姫様
っと、その前に持ち物とか装備品とか確認しないとな。
RPG系統の冒険物やってると、確認しないと落ち着かないんだよなぁ。
右手を胸の辺りまで上げて、装備と念じる。
そこに自分のステータスが表示される。
―――
装備品 ドレス 白
level 500
HP 80,000,000
MP ∞
―――
「……ん?あれ、なんだこれ」
level自体は俺の記憶通りで、これは正しい。
某オンラインゲームの現在のキャップは500が限界なのだ。
聞いたときは愕然としたものだが、カンストまで持っていくと別に大したことは無かったと感じる。
実際にレベリングは楽しかったしな。
でも、またやりたいかと聞かれれば、嫌だ、と答えよう。
時間が勿体ないし、カンストキャラ持ってんのに、また一からやり直す意味が分からん。
無駄な事、興味が無い事には手を付けないのが俺の主義だからな。
思考が明後日の方向にまで進行しそうだったので、無理矢理引っ張り戻す。
それにしても、解像度の具合が悪いんだろうか…
HPとMPの数値がバグって見える気がするんだけど?
MPなんてもう数字じゃなくなってるしさ…
なんなの、∞って…
つまり底無しって意味だよね?
魔法を気にせず撃ち放題とか、ズルくない?
俺、そんな奴いたら絶対通報するわ。
チート間違いなしだもの…
でもま、ギリギリ許せるのはHPかな。
まだMPと比べると数字化してるし?
ちゃんと殺せる、って事だよ、HPがあるのは。
その8桁もある事を除けば、まぁ、許容範囲内だ。
俺は寛大だからな、うん。
しかしまぁ、どれ程異常かって言うのを説明するために、例として某オンラインゲームの最高桁数が5桁だってことをまず言っておく…この5桁あれば大体のクエストは余裕である。
白い龍戦で言えば謎のブレスをHP7割ぐらい持ってかれて、残り3割ぐらいで耐えられる計算だな。
だから8桁はねぇ…はっきり言えば、神の領域だよね。
どこのボスキャラだよ!ってぐらい、ありえない数字だ…
何があったんだろーね…目がおっかしぃーのかなぁ…
目頭を押さえて、今見た光景を幻かもしれない、と思い。
儚い願いを胸に抱いてもう一度ステータスを見てみる。
結局願いは願いで、所詮叶わないモノだった。
無情にもおかしなステータスのままだったよ、畜生が…。
一人芝居している背中に、冷や汗が流れて、一つの考えが浮かぶ。
もしかして俺、チート使用しちゃったんじゃないか…?
…いや、確かに毎度毎度ボッコボコにされ続けて鬱憤は貯まってたよ?
白い龍戦で調子こいて戦って、他のステージなんてもう楽勝!とか言ってたよ?
でも…だからってこれまでの努力を捨てて、チートに走ろうなんて…
うぅ…違うんだ…これは俺じゃなくて、俺の心がだな…
うぉい!てか待てよ…俺、ドレスなんか使えないはずだよな?!
ゲーム内だと男キャラだし、そもそもドレスなんてアバター超激レア高級モンだし!?
自問自答と終わらない苦悩がループを始める。
もう収拾がつかない状態である。
「ガルルゥッ!」
「ん?なんだ?」
む?
誰だよ…一人芝居をしてる時に邪魔をするのは…
獣っぽい声だったけど、イヌか?
少しイライラしつつ、座り込んだまま、顔を声をした方へ向けると。
「お、お嬢様!?」
「ガルルルゥ!!」
「おい、止めないか!姫様だぞ!」
狼っぽい動物がこっち向いて威嚇していた。
体毛は灰色で、インターネットで見たことがある様な気がする。
絶滅危惧種だのなんだのと騒いでいたが、なぜこんなところに?
狼っぽい動物がいる事に疑問を感じたんだけど、それはさておき。
その後ろにいる人…今なんて言ったんだ?
今度は耳がおかしいのかなぁ…
お嬢様って、言ってなかったか?
気のせいだと思いたいんだけど、はっきり聞こえてしまった。
脳内で反復させることができるぐらいはっきりと。
なんか西洋の鎧着た青年に姫様呼ばわりされてる状況に、出会った人がいるなら是非とも答えを聞かせていただきたい。どうしたらいいのだね?
