召喚
謎の脳内少女から告げられる、
『それよりね、あんたは今私と繋がっているの』
と。
思春期真っ盛りの男子高校生は期待をしちゃいますよ。
だけど、もちろん無情な世の中はこういう期待を容赦なく潰してくる。
全く、これだから世の中という現実は嫌いなんだ。
『召喚って言っても、いくつか種類があるのよ』
『それで、私があんたを召喚した時に使ったのが――』
真面目な声でいったん区切りを付ける少女の声。
テレビとかでよくある‘続きはCMで‘みたいな感じ。
なぜわざわざ間を開けて気になる部分だけを先延ばしにするのか。
個人的に嫌いだからさっさと言ってくれ。
『もう、せっかちね…幻獣を召喚タイプよ』
やれやれという感じが伝わってくるけど…
…んー、どういう…?
いや、分かるけど、どこの深夜アニメですか?
第一、俺は獣じゃないんだけど。
記憶が正しければ、人間だったはず。
夜はどーなよのさっ!?、とか言われても、回答は控えさせていただくとして。
『私にもよくわからないわ…』
分からんのかい!
え、じゃあ俺は一体なんなの…。
『はっきりとこういったモノだ、とはいえないけれど…精霊から見るに、あなたは蛇ね』
精霊ってことは、炎のことね。
確かに武器である鎌には蛇っぽいのがのたうち廻っている。
チラりと武器へ向けていた意識を、再び少女の声との会話へ向かわせる。
…蛇って…?ぇえー…
いやね、蛇自体は特別嫌いだとか、苦手だとかそんなのはないんだよ。
別にアニメとか、見る分にはいいけど、実際蛇だったとかいやだわ。
『なんでそんな嫌がってるの?蛇と言えば冥府の神って言われてるのに』
不思議そうな声音で少女が聞いてくる。
なんでって、そりゃあ…
手と足が無いって不便じゃない?
そもそも大好きなゲームのコントローラーとか握れないじゃないか。
あといろいろできないじゃないか…ナニとは言わないが。
『…ふぅん、よくわからないけど、それなりの理由があるようね』
当然だろう、ゲームは大事だ。
何事も‘普通‘に生きてきた俺には、何か特別なことを持っていないと、‘ここにいる‘という意識が失せてくる。
あまりにも物事が順調に進み過ぎて面白みが無くなっていたのは、現実であり、そんな時に出会ったのが某オンラインゲームだ。
初めのうちはいろいろ四苦八苦していたが、その四苦八苦そのものが、今思えば楽しかったのかもしれない。
壁にぶつかり、それの壁を乗り越えるために努力をするというのは俺にとって新鮮なことであり、また新しく発見した事実みたいなものだったんだ。
例えるなら、珍しい武器をゲットしたら、試し切りしたくなる気持ち、とでも言おうか。
こう、湧き上がる知的好奇心というか…うむ、感情を言葉で表すのは難しいな。
『それで、イレギュラーの話だけれど』
人が幻獣として召喚されたことか?
確かにそれはおかしいことだよな。
そもそもなんで日本から召喚されたのかが分からん。
『にっぽん…?初めて聞く単語だけど…それはさておくとして、人が召喚されたのはおかしいし、それとは別に…召喚した主の肉体に憑依するなんて聞いたことが無いわ。』
…なんだと?
聞き間違いなのか…今俺がこうして意識して動かしている身体は…
『なんだともこうもないわ。基本的に召喚された幻獣は肉体を持っているのよ。』
口ぶりから察するに、俺はどうやら実体を持っていないらしい。
そして今動かしている身体は姫様の肉体である、と。
ってことはなんだ?俺はどうすればいいんだ…
『少しぐらいなら幻獣についての専門的な知識はあるけど…さすがにこの現象は聞いたことが無いわ』
落胆したような声音で言われると不安になるんだが。
そういえばさっきから騎士の剣を握っていたことを思いだした。
剣はまだ空中で静止していて、日の光を反射させている。
…そうだ。
『ん?何をしているの…?』
あぁ、いや別に大したことじゃないんだけどね。
せめて自分で確かめたいことがあったんだ…
あと実験も兼ねている。
『何かとてつもなく嫌なカンジがするんだけど…ちょっと?』
脳内で俺の生活していた中にあったモノを想像する。
すると、創造のスキルによってMPを消費し、目の前にバスケットボールサイズの四角い鏡があらわれた。
これもなぜか浮いているのだが、今はそれどころじゃない。
藁にもすがりつく思いで鏡を覗き込む。
そこには雷鎧を着た俺が立っていた。
戦闘状態じゃないからなのか、纏っていた雷は消え失せていた。
ってこれを見たいんじゃないんだ、俺は。
一旦浮いている鏡から視線を逸らす。
できるなら…前のアバターの顔であってほしい。
もし、鏡の中に写っている奴が俺のイメージしていたのと違うのであれば…
本格的に覚悟を決めなければならない。
…頼むから色白で淡い水色の髪の毛+瞳であってほしい。
無意識に俯いてしまう。
さきほどまではふざけていたが、アレは『これは夢なんだ』と想いたいが故のことだった。
薄々違和感はあって、もしかしたらとは考えていた。
俺は異世界に来てしまったかもしれない、と。
