夕食
「……、………」
何か、聞こえる。
「………!!」
「…」
「、………」
「…ぃ、お…」
どこかで聞いたような音。
「………ッ」
「…」
「…ば」
いや、音じゃなくて…これは声か。
俺を、呼んでいる…みたいだな。
だけどもう少し寝ていたいんだ。
静かにしてほしいなぁ。
「馬鹿幻獣ッ、早く起きなさい!!」
いきなりの怒鳴り声、はっとして目が覚める。
視界に飛び込んで来たのはルナの寝室である天井。
それと俺を召喚したルナがいた。
逆さで。
『なんでこんなところに…』
「ようやく起きたのね」
『あ…あぁ』
ルナが逆さに映っていた原因は、床に転がっている俺を見下ろしていたからだった。
それに、よくみるとフリフリの白いドレスに着替えている。
テレビで宴会などの時に、貴族が着ていたのを覚えている。
しかし、ドレスのせいであまりしゃがめないのか、顔を俺へ向けて見下していたのだ。
…にしても。
さっきの光景は夢だった…のか?
いや、それにしてはリアル過ぎた。
物理的な肉体は持っていないからアレだが、本当なら今頃冷や汗をかいていたいただろう。
「どうかしたの?らしくないわね」
『…嫌な、夢をみたんだ』
「幻獣でも夢を見るのね」
『…』
「まぁいいわ。夕食に行くわよ」
そういうとルナはドアの方へ視線を写し、ゆっくりとした足取りで歩きだした。
俺は後を追うように立ち上がり、付いていく。
「おはようございます、姫様」
ルナが扉を開けると、侍女が立っていた。
そして見事な礼をしてする。
腰は90度に曲がり、背筋はしっかりと心が通っているようにピン、としている。
高級レストランの教科書本に乗せることができそうだな。
ちなみに、この部屋を案内した侍女である。
「ええ、ご苦労」
優雅とも言える動作で姿勢を起こす侍女。
ルナは澄ました顔で受け答えしてるけど…
この人いつからいたんだ?
「よくお眠りになられましたか?」
「少し寝たりないわ」
んー…ルナが動揺しないということは、いつもこんな感じなのかもしれない。
何せ、父親を前にした時と比べて、リラックスして見える。
気のせいかもしれないが。
「こちらでございます」
ルナの答えに微笑みを返し、侍女は案内を始める。
オレンジ色の光が窓から差し込み、少し眩しい。
その中を、カツカツと二人分の足音が響き、廊下を支配する。
まるで映画の中のワンシーンのようだ、と思う。
ここは城で、歩いているのはこの城の姫だ。
少しぐらい、思ってしまっても仕方がないというもの。
「姫様、少し質問をよろしいでしょうか」
前を先導していた侍女が口を開く。
前を歩いているので背中しか見えないが、乱れのない一定の間隔を保って歩いている。
「何かしら?」
特にこれといっておかしな点はないんだが。
また面倒事が起こると俺のセンサーは告げている。
…次はなんだろう。
て、あれ…次?
何かあったか…な。
「はい、誰とお話をされていたんですか」
「…いつの話かしら」
「さきほど、寝室におられた際に」
…おっと、勘があたった。
質問した侍女は、なおも一定の間隔を保って歩を進める。
大した質問ではなかったのか…それとも気にも留めていないのか。
どちらにしろ、こちらには好都合。
俺の存在がバレたらどうなるか、わかったものではない。
「…答えなければダメ、かしら」
「ええ、もちろん」
「答えたくないのだけれど」
俺の仮説は的外れだったようだ。
この侍女、感情が薄いだけで、物凄く…知りたがりなのか。
「気になるので、是非答えていただきたいのですが?」
感情の起伏が乏しいくせに、なんとも圧力がある。
それほど気になるのか。
ちなみに、この侍女が聞いているのは、さっき俺が倒れていた時に怒鳴っていたことじゃないかな。
廊下を歩くだけで、足音が響くぐらいだし、外で待機していた侍女にはほとんど聞かれていたに違いない。
「…人形でごっこ遊びをしていたの」
「一方的な会話でしたが?」
「片方は話せないの」
「なぜ?」
「そういう遊びなの」
「どういう内容か、聞かせていただけませんか」
「面倒だから、また今度ね」
ルナの歳は8だから対して違和感は無いが。
会話そのものには、俺的には興味がそそられない。
それよりも、夢の中にいた女が…
「姫様」
唐突に止まる侍女。
そしてルナへと投げかけられる声。
一体どうしたんだ?