俺、女だったのか…
しかも、お嬢様だという。
つまり、これまでの人生は偽りであったと…?
男だと思ってたけど、実は女だったの…パパ、ママ…
ねぇっ!答えてよ!!!
…どんな修羅場だよ…
…おう、衝撃的すぎて言葉が見つかんねえよ…。
一人でパニック状態に陥る俺。
体中から汗が噴き出してるような気がする。
手のひらなんかぐっしょり濡れて、気持ち悪い。
汗のせいで服は肌にひっついてるし…もう、勘弁してくれよ。
これ以上はもう精神が持ちませんよ…
脳の処理能力を超えて、俺の単細胞たちはオーバーヒート中で…あうあうあうあぁ…
脳内は忙しなく思考をグルグルグルグルと回転させるが、何を考えているかさえわかんなくなってきた。
ていうか何?生きてる意味って、言葉はどうやって発しているんだ?俺は俺は俺は…え?
「また抜け出しておられたのですか!」
「世話が焼けるな…妹様は静かで勤勉家であらせられるというのに…」
「こら、聞こえるぞ」
「でも実際そうですよ」
「黙らんか貴様ら!」
一人目の青年の後ろからぞろぞろと人が現れる。
口々に何か言っているが、俺に向けて言っているのなら、何一つ身に覚えがない。
皆同じ鎧を着てるところをみると、どこかのギルドに所属しているのかもしれない。
胸のプレートに紋章入ってけど、見たことないから、ギルドの名前も分かんないし…
何?どこのギルドの人たちなの?
俺に何か御用でもおありでしょうか…
こんな知名度低いプレイヤーに何の用でございましょう?
恨み喧嘩をお売りした記憶はございませんよ、アハハ。
ダメだ、ガラガラッと精神が折れかけている音が聞こえる…
そろそろ壊れるだろうなぁ…時間の問題だなぁ…
全員揃ったのか、俺の目の前に騎士が綺麗な列を組んで並んでいる。
目測で数えたけど、10人はいるね。
一人だとたいしたことないけど、こんだけ集まったら威圧感と圧迫感が凄いぜ…
ガリガリと猛烈な速さでLifeポイントを削り取られてゆく…
主に圧力のせいで。
もうあと少しでメンタルが崩壊を起こそうとしていた時に、脳に突如閃きの神様が舞い降りる。
稲妻の様な光が一瞬よぎり、こいつらの目的が閃いた。
まさに神の啓示である。
つまりだな、
…さては運営サイドの人たちだったんだな、きっと。
これは何かのドッキリかイタズラで、終わった後で俺を笑うつもりなんだ、きっと。
こんな大掛かりなセッティングをしているんだ、そうじゃなけりゃ割に合わない。
俺を標的にした理由は知らんが、適当にでも選んだのだろう。
それで今は騙す為、わざわざ騎士の恰好に扮しているって訳だ。
へー…はー…なるほどなるほど。
人をこけにして、精神的に痛めつけて。
それで笑おうって、魂胆ですか。
へぇ…面白いですねぇ。
だったら…そんな屈辱的な仕打ち…
全力で回避させてもらおうか。
気に食わなさすぎるし、柄でもない。
いざとなれば力づくでも…な。
そもそも兄としての威厳を保つためにも、撃破するという選択肢しかない。
座り込んでいた態勢から、両手に力を入れて立ち上がる。
「ひ、姫様?!」
「ふふふ…引っかからんぞ、貴様ら」
「何を言っておられるのですか?!」
「分かってる、分かってるよ?なぁ、ふふふ」
「ならば早く城へ帰りましょう!皇女様と王様が心配なされておいでですぞ!!」
ついでに土埃を払う。
俺の服で無い以上、汚すわけにはいかない。
持ち主にきっちり返さねばならぬ。
それに、ドレスは高いしな。
立ち上がって見て気づいたが、騎士どもは俺より身長が高いようだ。
明らかに目線が合っていないのだ。
俺が騎士を見上げるような形である。
っまったく…身長を高く設定しすぎだ。
どんだけ現実の身長に不安もってんだよ、こいつら。
なんか皆で一生懸命俺に向かって言ってるけど、演技なのだろう。
ていうかもう、俺には演技にしかみえない。
いやぁ、それにしても迫真の演技だ。
どこかの俳優育成所でも通っていたのかというぐらい、真に迫っていたよ。
危うく騙されかけるところだった。
咄嗟とはいえ、気づけてよかったよかった。
「なぁ」
声をかけてみる。
さすがに無視はよくないよね。
一人の人として、きっちり接しなければ。
特に、文句を言う時は会話が大事だ。
少し呆れと怒りを込めて声を発する。
「なんだよ、その設定?皇女?王様?」
「…え?姫様?」
「設定が古いんだよ!そんなのもう存在しないぞ!馬鹿か貴様ら!?」
「なっ!?馬鹿とはなんですか!」
「抑えろ、相手は姫様だぞ」
「ッチ、ガキの分際で」
「皇女様と王様になんて非礼!許せんぞ!!」
自分の声が高かった気がするがそれは置いとこう。
どうせバグだし。
まずはガキと言った事を訂正させねば。
これでも、俺はもう高校生だ。
…歳は16ですが…
で、でも少なくともガキではない!!