『ね、ねぇってば…』
それでも、心のどこかではやはり違って欲しい、と願っていたのかもしれない。
しかし、姫様の会話と騎士の戦闘を通して、確信に変わる。
本当の本当に異世界へ来てしまったのだと。
装備解除と心で念じ、頭部と身体全体を覆っていた鎧と手に持っていた鎌が消え、代わりに白いドレスがふわりと入れ替わりに顕現する。
オトコとして生まれた俺は、覚悟を決めなければいけない。
ゲームキャラのアバターであったならば安心できる。
でなければ、そうでなかった時の対応をしよう。
そして意を決して鏡へと視線を戻す。
「うぁあああああぁあチクショウがぁあぁああぁぁッ!!」
できるならば認めたくはないが、事実は実に残酷なものだ。
別に異世界へ行くこと自体、少し驚きは覚えている。
しかし大したことではない。
問題なのは俺の身体だ。
というのも、異世界へ召喚された俺は『肉体』を持っていなかった。
どこから別の場所から念話で話しかけられているとばかり思っていたが、実は俺がただ誰かの肉体に憑りついて操っていたなんて…。
あまりの失望感と絶望に、俺は思わず目の前の鏡に力任せに右手で鏡を殴りつけた。
鏡は物理的な攻撃を受けて中心からヒビが入り、それが波状に広がって空中から落ち、壊れた。
装備を解除した手は当然とばかりに痛みを訴え、血が溢れだす。
赤い液体と共に、透明な液体が頬を伝って落ちていく。
力なく膝から崩れ落ち、服が、顔が土で汚れる。
しかし構わない…今はどうでもいい。
鏡に映っていたのは、色白で淡い水色の髪の毛の少女だった。
そこまでは俺が使用していたのと大差はなかった。
だけれど、髪の毛は腰の辺りまであり、瞳の色は主張の強い朱色だった。
目はぱっちりとした目で、少しツリ上がっている。
これはこれで可愛いし、将来は有望だろう。
だけど今はそんな話ではない。
これは正真正銘、異世界へ転生…してしまったということ。
『ちょっと!!何勝手に私の身体に傷つけてんのよ!?』
突然のできごとに、姫様が焦り気味に問いただしてくる。
それもそうだろう…この身体は姫様のであり、俺のではないのだから。
異世界へ転生したのに、肉体が無い。
肉体が無い事に対してこうも絶望を抱くことに疑問を覚える諸君たち。
こういう事態は自身がなってみて初めて事の重大さが分かることだろう。
一人芝居を続け、その際にも姫様に呼び掛けられる。
しかし答える気力は湧いてこない。
俺は…どうしたらいいんだ…
いっその事このまま生きながらえてやろうか。
姫様と偽って、死ぬまでこのまま…
『そ、それは私が困るから断固拒否させてもらうわっ!!』
一際大きな声で意識が少し現実へ復帰する。
しかし思考は暗い部分へ一直線へ進んでいく。
ならば、この場で死ぬか。
自爆なりなんなり…
広範囲に大規模な爆発を起こして道連れも悪くは無い。
『ちょっと待ちなさいよ!共存って選択肢があるでしょう!?』
…
……
…え。
『や、た…今のはとっさの判断で…』
そうか、その手があったな。
別に死ぬことはない。
死んでしまったら、全てが無に帰してしまう。
多分俺はここで消失して元の世界へ帰れないかもしれない。
とすると、元の世界へ帰れるまで姫様の肉体で過ごさせてもらうか。
どうも心のスペースに空き容量が無くて、ついやってしまった。
しかし、そうか。
もしかしたら元の世界へ帰れる、ただそれだけで俺には生きる意味ができた。
こんなところでくたばる訳にはいかない。
『…あなた、大丈夫?』
あぁ、おかげで助かった。
馬鹿な事をしてせっかくの希望を消してしまうところだった。
生かすも殺すも俺次第、なら今すべきことは状況を分析して、次へつなげること。
だから少しでも情報を集めなければいけない。
この世界についての知識が全くないから、頼りにできるのはこの姫様一人。
ってわけでもないな。地面に横たわっている騎士、木の後ろに隠れている騎士たちも利用できる。
だけど、俺は異質な存在みたいだからあまり公言しない方がいいな。
まあ異世界から来たのだから、当然と言えば当然なことなんだけどね。
俺は今姫様の肉体に憑依している状態なんだな?
『えぇ、そうよ』
ふむ、姫様に憑依できているのはなぜか分かるか?
できれば詳しく教えてほしいのだが。
ことによってはもしかしたら離れて生活することも可能かもしれない。
『ほ、ほんとう!?』
なんか物凄く嬉しそうだ。
たったの一言二言で感情を表現できるとは、この姫様なかなか面白い。
『…でも今は全く分からないの、ごめんなさい』
喜怒哀楽が激しい姫様だな…
感情の起伏が激しいのは少し面倒だけど、今の辛気臭い雰囲気を和らげるのにはいい。
根が明るいからだろうか。
しかし少し素直な部分が無いのが問題、ってところだが。
しかし城へ戻って何か探せばあるかもしれない。
なぜだかそう思える。
『あ、そのことについてなんだけど…』
ん?どうしたんだ。
何か知っている風な雰囲気だな。
『あくまで私の考えなんだけど、助けになればなと思って』