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【完結】墓守カティナは蘇りの王子と革命の夜の悪夢を辿る  作者: さき


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18/45

18:蘇りの王子は革命の夜を悪夢に見る


 シンシアを見送り食事を済ませ、就寝の支度を終える。

 そうして夜も遅くなる頃にカティナは天蓋付きのベッドに潜り……


「眠れない」


 と呟いた。

 今まで夜に起き朝に眠る生活を送ってきたのだ。王宮に来たからといって突然生活を逆転出来るわけがない。

 それでも長旅の疲労で眠れるだろうと高を括っていたのだが、時間が経てば経つほど目が冴えていく。窓の外は真っ暗で、だからこそ体や思考が「もう起きなくては」とせっついてくるのだ。

 どうやら自分で思っていた以上に夜型体質が根付いていたようで、数度寝返りを打ちつつ時には無理に目を瞑り、まったく来る気配のない睡魔にこれは困ったと溜息をついた。


「参ったなぁ、少しくらい寝ておかないと明日もたないし……」


 明日はアンバーに昼食に誘われている。寝不足で意識が朦朧としてついうっかりと失礼な態度を……なんて失態は許されない。

 なにより昼食の場にはレナードも居るのだ。寝ぼけてアルフレッドをそのままの名前で呼ぼうものなら、彼が待ってましたとばかりに言及してくるだろう。一気に確信に近付かれてしまう。

 そのうえ昼食の場にはもしかしたらアルフレッドを殺した犯人がいるかもしれないのだ。正体がばれる危険もあるが、同時に王宮関係者を探るまたとない機会でもある。

 だからこそきちんと寝て万全の体調で挑まなければ……そう考え、カティナがモゾと布団の中でもう一度寝返りをうった。


「なんとかして寝なきゃ。確か眠れないときは羊を数えれば良いってギャンブル伯が言ってた。……羊ってどんな生き物なんだろ?」


 見たこと無いや、とカティナが首を傾げる。

 カティナが知っている動物といえば森の中で生息するものだけ。それも夜行性の生き物ばかりだ。羊は見たことがないが、フクロウなら誰より鮮明に思い出せる。


「フクロウで代用出来ると良いんだけど……」


 まずはフクロウを一羽思い描き、なんとか眠ろうと目を瞑り……パチと目を開いた。

 何か聞こえる。今度はシンシアのような高い声とは違う、低い男の声だ。細く、それでも途切れることなく聞こえてくる。

 誰か来たのだろうか? そう考えて数時間前にシンシアが去っていった窓へと視線を向けた。


「ヘンドリック卿なら『パンプキン!』って叫ぶだろうし、ギャンブル伯が来てるなら声をかけてくるはずだし……」


 他の亡霊とも違う。そもそもこの声は聞いたことがない。

 彼等は聞くに堪えない死に方をしているが、今はその惨事もどこへやら陽気に墓地を漂っている。彼等が喋る時はもっと明快で、そもそも彼等がわざわざ王宮に呻きに来る理由がない。

 ――もっとも、唯一ヘンドリックだけが呻き声を上げるときがある。没後99年の彼は時折過去の記憶に引きずられて腹を抱えて蹲るっているのだ。だがそれだって今聞こえてくる声とは違う――

 とにかく、覚えのない酷く苦し気な声が続き、カティナが声の出所を探るように部屋中を見回した。

 そうして扉に視線を止める。壁続きの扉、苦し気な声はあの扉の奥から……アルフレッドの部屋から聞こえてくる。


「……アルフレッド、大丈夫?」


 天蓋付きのベッドからそっと降りて扉へと近付き、中を窺うように身を寄せて小さくノックする。鍵は掛かっていないと分かっているのに、勝手に開けてくれて良いと言われているのに、それでも今だけは前置きなく開けることが躊躇われたのだ。

 だからこそ声を掛ければ、扉の向こうで何かが動く気配がする。

 そうしてしばらく待つとゆっくりと扉が開き、アルフレッドが顔を覗かせた。

 寝る前とは随分と違った緩慢とした動き、「カティナ?」と呟くように呼んでくる声も酷く掠れている。

 元より生気の無い白い顔はより血の気を失っており、いつ倒れてもおかしくないどころか、立っているのが不思議な程だ。濃紺の髪が額に張り付いてそれを雑に拭うあたり、汗を掻いていたことが分かる。