だから反論し、謝っていただくことにしょう。
ていうか皇女様と王様は気にかけるのに、俺に対する非礼は考えないのか。
「ガキちゃうもん!法律だったら未成年は児童に入るかもしんないけどさ!!」
台詞が超ガキっぽいのはご愛嬌さ。
法律に逆らえないのはどうしようもない事だし、事実は事実だ。
そこは認めなければ前へ進めない。気がする。
言い返すと、騎士の中で雰囲気が少し偉そうな奴が前へ出てくる。
額には漫画の様な青筋が浮かんでいる。
キレているっぽいデース。
「姫様、何を言っているのが知りませんが、我儘もそこまでにしていただきたい!!」
「今、国は大変なんですぞ!」
「戦争中だというのに…なんで…こんな」
怒鳴り声と騎士たちの落胆したささやき声が聞こえてくる。
なんで俺がそんな事言われなきゃならないんだか…意味不明過ぎる。
…ん?
もしかして、台本でも書いてあったりして。
それなら辻褄が合う。
台本通りに進めようとして、会話が噛み合わない。
…俺、天才じゃないのか?
にしても、いくら台本通り進めようとしても、こんなに酷いのはあんまりだ。
もらえる報酬が豪華だからか?
それでもいくらなんでも張り切りすぎだろ。
あー、なんかマジでムカつくなぁ…
この後の事を想像すると…
手遅れになる前に、今のうちに何か策を考えよう。
何かしてやらんとこのムカムカは止まらんっ。
一発何かお見舞いしてやろう…
「いい加減にしないと、こちらも実力行使で行きますよ、姫様!」
「…あぁ、なら丁度いい。お前が相手をしろッ!!」
「っな!?」
「一国の騎士になんて口の訊き方を…!」
「お前は一国の姫になんてこと言ってるんだ馬鹿か」
いいタイミングで騎士の一人が意気揚々と出てきた。
外野が少し五月蠅いが、別に気にすることもないか。
邪魔さえしてくれなければいい。
タコ殴りにして2度とドッキリやイタズラする気を起こさないぐらいボッコボコにするんだからな!
それと、戦闘でMPを使えば、消費された拍子に、ステータス表示が治るかもしれない。
「フェル、お前姫様がどれほど弱いか分かって」
「手加減はする…少しお灸を添えてやるだけだ」
「やりすぎるなよ」
「…分かってるよ、クソっ…」
「リル、救護班を呼んでおけ、至急にだ」
「分かりました!」
…俺をなんだと思ってるんだこいつら…
『弱い』、だと?
これでも休みの日、つまり土、日、祝日は青春の日々を全て、某オンラインゲームに注いでいる俺が…
俺の努力、根気、青春を全て否定するのか…
いい度胸だ。捻り潰してやる。
舐めのも大概にしろよ…ッ!
自分で言うのも難だが、錬金術師の操作には自信がある。
何せこいつ一筋で頑張ってきたんだからなッ!!
救護班を呼んでいるんだっけ?
だったら、そいつらの仕事を、お前らで作ってやんよ。