城の内部では/幻獣曰く
担架による快適だったとは呼べない旅を終え、遂に城へと辿り着く。
眼前には大きな扉があり、3階建ての住宅ぐらいの高さの白い城壁によって周囲を囲んでいる。のだが壁の果てが見えない…相当規模が大きいみたいだ。
そして、その塀の上に担架を運んでいた騎士と同じ、鎧を着ている騎士が立っている。
担架を運んでいる騎士はその塀の上にいる奴に呼び掛け、門を開けさせ中へと進む。
外からでは分からなかったが、門の中へ入って2分もしないうちに、屋台や露店が見えてきた。
かなり活気があり様々な人たちが行き交っている。
老若男女を問わず、かなり繁栄しているのが見て取れた。
時折こちらを不思議そうに見てくる人たちがいたが、気にしないでおこう。一応けが人だし。
担架は俺(姫様)を乗せたまま中心部にあるであろう王様が住んでいる場所まで前進していく。
もしかしたら途中で保健室チックなところへ寄るかもしれない。
町の店には多くの人たちが買い物に来ているらしい。
担架に仰向けに寝ながら、顔と目は人の営みへと向ける。
『城の内側って町とかあるんだな』
『当然でしょ。他の国でも一緒よ』
俺はこういう光景を見たことが無い。
それに、こんなにのびのびとしているところを、俺は知らない。
売り手と買い手が近隣と住人と談笑でもするかのようなやり取りに違和感を覚える。多分それは俺が生きてきた日本では従業員とお客という隔たりがあったからなのだろう。
ここにいる人たちはみな、生き生きと商売をしている。しかし、俺が元居た世界での従業員たちは営業スマイルでしかなく、本当の笑顔とは言えなかった。
別に営業スマイルが嫌いなわけではない。ただ、この談笑が羨ましく感じただけだ。人との繋がり、コミュニケーション…それらは当たり前であるから、難しい。
得ようと思えば、得られるが勇気がもう一歩足りず、だから疎ましく、妬ましい。
『なんだか気持ちの悪い感情が流れてくるわ…』
『…ぁあ、すまない』
『やめなさいよね、結構影響されるんだから』
町の奥へと進めば進むほど、人々の暮らしが顕著に表れてくる。
服装、髪型、建物に子どもたちの元気な声。
時折夫婦とおもわれる男女が仲良く会話しながら歩いていく。
そんなのを目にしながら姫様から説明を受ける。
『恐らく、あなたは媒体となる肉体が無かったのねー』
『…というのは?』
『魂が脆弱過ぎたのか、それとも強すぎたのか…はたまた適合する生物、モノがなかったのか…』
幻獣は召喚されると同時に、供物とされるモノに宿る。もし、供物が無ければ手近にある生物にするらしいのだが…。
『私はきっちりと供物を捧げたわ』
『可愛いクマのぬいぐるみ程度で胸を張らないでくれ』
『でもだからと言って人に憑依するのは前代未聞よ?』
そう言って、姫様は古い伝承から語り始める。
従来、幻獣は人を下等なモノとして見、願いを叶えた後その者の魂、肉体を喰らうという。
であるため、喰らうまでの過程を満たすまでの仮宿としての依り代を必要とする。
なぜなら現世に顕現する必要があるからだ。
その時に人に憑依するのもありだが、幻獣は無駄にプライドがある(らしい)。
自分よりも下等な生物である人に憑依するとなるとそれはもう身が引き裂かれるほど嫌なのだといわれている。
そして、さらに掘り下げてこの幻獣を召喚する儀式がいつごろからあったのか。
それは人が精霊に願いを託したことから始まった。
詳しい文献がないため、かなり乙女チックな由来である。
しかし、実際かなり長く間に渡りこの儀式が行われていた為か、かなりの伝承、文献がある。
それを担架が目的地に着き、止まるまで姫様は止めどなく話し、語り聞かせてくれた。
まぁどれも何とも言えない中二病全開な内容であったが。
いわく、戦いで困窮した兵士が幻獣の力を借り、数万の軍を倒した。
いわく、年若き乙女が死に瀕した愛しき少年を幻獣の力によって全快させた。
いわく、疫病が蔓延した町、村を丸ごと助けた…。
物語は全てにおいて困っていたモノが助かるという共通点があった。しかし、もうひとつ共通点がある。
それは、願いを叶えた者全員が、魂と肉体を幻獣に捧げることになったことだ。
つまり平等に死を与えられるのだ。
奇跡を起こすのだから、命が対価だとしても納得できる、かもしれない。
だけれど、話しが進むにつれて内容が変わってくる。
どう変わるかといえば、願いを叶えた者たちに特別な感情を持つ幻獣が現れる。
愛に恋、悲しみから憎しみまでさまざまなモノ。
そして願う者等しく与えられていた死は無くなり、幻獣と共存する人が出てくる。
実際に聞いたとしても、「それがどうかしたのか?」という感想しか出てこないが。
だが、この物語の重要な部分。
重要なのは、幻獣と共存を果たして数年、数百年経ったあるとき。
大きな事件が起こり、幻獣との共存は忌むべきものとされ、さらに幻獣を召喚する儀式は国により規定され、ほぼ禁忌に等しい行為とされた。
大きな事件とは何か、と聞いても『詳しいことは知らないわ』と姫様は悪ぶれも無く答える。
かなり大切な部分を知らないとは…
それに、禁忌に等しい幻獣召喚を行った姫様は、何か叶えたい願いがあったのだろうか?