「すまない、煩くて起こしたか……」

「元々寝れてなかったから平気。それより、アルフレッドこそ眠れないの?」

「……あぁ、少し夢見が悪くて。何度寝なおしても靄が掛かったような嫌な夢を見るんだ。苦しくて、誰かが居て……でも顔が見えない」


 不快としか言いようのない夢の景色を思い出したのか、アルフレッドの眉間に皺が寄る。彼らしくない嫌悪を露わにした険しい表情だ。

 曰く、倒れ行く視界で誰かの姿を朧気に見る夢らしい。「もしかしたら……」と呟く彼の声は酷く真剣で、きっとそれが『死ぬ間際の光景』かもしれないと言いたいのだろう。

 だからこそ誰が居たのかを思い出せず、繰り替えし見せられる答えの無い夢が腹立たしいほどもどかしく不快で堪らない。

 それを訴えるアルフレッドに、カティナは彼の話を聞きながらそっと手を伸ばした。

 指先で頬を撫でて宥めてやれば、心地好いのか眉間の皺が僅かだが和らいでいく。


「眠れないなら、一緒に寝ようか?」

「えっ……」

「羊をがどんなものか分からないけど、羊を数えてあげる。フクロウでもいいよ」

「羊、フクロウ……?」

「それに、私がそばにいると悪い夢を見なくて済むかもしれないし」


 だから、とカティナがアルフレッドの腕を引く。

 うなされた気だるさが残っているのか、彼はどことなく浮かされるような様子でカティナに引かれるまま部屋に入ってきた。


 そうして天蓋付きのベッドに二人で横になる。

 さすが王宮の客室だけあり二人が並んでもベッドには余裕があり、狭いどころか手足が触れることもない。

 それでもカティナはアルフレッドに身を寄せ、布団の中で彼の手を探ると包み込むように握りしめた。深緑色の瞳が驚いたように丸くなる。暗い部屋の中、彼の瞳は色濃く黒に近く見える。


「カティナ……」

「ヘンドリック卿はまだたまに寝るんだけど、時々怖い夢を見てうなされるの。そういう時、私がそばに居ると怖い夢が消えていくんだって」


 はたしてそれは呪い師の力か、それともヘンドリックとカティナの間にある絆ゆえか、もしくは単なる偶然あるいは思い込みか。

 なんにせよ、99年前の惨事にうなされるヘンドリックはカティナが寄り添うと苦し気だった表情を和らげ、名前を呼んで宥めると落ち着いた表情で眠りに着くのだ。


「でも最近じゃヘンドリック卿も1時間位しか寝ないけどね。それも起きたらすぐに『パンプキン!』って騒ぐし」

「最近……。彼等は眠らなくなるのか?」

「うん。だからヘンドリック卿以外はみんな寝ないよ。ギャンブル伯なんて睡眠自体忘れて、私が寝てても小屋に入ってきて話しだすもん。寝てるって文句言うとはじめて『あぁそうだった、眠るんだったな』ってふわふわと小屋から出ていくの」


 その時のギャンブルを思い出してカティナが肩を竦める。

 だが事実、疲労も時間すらも関係しない彼等は睡眠を必要とせず、そして必要としないからこそ忘れてしまうのだ。没後が長い亡霊達は、自分たちがどうやって眠っていたのか思い出すことも出来ないという。

 ――そんな中でシンシアだけが「お洒落な寝間着を着ていたことは覚えているわ」と得意気に華やかな寝間着を語る。なんとも彼女らしい……が、彼女もまた眠る事についてはうろ覚えだという――

 あの墓地で睡眠を必要とするのはカティナだけだ。他は、没後二桁のヘンドリックだけが生前の記憶に誘われて欠伸をしているぐらいである。

 それを話せば、アルフレッドが僅かに瞳を揺らがせた。


「いつか俺も眠らなくなるのかな」

「そうだね。150年くらいしたら眠らなくなるかも」

「そうしたらきっと一日が長いな……」


 悪夢を見る恐怖と睡魔の狭間に居るのか、話を続けようとする割にはアルフレッドの口調は微睡んでおり、瞳もゆっくりと閉じては思い出したかのようにふっと開かれる。

 見るからに眠たそうなその表情に、カティナが小さく笑みを零して彼の手を擦った。


「なぁカティナ、もしも俺がこのまま起きなかったら……」

「アルフレッド?」

「もしもこのまま眠り続けて、二度と起きず……死に戻ってしまったら」

「その時はまた私が起こすよ」


 はっきりと告げてカティナがアルフレッドの手を強く握れば、彼が驚いたと言いたげに「起こす?」と尋ねてきた。


「起こす? ……俺を?」

「こんなところでアルフレッドが遺体に戻ったら困るもん。どんな呪いを使っても、何をしてでも起こすよ」

「……そうか。生きるも死ぬも、眠るも起きるもカティナ次第だな」

「嫌?」

「嫌じゃない」

「それじゃ明日の朝、アルフレッドが熟睡して朝食に間に合わなくても呪いで起こしてあげる」

「そこは普通に起こしてくれ。……でもそうか、カティナが起こしてくれるのか」


 ふっと力の抜けた穏やかな笑みを浮かべ、アルフレッドがゆっくりと深緑色の瞳を閉じた。スゥ……と呼吸が彼の唇から洩れる。

 元より微睡んでいた意識が完璧に眠りへと落ちていったのだろう。

 しばらく見つめていてもうなされる様子も呻く様子もなく、それを確認してカティナもまた倣うように赤い瞳を閉じて眠りについた。



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