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【完結】墓守カティナは蘇りの王子と革命の夜の悪夢を辿る  作者: さき


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17/45

17:夜食中の訪問者

 

 嗚咽一つ漏らさず息を吐くかのように静かに涙を流すアルフレッドの背をそっと撫で、彼が落ち着くのを待って聖堂を出て客室へと戻る。

 遅い時間もあってから運良く誰とも顔を合わさずに済んだ……と思ったものの、部屋の前にはメイドがティートローリーと共に待ち構えており、これにはカティナも目を丸くしてしまった。

 メイド曰く、夜食を運んできたとのこと。それを無下にするわけにもいかず、ならばとそれぞれの部屋へと別れる。

 アルフレッドも既に落ち着きを取り戻しており、メイドに話しかける姿は普段の優雅ささえ感じさせる。元が王子なだけありメイドへの対応は堂に入っており、礼を告げる口調にも仕草にも品位を漂わせていた。

 ティートローリーを押してみたいな、という言葉をカティナが既のところで飲み込むほどである。



「では、何かございましたらお声かけください。失礼いたします」


 深々と頭を下げて退室するメイドを見送れば、扉が閉まる音を最後に室内がシンと静まった。――ちなみにティートローリーは諦めた――

 それとほぼ同時にカティナが立ち上がり、壁続きの扉へと向かう。落ち着いたもののまだ表情に影を落とすアルフレッドを一人にするのはしのびなく、メイドが居なければ彼を部屋に招き入れようと考えていたのだ。

 そうして数度ノックして扉を開ければ、用があると思ったのかソファーに座っていたアルフレッドが不思議そうにこちらへと寄ってきた。


「カティナ、何かあったか?」

「寝るまでこっちに居なよ。それか、私がアルフレッドの部屋に行くから」

「……すまない、気を使わせたな、もう大丈夫だ」


 だから部屋に戻る、そう言いながら己の部屋へと戻ろうとするアルフレッドに、カティナが咄嗟に「だめ」と告げた。そのうえ彼の腕を掴んで引き止める。

 ひんやりとした、強張るように肌の張った腕。すり抜ける亡霊としか接してこなかったカティナにとって、初めて掴めた腕だ。どれだけ力を入れれば良いのか分からず、それでも離す気はないと掴む。


「今から紅茶を淹れるから、アルフレッドも飲もう」

「……カティナ」

「夜食も、こっちに持ってきて一緒に食べようよ」

「……あぁ、そうだな」


 腕を掴んだまま強引に話を進めれば、アルフレッドが観念したと言いたげに肩を竦めると共に苦笑を浮かべた。

 そうして用意をするからと己の部屋へと戻っていく。その表情は先程より少し晴れやかで、どことなく吹っ切れたようにも見える。

 良かった……とカティナが心の中で呟いた。彼が息苦しそうに静かに涙を流す姿も、心配させまいと取り繕う苦しげな表情も、見ていると胸が痛むのだ。


 だが先程のアルフレッドは多少なりとも気分を持ち直したようで、ならば彼がこちらに来る前にとカティナもまた用意にかかることにした。

 といっても墓地育ちのカティナに『部屋に異性を招く』等という感覚はなく、当然だが照れも緊張も無い。

 一緒にと誘った紅茶も、彼のために特別なものを……ではなく、部屋に用意されていたものを淹れる。それも淹れ方はなかなかに雑だ。

 そうして一通り用意し、最後に用意されていた部屋着に着替えた。


 膝下までの長いワンピース。

 良い素材を使っているのだろう肌触わりが良く、胸元と袖にはレースの飾りがあしらわれている。上品で可愛らしく、部屋の中でだけ着るには惜しいほどだ。少なくとも、黒いロープよりも質がよく洒落ている。

 そのうえ部屋着だけではなくリボンまで用意されているのだ。

 どちらも淡いクリーム色で統一されており、華美過ぎず地味すぎず、愛らしさと落ち着きを兼ね揃えている。

 鏡の前に立てば、洒落た銀糸の髪の少女が映った。到底、墓地で暮らす墓守には見えない。


「部屋着に対して似合ってるって言うのも変な話だけど、似合ってるよ。墓場の友人達が見たら、きっと大騒ぎするだろうな」


 どことなく楽しげな声に振り返れば、アルフレッドの姿。彼もまたラフな部屋着に着替えている。

 男性用は女性用に比べて色も灰色と落ち着いており、洒落れた飾りも少ない。それでも使われているボタンや細部から質の良さが分かり、胸元には薔薇の刺繍が施され、これもまた部屋で着るには惜しい代物だ。

 とりわけ、見目の良いアルフレッドが纏っているのだから尚の事、シンプルな部屋着か一級品に見える。

 だが当人はそんな自分の服装を気にするでもなく、両手に持った皿をテーブルに置くと手早く食事の準備に取り掛かってしまった。


 パンとハムとチーズ、それに魚のグリル。それらが盛られたプレートと、まだ暖かな湯気を微かに漂わせるスープ。デザートには綺麗に盛られたカットフルーツの。

 王宮で出される夜食と考えると貧相なのかもしれないが、一般家庭であれば十分すぎる、むしろ押しかけた身としては用意してもらえただけで有り難いくらいである。

 立ち寄った街で買ったパンの残りでも食べようかと考えていたカティナが、これには赤い瞳を輝かせてしまう。

 ちなみにこれらの食事は、リドリーが手配してくれたものだという。『腹が減ってたらせっかくの王宮の客室を堪能できないだろ。若者に良い物を食わせてやるのも金持ちの贅沢だ』とメイドに小金を渡して夜食を頼んだらしい。


