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箱 ※

 びちゃり、ぴちゃり。

 くっちゃくっちゃくっちゃ。

 靴裏は淫靡な音を奏でる。

 ぴっちゃり、くっちゃ、っちゅ、くちゅくちゅ。

 響く水音は蠱惑的で魅力的で。


「あぁ、いいよぉ・・・とぉってもいい!!」


 断続的な水音と、んんぅっ、と切ない声は少女特有の幼い声。妖艶な雰囲気を感じさせる声音ではあるが、周りの状況を見るとそんな思いはすぐさま吹き飛ぶだろう。

 滴る鮮血、臓物の刺激臭、転がる骸に狂気的な笑い声。

 まるで悪夢。いや悪夢そのものとでも言おうか。そんな状況を作り出した張本人ー少女はいまだ骸を弄び続けている。正気とは呼べないその行動に畏怖とも呼べる恐怖が生まれる。一般人が見れば卒倒するような光景を、王はただじっと静かに見つめる。そんな王を守るかのように残り少ない近衛兵が並んでいる。彼らは厳しい鍛錬と試練を潜り抜けた強者たち、決してコネや権力でその近衛兵という地位まで上り詰めた訳ではない。というか実力を伴わなければつまはじきにされるだけ。

 そんな彼らですら、目の前の光景には戦慄してしまう。返り血で腕、胴、脚は勿論、顔も雫が滴っている。時折血溜まりで跳ねて手に付いた血を、赤くしなやかな舌で掬い取る。そして顔に付いた血も手のひらで綺麗に掬い取り、舐めしゃぶる。

 地面に転がっている頭部を踏み、蹴り、そして飽きれば潰す。それも成人した大人の頭部を片足で。ただでさえ血で赤く彩られているのに、そこへさらに脳や頭蓋骨の残骸がちりばめられる。その行為に、少女は両手で自分の身体を抱き、震える。顔は俯いていて分からないが、きっと歓喜と快感・・・に震えているのだろう。これまでの行動から考えるに、この少女は快楽殺人、猟奇的な性癖がある。また厄介な事に、剛の者である可能性が高い。

 となれば一般兵士、傭兵では戦力足りえない。例え千から万の軍勢でさえも屠る相手に、勝ち目など毛頭考えてはいけない。それ程のバケモノを相手にしているという事、その事実だけで戦略など通じない埒外な存在だと考えさせられる。全くもって最悪な状況だ。きっと隙を突いて逃げようが一瞬で肉薄、首チョンパが待っていることだろう。であるならば動かずじっとこの場に止まることが正解。少女の気が変わらなければの話だが。


「そっろそろかなぁ~。もうちょっとかなぁ」


 ふんふん鼻歌を歌いながら歩き回る。不規則に、意味があるようには思えない行動。

 しかしそれは人の常識的な範疇であれば、の話だ。

 少女は不規則な歩調に規則的な鼻歌を載せて歩き続ける。眼孔に鋭い灯を揺らして。


/////


「なんだこれ…」


 城から走って駆け付けてみれば、よく分からない事になっていた。いや、分かってはいる。分かってはいるのだが、日本人特有というか、このような光景は画面の向こうでしか見たことが無い。つまり、脳では理解しているが精神が受け入れないのだ。この地獄絵図を。

 一言で言えば死屍累々。ルナの身長程ある死体の数々は、兵士だけでなくここ貧民街に住んでいた人たちも混じっていることだろう。だろうと言うのは、胴と脚、頭腕等が切り離されてバラバラになっていた為判別が出来ないのと、鎧を着ていない死体もあったからだ。ボロとみすぼらしい布で包まれた胴体と思しき物体は、今はもはやただの肉塊でしかない。男女の区別はつかず、一面血の海で生臭い匂いを漂わせている。


「『誰がこんな…』」

「私だけどー?」


 間を空かず返事を聞き、声がした方へ視線を向けると、ルナとタクミが零した言葉に反応するように闇は音も無く人の形を取り、唐突に現れる。というのも建物の陰の中から影が生え、月光に照らされただけなのだが。しかしその一連の流れだけでも二人を警戒させるに足るものだった。


 「月光に照らされただけ」とは言ったが、普通ならばありえないことなのだ。


 普通とは何か。そんなのは省いて大切な事を確認しよう。例えばそう、人は陰の中から現れるだろうか?それは、否である。というか不可能。何か術を持っていれば話は大きく変わるが、一般の庶民凡人には成しえない。よって、この影は魔物、剛の者である可能性…ルナの父親の命を狙っていた輩かもしれない。影と対峙しつつ観察する。念の為に防御壁を2重3重と展開しておく。もはや言わなくてもいいとは思うが、これも創造によるスキル《斥力》によるモノだ。


「んー。なんだろうこれ」


 影が黒から、月光を浴びて色を取り戻す。髪色は綺麗な紅、全体的に程良い少女の肉付きをした肢体、病的なまでに白い肌はさながら陶器を思わせる作り物めいた美しさ、可愛らしさがある。ただ真っ赤な衣類を除けば。

 暗闇からこちらへと一歩、また一歩と近づいて来る彼女は、やがて見えない壁へとぶつかる。「いて」、なんて台詞を零して額を擦るが、真剣な表情になり、手探りで壁を触ってゆく。さながらパントマイムのようだ。ちなみに彼女との距離は1mぐらいかな。


「へー、術者を守る壁、って感じ?」


 一人ごちている台詞へ返す言葉はない。恐らく敵であろう人物へ答えなどあげられるものか。というかそれよりだ。


「ルナのt…王はどこだ」

「ぁ、うぅ?…ああ王ね」


 やはり王と分かっていたのか。何をするためにここに来たのかある程度は絞れる。身代金かそれとも、であろう。


「王は殺しちゃった、えへ」

「場所さえ吐けば……ぇ」

「こうね、すぱーぁって首と胴を分けたんだよね」

「…嘘だろ」


 。。。いやいや・・・うん、ないない。


「いや、本当だよ?」

「いやいや、そんなことしても」

「益がないなんてどうでもいいの」


 あは。


「私はただ殺したいだけ。殺して殺されたいの」


 聞き手側からすればふざけて聞こえる台詞、だが語る少女の眼はどこか遠くを見つめていた。何か違和感を感じる。何が目的なのか。


「さぁ、殺し合いましょ」


/////


『いいのかよ、本当に』

「ええ構わないわ」


 契約した彼と会話をする。幾度として繰り返して、お馴染の事と化しているが最初は驚きもしたのだ。どこからともなく聞こえる声に、どうしようもない程に身に余る力。慣れろと言う方がおかしいのだ。

 今では意のままに扱えるし特別おかしいとは思わなくなった。周囲の視線は集めるがそれは美貌のせいだと思うことにした。何せすでに千年の時を生きたのだ、意図せずに、死ねずに千年も。


「死にたいのに死ねないなんてね」

『いいじゃねえか。生きるのは人のお仕事だぜ』


 彼はいつだって返事を返してくれる。返して励まして受け取って理解をしてくれる。大切な存在。だった。だった、だっただった。


「ふ、ふふふ。あは」


 もうウンザリだよ。生きるのになんて意味なんてない。当の昔に置いて来てしまった。あの、あの名前も思い出せなくなったあの人。あの人がいたから頑張って来れたのに。


『やめとけよ心が痛いだけだぜ?』


 微塵も心配していないであろう彼、コイツはただ自分がここに現存して楽しみたいだけなのだ、それだけの意図で私を生かそうとしている。そして魂が壊れ果て自我を保てなくなるその日まで、私は傀儡として生き続ける。ならば、それぐらいなら破滅を選んで――

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