「なによ」
「私への答えはいつもいつも、いつも後回しになさるのですね」
「ダメ、かしら?」
侍女は背を向けたまま、少し怒ったように話している。
それは…なんというか…。
「待つのは嫌いじゃありません」
「それなら、何がいけないのかしら?」
「私は…安心したいのです」
「…」
背景に夕日があるせいで…
雰囲気が出ているぞ。
角度は丁度、侍女と重なっている。
その光景はまるで放課後に告白をする女子…そのもの。
……って、ありえないよね。
この感情が乏しい侍女。
何より話方に特徴が無い。
台本を実際に読んでいる、と言った方がしっくりくるぐらいの話方だし。
「答えてくれませんか、私の」
「ごめんなさい」
「そう、ですか」
会話の内容を知らなければ、誤解するのもこれまた必然。
今度伺いますか、ルナに。
「何度言われても、無理よ」
「はい」
一旦会話が終わったのか、また歩き出す。
しかし、こころなしか、さきほどより遅く感じる。
歩調がゆったりとしているような。
「ねえ、アルテミス」
「なんでしょうか姫様」
「怒っているわね」
「いえ、別に」
怒っている?この侍女が?
ていうか名前アルテミスなんだね。
表情は相変わらず見えないけど。
俺からすればなんら変わりが無いようにしか見えん。
「私に嘘を吐くのかしら」
「…そのようなつもりは」
「なら本当のことを言いなさい」
「いえ、お話できません」
「なら返事は」
「着きました、こちらでございます」
これまた立派で豪華な扉だった。
ルナの身長と比べると、1,5倍ぐらいかな。
その扉が今回は、内側に開いていた。
「どうぞ、中へ」
「…ずるいわ」
「また今度に」
侍女はこちらへ顔を向け…微笑みをルナへ返していた。
なんだか、まるで仲間外れにされているようで面白くないぞ。
霊体だから例外を除いて見えないのもあるが…
分かっていても面白くない。
『ルナ、早く入るぞ』
暫しの間見つめあっているルナに、水を差す。
俺を放置して会話をするなど…
「ええ、わかっているわ」
なぜか口で答えて、視線を部屋の中へ向ける。
部屋の中は当然だが、食事の間である。
縦に長いテーブルには、椅子が左右に4つずつ、そして末尾にひとつ。
奥の方にある席に(末尾)、ルナの父親が座っていた。
入る前に一度、貴族の娘では社交辞令である礼をする。
スカートを少しつまんで、やるアレである。
「よく眠れたか?」
「はい、お父様」
「それはよかった」
んー、固い。実に固い。
堅苦しいのは好きじゃないんだよね。
制服だって、偉いさんの前じゃない限りは、着崩していたし。
それに家だったらジャージが基本装備だ。
なのに…
今のルナは宴会用ドレスフル装備に加えて、貴族というか王様の娘として振る舞わなければならない。
これほど精神を痛めつけるシチュエーションはなかなか見れない。
「では、好きな席に座りなさい」
「はい」
返事をすると、奥から2番目の席へ座る。
なんとも遠くも無く、近くもない席に…
気まずいんだろうな。
ルナの記憶の中でも、あまり会話のシーンが無かったからな。
接し方というものが分からないんだろう。
「料理をお持ちいたしました」
シチューっぽい料理とか沢山食卓へ並べられる。
運ぶのはメイド服を着た使用人らしき人たち。
食事するのは二人。
運ぶのは4人。
それをただ見ているだけなのに、なぜか胃がキリキリと痛みだす。
肉体を持っていないのに、だ。
『耐えられん…俺は先に出ているぞ』
一言ルナへ残し、微かに頷いたのを見届けて外へと出る。
食事が終わるだろう頃に戻れば問題あるまい。
だけど迷子になると面倒なので、スキルを発動させる。
《絶対記憶を習得しました》
『これでもう迷いはしないぞ、くふふふ』
独り言を残し、城の窓へ向かって進む。
霊体は何かと便利である。
それはなぜか?
