私という存在
『なぁ』
真っ暗な視界の中で聞こえる声。
心配したような口調で声を掛けてくる幻獣。
そんな彼の声に安堵してしまう私がいた。
だって、その声には遠慮という雰囲気が感じられなかったから。
でもまた同じかもしれない。
まだ生まれて来てから8年と少しの時間をこの世界で過ごしてきた私。
その間に見てきた世界は。
「あなたって、魔族は嫌い?」
『どうしたんだいきなり』
「好きか、嫌いかを聞きたいだけよ」
『…』
返答に詰まる彼。
本人曰く、異世界から来たそうだけど。
でも、人間であれば基本的に他種を嫌う。
なぜだ、とか、どうして、なんて話は通じない。
人間だから。
異質が混じれば、それを排除しようと動く。
例外はほんの一握りの人だけ。
私は世間一般の子どもに比べると、歳不相応に賢くなってしまった。
精神的な部分だって他の子どもと比べれば、大人びている。
これらは自分で言う事じゃないかもしれない。
だけど身体とは不釣り合いなほど、私は8年間で成長した。
あれは今から何年前だったか。
最初は別に、「周りが遅すぎるだけ」だと思っていた。
でも、他の年代が同じ子供たちと遊ぶにつれて違和感が積もっていった。
遊びの趣向、言動、考え方…
すべてが違ったし、どれも私より劣っていた。
そして遊ぶ度に幾度か喧嘩をする。
「これはおかしい」「あれはちがう」「そうじゃない」
合わせようと思っても、合わない。
例えるならば異国の地と故郷の風習が違うように、私は同年代の子ども達と仲良くはできなかった。
結果、私は城に引き籠った。
無理をして遊びに付き合っていたから。
少し寂しくはあったが、代わりが役目を務めてくれる。
遊び相手は決まって侍女やメイド達で。
庭で遊んだり、お話したり、お茶を飲んだ。
楽しくて、幸せで…満足はしていた。
だけれど、そんな日々は続かなかった。
なぜなら、やはり気づいてしまう私が居たから。
周りの人たちは私と一緒にいるとき、いつも笑顔を張り付けている。
さながらサーカスのピエロの様に。
でも、私の勘違いだと思って過ごした。
そうでもしないと気が狂いそうになったから。
一日、一日と過ごした。
でも、毎日誰も彼も同じ顔で、一定の距離感を保って接してくる。
みんなバレないとでも思っているのだろうか。
私が幼いから?
馬鹿だから?
愚かだから?
考えれば考えるほど、胸の内がズキズキ痛んで、苦しくて。
痛くて、悲しくて、切なくて…。
でも助けてくれる味方はいなくて。
どうすれば助かるのかを私なりに模索した。
だから、考えるのをやめようと思った。
苦しい理由は考えるからで。
他人を想うから故のことだから。
それから私は仮面を被って、心に蓋をした。
自分を守るための、ただそれだけの。
「答えられないのね」
『え…ぁー、いや』
「別にいいわよ…」
きっと彼も同じ――。
『待て』
「…なにを待つのよ」
『なんで勝手に決めつけてるんだ?』
決めつけてなんて、と言おうとしたところで彼は続ける。
私が考えていたのとは、違う答え。
『俺は嫌いじゃない、むしろ好きだ』
「…」
『本当だぞ?』
「…うそ」
自然に口が動いていた。
なぜなら人々の会話を聞いたことがあったから。
ときどき、城を抜け出して町へと行ったときのこと。
「魔物は悪しき存在、滅さなければならない」
町にある教会はそう説いていた。
信者とおぼしき人たちも熱心に頷いていたのを覚えている。
それが思い出され、嫌な気分になる。
『なぜ嘘をつく必要がある?』
「だって…元、人間なんでしょ」
彼の心情は一度覗いたことがある。
その時に、一瞬だけ彼が記憶した景色が見えた。
着ている服や言語は違ったが、人ばかりが映っていた。
『あ、まー…そうだな』
「人はみんな魔族を嫌う」
『…?』
「誰も彼も…」
『なあ』
『魔族とルナ、どういう関係があるんだ?』
…ついにこの質問が来た。
彼は私の知り合いの中で唯一、私のことを知らない。
身の上話も、過去に何があって私がここにいるのかも。
「そう、ね」
『話してくれないか?』
いつかバレるとは思ったけど…
こんなに早く来るなんて、ね。
『ルナのことをもっと知りたいんだ』
どうせ今話しても、後で話しても一緒だもんね。
早いか遅いかの違いでしかない。
でも、できることなら秘密にしておきたかった。
だって、久々に楽しいと感じたから。
生きてるって、いいなと想えたから。
それも、この不思議な幻獣のおかげだった。
ステータスも見た目もどうでもよかったのに。
貧乏もお金持ちも関係ない。
ただ友達が欲しかった。
だけどもう次に進まなきゃいけない。
…これも運命だと割り切って。
「私、実は魔族と人間のハーフなの」