた花は……。


 なんだかよく分からない。

 そうカティナが考えつつ、前を歩く二人と距離が出来てしまったことに気付き追いかけようとし……、


「綺麗なカルティア、こっちにいらっしゃい」


 と澄んだ声が聞こえ、次いで延びてきた細い腕に絡め取られて一室に引き込まれた。


「……ジル様」

「嬉しい、カルティアを捕まえたわ。銀の宝石を手にした気分。傷が付かないように宝石箱にしまっちゃおうかしら」


 細い腕に絡みつくように抱きしめられ、クスクスと頭上から降り注ぐ鈴の音のような笑い声と冗談めいた言葉を聞く。

 黒い手袋で覆われた手が柔らかく頬を撫でてきて、思わずカティナが擽ったいと身を捩った。

 そうしてスルリと細い腕からすり抜ければ、そこには嬉しそうに微笑むジルの姿。レースとスパンコールをふんだんにあしらった黒いドレスはその色合いに反して煌びやかで、彼女の金の髪がより映える。

 そんな華やかなジルは嬉しそうに微笑み、カティナと目が合うと「会いたかったわ」とまるで長く離れていた恋人のように告げてきた。

 深緑色の瞳が細められ、クスクスと笑うたびに金の髪が小さく揺れる。その色合いはさすが姉弟だけありアルフレッドに似ており、柔らかく微笑む表情は生前の血色が良かった頃の彼を彷彿とさせた。


「姉さん、突然部屋に引きずりこんだら駄目だよ。まず声を掛けなきゃ、カルティアが驚くだろ」


 そんなジルの隣で彼女の自由奔放さを咎めるのは、呆れと困惑を交えた表情の赤髪の青年。

 真っ赤な髪に赤い瞳。濃紺の正装にも赤い刺繍が施されている。

 まるで王宮内に溢れる赤に染められたようなその色合いに、カティナが小さく息を呑んだ。

 次いで己の中で浮かんだ考えを訂正する。

 彼は王宮内に溢れる赤に染められたのではない、彼の赤が王宮内を染め上げたのだ。


「トリスタン様、ですか……?」


 そうカティナが恐る恐る第二王子の名を口にすれば、呼ばれた彼はカティナへと向き直り、そして答えの代わりに深く一度頷いて返してきた。

 その動きに合わせて赤い髪が揺れる。燃える炎のような赤。

 目の前にすると熱を錯覚しそうなその色濃さに、カティナが小さく息を吐いた。脳裏に先程まで共に話していたアンバーの姿が浮かぶ。彼女の纏っていたドレスと同じ赤だ。


 この王宮に溢れかえった赤。纏うのは濃紺の布で仕立てられた厳格であり上質な正装。

 彼の胸元では銀の飾りが輝いており、袖口にあしらわれた細かな刺繍が彼の動きをより品良く見せる。


 だがその姿にもやはり喪に服す意思は見られず、カティナは胸に湧いた違和感がより嵩を増すのを感じつつ慌てて頭を下げた。





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