まず、壁というものは意味を成さなくなる。
これは肉体を持たないからである。
次に、特定の者を除き、姿を察知、視認されないことだ。
これも肉体を持たぬが故にである。
そして、今の状況である。
ヒュォオオオと風の音を聞きながら町を眺めている。
どこから眺めているか。
それは上空からである。
重力は愚か、何も束縛などは出来ないのだろう。
霊体モードの俺は自由気ままに空間内を行き来することができる。
最初、もしかしたらぐらいにしか考えていなかったが、暇だったから実験を兼ねて実行へと移したわけである。
どうせ食事に時間はかかるであろうし、その間何もしない、というのは無駄だ。
時間の浪費はあまり好ましくない。
であるなら、有効活用する。
今回のこの実験のおかげで、今後は自由に偵察できるであろう。
町へ赴いて情報ゲット、なんてするものいいかもしれない。
だけど、別に今は必要ない。
時間が時間というのもある。
というのも…
朝日が傾き、そろそろ沈もうとしているため、店は大半が閉まっていのだ。
空いているとすれば宿屋か、それとも娼婦の館か。
前者はもしかしたら有益な情報が得られるかもしれないが、確かな情報かは分からない。
何せ宿屋だ、余所の場所からやってくる冒険者がわんさかいることだろう。
情報の量は多くとも、質が悪ければ意味が無い。
後者はただ嫉妬するだけだろう。
肉体を持たない俺には意味が無い。
それに聞けるものは甘い嬌声…
考えるだけでイライラする。
…ただ今後の人生に生かせるモノがありそうだが。
眼前に映る町をぐるりと見渡す。
俺が今立っているのは中心部らしく、この場所から円状に段々畑のように町は構成されている。
さらに町を守るように、城壁がぐるりと町を覆っている。
『風景としては最高だな』
西洋っぽくて憧れる。
が、しかしそれも過去の遺産でしか見ることは叶わなかった。
もしくはアニメの中か。
世界が発展していくのと同調して、街並みも変わる。
すると自然とこうした風景は減り、最終的には見ることは出来なくなる。
美しくとも、現実は容赦がないのだ。
『他にもこういう都市があるとは…実に』
実にすばらしい、と内心でつぶやく。
異世界に来れて実によかったと思える。
変わり映えしない日々、オンラインゲームで潰す日々の時間。
悪かったかと聞かれれば別段悪くはなかった。
だけど、刺激が足りなかった。
あまりにも平和で。
あまりにも普通で。
あまりにも基準過ぎて。
危険なことは好きじゃない。
それに痛い事も嫌いだ。
だけど、生きてるっていう実感がないのはもっと嫌だ。
『ふ、くふふ』
自然と笑みが零れる。
最初の本音を言えば、この異世界でやっていけるか不安だった。
だから、鏡を割ったのもその不安のせいだ。
目的も無く、異世界へ。
何一つ知識を持ち合わせていない、未知の世界。
それは知らない言語を主流とした世界へと旅に出るのと一緒で。
さらに言うなら手ぶらで行くようなもの。
でも、幸運にも俺には《創造》がある。
ここまで来る道中幾度か使用はしたからある程度は確信できる。
『この世界を、手中に収めることも』
やろうと思えばできることだろう。
ほぼ完全に沈んだ太陽。
町には暗闇が支配するが、所々に人々の営みである明かりが、各家に灯る。
見ているだけで、想像が膨らむ。
実に綺麗で、儚い。
『楽しみだなぁ』
綺麗な街並みから視線を外し、来た道を戻りつつ思う。
元々居た世界へ戻るのも、後回しでもいいかな、と。
『永住もありかもしれないな』
一般人には聞こえない満足げな笑い声を、世闇に響かせながらルナの元へと戻るタクミであった。