まぁ、なんにせよ幻獣は人々にとって神聖なものであり、崇め、祭られるものであると同時に畏怖の対象であるのが伝承などで分かる。
姫様の口ぶりから察するに、幻獣を従えている人間はかなりの高待遇が受けられるらしいし。(資金援助、税の免除など)
幻獣召喚を制限し、禁忌としてから500年余り経った今。
召喚は年に12回までとされ、それを超えてはならないという決まりが暗黙の了解となっていた。
しかも、儀式を行うには王に認められた者のみとなる。
『お前…姫様』
『さっきから姫様、姫様っていうけど、私にも名前があるの』
『あー、そうだった。…グレイシ、ア?』
『なんで疑問形…ルナでいいわ』
『じゃ俺はタクミで』
呼び名を決めるの遅くないか…まぁいいが。
『話を戻すが、ルナ』
『どうぞ続けて』
『その話だと、お前は禁忌に手を出したわけだが』
そう言ったとたん、息を飲む音が聞こえたのは気のせいではあるまい。
ルナ…こいつ語るに落ちたな。あまりにも熱中しすぎたんだろうな、会話に。
『で、でもばれなきゃ大丈夫…』
『なぜそう言い切れる?』
『勘…そう、勘なの!』
『心配なんだが…?』
でも女の勘はよく当たるともいうし、この際仕方がない。
俺の台詞はスルーするつもりらしく返事が返って来ない。
別にいいが、これからこの国の王様であり、ルナのお父さんに会いに行くってことは、
『俺と入れ替わったままでいいのか?』
『…ん?何かまずいかしら』
『いや、ほら。言動とか違うし』
『大丈夫だと思うけれど…』
脊髄反射で額を押さえてしまう。どうにも会話が成立してないように感じる。
『お父さんに会いに行くんだぞ?普通バレるだろうが』
この俺にも父親はいるが、嘘をついたときや何かやらかした時、速攻でバレる。
それは親子独特の気配察知的な何かだ。
自分で言ってて良く分からんが、つまり、下手をすれば一目で俺だと見破られるかもしれない。
ルナのお父さんに。
別にお父さんだけじゃなく、お母さんの方がもっと危ない。
女は鋭いからな。
『ち、父上は…』
気まずそうに言葉を詰まらせる。
これはあれか…喧嘩したとか…?
『父上とは長らく会っていない。だから大丈夫』
そっちの意味じゃ大丈夫だろうけど、親子間でのアレは大丈夫じゃないみたいだ。
溝が深そうであまり内容を聞きたくないなぁ。
『最初は…父上も構ってくれてたんだけど…』
聞きたくねぇよ…酷いこといってるように感じられるかもしれないが、聞かされる側の気持ちになってほしい。
それに重い話は嫌いなんだ、個人的に。
『妹が生まれては、そっちに気を取られて…それで』
あー、…まぁ、よくある話だよな。
新しく生まれた子が「可愛くてしょーがない!」って親馬鹿ね。
『勉強や習い事を頑張っても褒めてもらえないし』
『うむ』
『それで悪戯で気を引こうとしても、怒られただけだし』
典型的なタイプだな。でも歳が8歳だし、相応の対応とも言える。
ていうか王様酷いくないか、8歳の娘に構ってやらないなんてさぁ。
『だから、私は遊び相手が欲しかったの』
…ん?
『友達が少なかったのも理由だけど…』
『それで?』
『…図書室にあった本に書かれてた願いを叶える儀式を…』
そんな本を城の図書室に置いてんじゃねぇよッ!