「今までリドリーのことを厄介な男としか思ってなかったが、案外に世話好きで気の良い男なのかもな」

「聖堂でも気を使ってくれたし。悪いとこも分かりやすいけど、良いとこも分かりやすいね」

「人望があるんだろうな。だから今まで酷い問題にならなかったのかも」


 そんなことを話しつた食事を進める。

 といってもアルフレッドはろくに食べず、ハムの端とチーズを一欠片、手持ち無沙汰になってスープに口をつける程度だ。魚のソテーに至っては食べる気が無いのか、フォークを向ける気配もない。

 食欲が無いのだろう。

 いつからか? きっと彼が死んだ時からだ。



「さすがにこの量じゃ怪しまれるかな」

「そうだね。明日は無理してでももう少し食べた方が……」

「カティナ、どうした?」

「声が聞こえる……」


 室内に微かな声を聞き、カティナがフォークを操る手を止めた。

 女性の声だ。誰かをしきりに呼んでおり、こちらに近付いているのか徐々にはっきりとしてくる。高く、優しげで鈴の音のようなこの声は……。


「シンシア?」


 墓地で待っているはずの亡霊の名を呼び、カティナが耳を澄まして部屋の中を見回す。聞こえているのは間違いなくシンシアの声だ。

 だけどどこから……と、窺いつつ立ち上がり、まるでその声に誘われるように窓辺へと近付く。

 そうしてカーテンを開ければ、そこには月と星が浮かぶ夜の闇と、眼下に広がる街の明かり……そして青白く灯るドレスを着た亡霊の姿があった。


「カティナ! 会いたかったわ、元気にしてた?」

「シンシア!」


 するりと窓から入り込むと共に抱き着く代わりにすり抜けていくシンシアに、カティナもまた応えるように彼女の名を呼んだ  。

 言いようのない寒さが体を伝いふるりと震えさせ、その懐かしい感覚にカティナが赤い瞳を細めた。たとえ常人が底冷えするような寒さだと訴えようが、悪寒と言おうが、カティナにとってこのひんやりとした冷たさは何より心地良いものだ。

 気持ちの話ならば、なにより暖かくなる。体はもちろん冷えるが。


「シンシア、どうしてここに? 墓地にいなくて平気なの?」

「ギャンブル伯の秘策よ。ちょっと強引な力技だから引っ張られる感じもするけど、もう少しなら耐えられるわ」


 お話しましょう、とシンシアが優しく微笑み、カティナの頬に触れようとして指先をすり抜けさせた。


「可愛いパジャマね。凄く似合ってるわ」

「着心地は悪くないけど落ち着かないよ。なんだか恥ずかしいし」

「あら、恥ずかしがる必要なんて無いわ。可愛いんだから堂々としてれば良いのよ」

「そうかなぁ……」

「ここには素敵なドレスがたくさんあって、カティナが望めば墓地に居る時よりずっと綺麗に可愛くなれるわ。……でも、帰ってきてねカティナ」

「シンシア……。大丈夫だよ、ちゃんと帰るよ。あの墓地で黒いローブを着て皆の墓石を綺麗にするのが、私の大事な生活だもん」


 それを永遠に続けるため、有限の存在から脱却し人ならざるなにかになるため、今この王宮でアルフレッドの死を明かして彼に死を辿らせるのだ。

 そう告げれば、シンシアが安堵の表情を浮かべて両腕を伸ばしてきた。

 抱きしめようとしているのだ。それが分かってカティナが受け入れれば、抱擁の感触の代わりにふわりと小さな冷気が伝って部屋着の裾を揺らした。


「本当はもっと話してたいけど、もう行かなくちゃ」

「もう帰るの?」

「そんか寂しいことを言わないで。そろそろ限界なの。それじゃカティナ、無理をしないでね。墓地の皆が貴方の成功を祈ってるわ」


 まるで愛しい妹に就寝のキスをするかのようにシンシアがカティナの額に唇を寄せる。

 次いで彼女はアルフレッドに視線を向けると、青白く灯る瞳でパチンと優雅にウインクをした。

 自分に話を振られるとは思っていなかったのか、一時の再会に邪魔をするまいと静かに座っていたアルフレッドが深緑色の瞳を丸くさせる。


「アルフレッド、カティナをよろしくね。ちゃんと二人で墓地に帰ってきなさい」


 アルフレッドさえも弟のように思っているのか、シンシアが楽しげに告げ、最後に一度ふわりと窓辺に浮かび上がった。

 200年前に色を失ったドレスを小さく摘み上げ、ゆっくりと腰を下ろすと瞳を伏せる。

 その姿は気品があり優雅で、まるで彼女の背景に華やかに飾られた大広間のパーティーでも見えそうなほどだ。きっともしここが200年前であったなら、彼女のこの優雅な礼に対してダンスを誘う男達の手が無数に伸びたことだろう。

 だが次の瞬間シンシアはパッと顔を上げ、先ほどの気品もどこへやら「じゃぁね」と軽く告げて勢い良く背後の窓に……それどころか窓の外に広がる夜の闇へと吸い込まれていった。

 まるでゴムの伸縮のように……。


「頑張って伸びてきたのかな」

「確かに力技だ」


 そうカティナとアルフレッドがシンシアが吸い込まれていった先を見つめながら話し、どちらともなく食事を再開しようとテーブルへと戻った。



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