確かに必要な知識が本には沢山詰まっているだろうけど、こんな子どもが幻獣召喚できちゃうって…管理がずさんだ…よな。
『でも本当に成功するって思わなくて』
『今回が初めてなのか?』
今回とは、もちろん俺が召喚されたことである。
『35回目で成功したの!』
「すごいでしょー」と言わんばかりのお返事。つまり34回は失敗の連続だったわけだ。
その諦めない精神は凄いとは思うが、諦めが悪いんだなルナって。
付き合うならお断りさせて貰いたいタイプである。
それと友達欲しいがためだけに召喚するって…もういいや疲れた。
『ただ…友達が欲しいだけじゃないの』
さきほどの嬉しそうな声とは打って変わり、しょんぼりとした空気になる。喜怒哀楽が激しいな。
『この国も、じきに戦争が始まるの』
『そりゃあヤバいな』
『そう。だから私も戦いたいの…伝承の勇者の様に』
気持ちは分からなくもない。これだけ幻獣について詳しいという事は、それなりに調べたんだろう。
それこそ図書室の本を読み尽くす勢いで。
そしてその成果が今回の俺召喚と。
『そのために…』
ルナが何か言いかけた時、いつの間にか煌びやかな廊下へと担架で運ばれていた。
俺もかなり会話に熱が入ってしまっていたらしい。
町を見たところまでは記憶にあるんだがな。
『そろそろ着くわね』
何かを言いかけて止める、ってのは気になるなぁ。
「姫様、気分はいかがですか?」
「大丈夫だ」
「そうですか、では王様がお待ちです。こちらへ」
俺の想像通り、医務室っぽい場所へ通され、白髪混じりの80ぐらいのお爺さんから診察を受けた。
結果は異状なしのオールグリーン。
仮病だから当然の結果だったのは言わなくてもいい事かな。
担架の旅をようやく終え、服をメイドらしき人たちに脱がされ、着替えをさせられた。
その時の肉体に宿っている魂はもちろん俺なので、ルナの裸を嫌でも見せられることになった。
所詮8歳の体躯だけあって、貧相な感じがする。
しかし、きめ細やかな、そして白く柔らかい肌には脱帽した。
今はアレだが、将来は有望だな。
ちなみに
『平だな。まるで洗濯板じゃないか』
と言った所、
『次、言えばあらゆる手段を用いて苦しみぬいてもらうわ』
と無機質かつ言葉の節々に鋭い刃が込められていた。
冗談や嘘ではなく、マジなのだろう。
何を本気にしているんだか…。
城内にいる騎士に案内され、一際豪華な扉の前まで連れて行かれる。
この奥に玉座が…そこに…ゴクリ。
少し落ち着こうと思い、後ろを振り返って場内を改めて見渡す。
廊下の壁に飾られた絵画、机とセットで置かれている壺や花瓶。
どれもがこの国のでの権力、財力をあらわしているように思えてならない。
大きい国なのでは?という思いが沸き起こり、そのせいで余計に心の余裕がなくなってしまった。
『どうしたの?緊張でもしているの…?』
『そりゃあー、ね』
初対面だし…ばれたらどうなることか。
フェル同様に、「貴様は何者だ!悪霊め退治してくれるっ!!」なんて言われたら目も当てられないことになる。
さて、ピンチな時は頼もしいアレを使いましょうか。
できることなら極力使うのは避けたかったのだが、緊急事態の時はしょうがないと思う。
だから、この場面、この場合は積極的に使おうじゃないか。
あるものを使わずして、一体いつ使うって言うんだ!
言うのが2回目になるような気がするが突っ込み入らないぜ、諸君。
《スキル:憑依を習得しました。》
すでにお馴染みの創造である。
手軽に自分に有利なスキルが作れるなんて夢のよう。
創造でスキルを生成。そして作りたてホカホカのスキルを選択。
するとシステム音が聞こえ、
《入れ替わる対象を選択してください》
ステータス一覧が表示されたのと似たような画面が現れ、いくつもの空欄の一番上に、
《ルナ・グレイシア》
目的の名前を見つけ、それを無造作に右手人差し指で押す。
連打したいところだけど、気持ちを抑えて軽く一回だけ。
ルナには悪いが、ここは降りさせてもらおう。
場面的には、親子が感動の再会を果たすシーンだろうし。
邪魔者はここで消えるのがセオリーというもんだ。
憑依が発動したのか、視界一杯に淡い光が満たされる。
そして意識が少しずつ薄れていく。この感覚は眠りにつくときに似ているなぁと思いつつ。
同様に、「これで俺は王様に直に顔を合わさなくて済む」という安堵感と共に視界が暗転した。




